表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第37章 ノースベルグ②
430/669

第37章幕間

 一月十九日土曜日、午前十一時十八分。


 ここは、ノースベルグの北にある港。


 停泊する船に乗り込むのは、二人の少女だ。


 一人は白いムスカリ型のヘアピンと、黒いチョーカーを身に着けた桃色ボブカットの少女、束音雅。


 もう一人は紫色のチェック柄のリボンを首元に結わえた、美しい白髪ロングの少女、ラティア・ゴルドウェイブである。


 二人とも、最近発生した亡霊レイパーの事件の謎を解明しようとエンドピークへと向かうため、ここに来たのである。先程、レーゼやライナ達に見送られ、たった今、船に乗り込んだところであった。


「えっと……客室はどこかな?」

「向こう側ですね。それにしても、こうも何度も船に乗ることになるなんて、半年以上前には思いもしませんでした」


 新潟とシェスタリア、オートザギアやウラ等、事あるごとに船を使っている雅達。異世界の土地に、まだ空港などが設置されていないが故だ。


 なんやかんや移動に掛かる経費は警察やバスター等が国と交渉して何とか工面してもらっているからお金の心配はしなくてよいのは助かるといったところか。今回のエンドピークへの移動も、レーゼとミカエルが各所に交渉し、賄ってくれた。


「一週間の期限付きですけど、宿泊費も出してくれるなんて太っ腹です。……あ、ここですね。部屋」


 ノックをしてから、扉を開ける二人。


 わざわざノックをしたのは――




「おぉ。二人とも、思ったよりも早かったな」




 中に先客がいることを、知っていたからだ。


 長身の、三つ編みの少女。聞き取りやすく、そして落ち着いたアルトボイスが雅とラティアの背中をゾクリと震わせる。


 篠田(しのだ)愛理(あいり)、その人だった。


「アイリお姉ちゃん、久しぶり。動画見ているよ」

「毎日コメントありがとう。しかしULフォンで偶に顔を合わせているじゃないか。久しぶりという程でもないだろうに」

「いやいや愛理ちゃん、直接顔を見ないと、会った内に入りませんよ。ねー、ラティアちゃん?」

「うん!」

「束音……ラティアに変なことを教えるんじゃない」


 呆れ顔になる愛理。


 すると雅は気が付く。客室が思いの外、綺麗なことに。


 愛理がWaytuberなことも考えると、これは――


「もしかして動画撮影中でした?」

「いや、少し前に終わったところだ。折角の異世界の地への船旅だし、ネタにしなければ勿体ないと思ってな」


 微笑を携えながら、人差し指をふよふよと動かす愛理。


 しかし、何故ここに愛理がいるのか。


 雅が学校を辞めた騒動の裏で起きていた、もう一つの事件が関係する。


 それは――




 愛理が異世界……オートザギアの学校に留学すると言い出したことだった。




 何故、愛理が留学したいなんて言ったのか。それも、オートザギアの学校に。


 これにはきちんと、理由がある。


「それにしても、本人を前にすると改めて思いましたけど……愛理ちゃん、本気なんですね」

「あぁ。本気だったからこそ、アストラムさんも色々尽力してくれたのだろう。無茶でもなんでも――なんとか『魔法』を習得してみせる」


 八月の中旬に入った頃、愛理はミカエルに、こんなことを言ったことがあった。『いっそ私もアストラムさんみたいに、魔法でも使えれば違うんでしょうか?』と。


 丁度この頃、愛理はカームファリアにて、騎士と侍の姿をした二体のレイパーに大敗を喫したことがあった。大怪我を負い、雅達がレコベラ草を採ってきてくれたお蔭で一命を取り留めたのだ。


 あの時から愛理はずっと、あの騎士と侍のレイパーをどうやったら倒せるか、考えていた。それが先のミカエルに言った台詞である。


 その時に、ミカエルはこう言った。『魔法はね、努力よ。間違いないわ』と。


 異世界の常識では、魔法は生まれつきの才能で決まるものである。それを魔法のエキスパートが、真っ向から否定したのだ。


 それでも、いざ本当に留学するのかということについては、愛理は少し悩んでいた。異世界の地での生活は不安であるし、そもそも魔法が無い世界の人間が、異世界の学校に受け入れられるのかという疑問もある。


