表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第37章 ノースベルグ②
427/669

季節イベント『思慕』

 これは、ラティアが声を取り戻し、雅とレーゼと共にノースベルグにやって来てから数日経過した頃のこと。


 どんよりとした曇り空が広がる、午後二時四十一分。


 ノースベルグの商店街、ほどほどに賑わう人々の中を一人歩く、美しい白髪の少女の姿があった。


 ラティア・ゴルドウェイブである。


 キョロキョロと辺りを見回し、不安気な顔をするラティア。その理由は――


「……ミヤビお姉ちゃんもレーゼお姉ちゃんも、どこだろう?」


 買い物の途中で、二人とはぐれてしまったからだ。


 ひょんなことから迷子になってしまったラティアだが、不安を覚えてはいるものの、焦りや恐怖等は感じていない。所詮ここは商店街。いざとなれば、レーゼの家まで歩いて戻れるのだ。


 そして、


(……あ、そうだ。ULフォン)


 持たされているULフォンの存在を思い出す。こういった通信機器はまだ使い始めたばかりだから、これで連絡をとれば良いという発想がパッと浮かんでこなかった。


 そんな自分を少し恥じつつも、ラティアは他の通行人の邪魔にならないようにと、細い路地へと入る。

 そこでULフォンを起動させようとした、その時。


「お嬢さん、ちょっとこっちにどうだい?」


 しゃがれた女性の声がして、ラティアは思わず跳びあがる。


 話しかけられるまで全く気が付かなかったが、路地の奥に露店があった。フードを目深に被った老婆が、手招きをしているのである。


 老婆の前には小さな長テーブルがあり、変な色の液体が詰まったフラスコが並べられていた。


 怪しさ満点だが、不思議と何か惹かれるものを感じ、ラティアは雅達への連絡もそこそこに店の方へと寄っていく。


「ふっふっふ……お嬢さん、何か悩みがありそうだねぇ」

「えっと、悩みってほどじゃ……あの、これは何を売っているの?」


 おずおずとそう尋ねながら。ラティアは一際どぎつい色の液体が詰められたフラスコを指で差す。何だかこれが無性に気になり、目が離せなかった。


「おや、これが気になるかえ? これはな、薬じゃよ。『会いたい人に会える薬』。二五〇〇テューロになるねぇ。買うかい?」

「それは……」


 言い淀むラティア。薬の値段はかなり張るが、雅達からお小遣いは貰っており、それなりに貯金している彼女に払えない額ではない。


「…………あの、これってもう死んじゃった人にも会えますか?」

「死者に会いたいのかえ? 勿論、会えるよぉ」


 ドクンと、ラティアの鼓動が高鳴る。


 会いたい人……そう言われ、色々な人の顔が思い浮かんだ。


 特に、もう会うことの出来ない彼女の顔が。


 老婆の話は嘘のように聞こえるが、これを飲めば、本当に会えるのだろうか?


 そんな考えが頭を過ったその瞬間にはもう、ラティアはコインを老婆に渡していた。


「まいどあり。ふひひ……」


 気味の悪い笑い声を上げながら、ラティアにフラスコを渡す老婆。


 受け取るや否や、ラティアはグイっと、薬を呷っていた。


 無味無臭の液体を、目を閉じて一気に飲み干す。


 無味無臭と言っても、水とは違う。味の無い液体で、飲むのが異様に辛かった。


 直後、胃の中から何か大きなものがこみ上げるような感覚がして、大きく咽せ始める。


 そして、それが治まり目を開けると、


「……あれ?」


 店も老婆も、嘘のように消えていた。




 ***




 そして、その日の夜。


(結局、何も起こらなかったな……)


 レーゼの家のベッドの上で、ラティアはひっそりと溜息を吐いた。


 いつの間にかその場に独り残されてしまったラティア。空になったフラスコを手に、しょぼんとしながら家まで戻り、しばらくして雅達も帰ってきた。


 それからこの時間までソワソワしながら過ごしていたものの、誰かがラティアを訪ねてくる気配も全くなく、今に至るという訳だ。


 これではお金を払い損ではあるが、それよりも騙されたことの方が、ラティアには辛かった。


「…………」


 考え事をしていたら瞼が重くなってきた。ラティアは部屋の電気を消し、失意と共に意識を手放し――そして、




「あれ? ここは……?」




 気が付くと、一面真っ白な世界に、彼女はいた。


 辺りを見ても、ただただ白い風景が広がるばかり。どこにも何もない。


 だが、


(……なんか、怖い)


 そこはかとなく湧き上がってくる、妙な不安。それがラティアの体を震わせる。


 何もないはずなのに、嫌な気配がするのだ。


 しかもそれが、段々と大きくなる気さえする。


 ドキドキしながら辺りをゆっくりと見回し――後ろを向いた、その時。


「っ?」


 ラティアは、声にならない悲鳴を上げた。




 そこには、血を流し、傷だらけで倒れる雅達の姿があったから。




 そしてその中央にいるのは――全長三メートルを超える、青いライオンの化け物。カームファリアでラティアを追いかけまわした『ミドル級ワルトレオン種