 何より、自分が本当に魔法を使えるようになるのか、分からなかった。実際雅は魔法を使おうとしたことがあったが、無理だったという話は聞いている。割と何でも出来る雅が駄目なら、自分はもっと駄目なのではないかと、愛理は思っていた。


 そんな彼女が一歩前に踏み出した切っ掛けとなったのが……雅が学校を辞めた、あの騒動であった。


 自分の目的のために思い切ったことをした雅に、ならば自分もと一念発起したという訳である。実際問題、あの二体のレイパーに勝てるビジョンがまるで浮かんでいないのも事実。このまま普通に鍛えても、殺されるのがオチだ。何か一つ、自分がワンランクもツーランクも上に行ける大きな変化を、愛理は欲していたのである。


 そして肝心の留学を受け入れてくれる学校探しについては……ミカエルが協力してくれた。


 優れた魔法使いを何人も輩出しているアストラム家。ミカエルの家は代々、フォルトギア魔法学院の理事長を務めており、現在は父のデリシオ・アストラムがその席にいる。


 ミカエルは家の者とあまり良好な関係を築けてはいないのだが、今回は愛理のためにとミカエルが腹を括り、多少のトラブルはあったものの何とか愛理を留学させる許可を貰えたのである。


 これが、愛理が起こした騒動の半分である。


 雅の調査と、愛理の留学準備の日程が丁度重なったので、こうして一緒の客室で現地に向かうということになったのだ。


 さて、騒動のもう半分なのだが……


「あ、そうだ、ミヤビお姉ちゃんもアイリお姉ちゃんも、何か飲む? 私、ちょっと買ってくる」

「あぁ、ラティアちゃん、ごめんなさい! ありがとうございます!」

「すまない、お金は後で渡す」

「ううん、いいの! 奢ってあげる!」


 そう言って客室を出ていくラティアに、雅と愛理は苦笑した。


 シーンと静まり返る室内。


 すると、雅が躊躇いがちに口を開いた。


「……あの、愛理ちゃん。ご両親にはやっぱり――」

「無論、伝えていない」


 ピシャリとそう言った愛理は、珍しくどこか苛立った様子になる。


「言ったところで、どうせ来ないさ。あの人達は、私に興味なんてないんだから」


 事が事なのだから、一応伝えておくくらいはすべきだろうと雅は思うが……敢えてそれを口にすることはしない。


 レーゼや優達が両親にもちゃんと伝えるように言ったのだが、愛理は断固として首を縦に振らなかった。


 これが、騒動のもう半分である。


 このやりとりが表す通り、愛理はご両親と、すこぶる仲が悪いのだ。絶縁している状態に近い程に。


 高校生にも拘らず一人暮らしをしているのも、両親と娘の不仲が理由だ。


 事の発端は、愛理がWaytuberをしていることにある。中学生にして、動画投稿でお金を稼ぎ始めるという行為に、愛理の両親は強く反対した。学業に専念して欲しいということや個人情報が流出することは勿論、万が一愛理の動画が炎上でもしようものなら、自分達も巻き添えを喰らってしまう。それが理由だ。


 それでもWaytuberをやりたい愛理は何度も両親と話をしたのだが、拗れに拗れて、半ば勘当されるという形で、愛理は家を出ていったのである。


「大体伝えるもなにも、留学の費用は全部私が自分で稼いだお金から出すんだ。あの人達に文句を言う権利なんて無いだろう」


 血が上って火照って来た頭の熱を放出するように、愛理は深く息を吐く。


 そんな彼女に、雅は何か言おうと口を開くも……やはり何も言えず、黙り込んでしまった。


 実は雅がまだ中学生だった頃、愛理のこの問題をどうにかしようと口を出したことがある。愛理だけでなく、彼女に内緒で愛理の両親と話をしたことがあったのだが、結局どうにもならなかった。結局両親に話をしにいったことが愛理にバレてしまい、愛理は激怒。結果、一週間ほど口を聞いてもらえなくなってしまった。


(あの時はさがみんや他の人達に仲を取り持ってもらって、なんとか仲直り出来ましたけど……うーん……)


 その頃の記憶がチラっと頭を過ってしまうと、どうしても雅も口を出し辛い。


 外部の人間がどうこう出来るような話ではないのだ。雅が解決を諦めてしまう程に、この話は根の深い問題なのである。


「……まぁ、あの人達のことなんか別にいいだろう。それより束音、君は例の亡霊レイパーの件、エンドピークで調べてみるつもりだと言っていたな。ラティアも連れていくのは、手伝いのためか?」

「えっと……半分は。レーゼさんも一緒に来たがっていましたけど、バスターの仕事で手が離せないみたいで。ただもう半分は、ラティアちゃんの記憶を取り戻すヒント探しですね。エンドピークはまだ行ったことのない土地ですし、何か思い出すかもしれません」

「そうか……いや、実は私も少し時間があるんだ。実際に学校に入るのは、一週間後だしな。早めに行って、生活の準備をと思っていたんだが……もしあれなら、その調査の手伝い、私もしよう」

「えっ? 良いんですか? 正直、助かります!」


 未知なる現象の調査だ。人手は多ければ多い程良い。


 話題が変わったことで愛理も少し機嫌がよくなったことにホッしつつ、雅はパンっと両手を叩く。


 こうして、短期間だが愛理もエンドピークの調査に付き合うことになった。




 ***




 そして、二十分後。


 ラティアが買ってきた飲み物を手に、談笑する三人。


「それにしても束音。やはり君がチョーカーを着けているのは、いつ見ても珍しさがあるな。どんな感じなんだ? 苦しかったりするのか?」


 雅の首を見ながら、愛理はそう言う。


「最初はちょっと、首を絞められるような違和感があったんですけど、ずっと着けているともう平気になりましたね。最近は寧ろ、着けていないと落ち着かなくなっちゃった感じです」

「ライナお姉ちゃんからの贈り物なんだっけ?」

「ええ。前にデートした時に貰ったんですよ」


 雅達がフォルトギアのアストラム家に滞在していた時のこと。雅はライナ・システィアと、フォルトギアの観光をしたことがあった。


 このチョーカーは、その時のものである。


 貰った次の日から着けようとした雅だったが、その少し後に魔王種レイパーの事件が起こり、折角貰ったライナの贈り物に傷が付くのが嫌で着けず、その後何度か着けていたこともあったのだが、お面の騒動が始まってやはりまた仕舞ってしまい、中々身に着ける機会が無かったのだ。最近は先日の亡霊レイパーを除けば、特に大きな騒ぎもなくなったこともあり、ようやく日常使いが様になってきたのである。


「しかしシスティアもセンスが良いのを選んだな。よく似合う。――む?」


 話をしていると、客室の扉がノックされた。


 ラティアが「私が出るね」と扉を開ける。


 船員と何やら話をすること間もなく、


「そろそろ出航するって。甲板に出られるみたい!」


 花を咲かせたような笑みで、ラティアは二人にそう伝えてきた。


「ふぅ、やっとか。じゃあ行くとするかな。マーガロイスやシスティア達の顔も見たいし。――む? 束音は?」

「ミヤビお姉ちゃんなら、いの一番に出ていったよ?」

「早」


 そんなに急がずとも良かろうにと呆れつつも、ラティアと一緒に甲板まで向かう二人。


 出ると、既に雅は身を乗り出して、港にいるレーゼ達に向かって手を振っていた。


 すると、


「あ、アイリちゃーん! こっちこっちー!」


 上の方から声が聞こえてきて空を見ると、そこにいたのは、翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を広げたファム・パトリオーラと、彼女に抱えられて一緒に飛ぶミカエルだ。


 声を掛けてきたのは、ミカエルである。


「アイリちゃーん! 魔法は努力よー! 気合入れて頑張るのよー!」

「三人とも、気を付けてねー!」

「はい! 死に物狂いで頑張ってきます!」

「ミカエルお姉さんもファムお姉ちゃんも、元気でねー!」


 笑顔で手を振る愛理とラティア。


 そして、


「アイリー! 体に気を付けなさーい!」

「ラティアちゃーん! ミヤビさんのこと、お願いしますねー!」

「ファイトー!」


 レーゼとライナ、ノルン・アプリカッツァが、港から二人に声を掛けてくる。


「…………」

「アイリお姉ちゃん、どうしたの?」

「いや、新潟から出る時にも、似たような光景を見たと思ってな。なんだかデジャヴだ」


 優や志愛達に見送られたことを思い出し、クスリと笑みを浮かべ、愛理はレーゼ達にも手を振りつつ、ラティアと一緒に雅の方へ向かって行く。


「それじゃあ、行ってきまーす!」

「皆さんも、お元気で―!」

「行ってくる―!」


 レーゼ達にも負けじと手を振りながら、雅と愛理、ラティアは、エンドピークへと出発するのだった。

評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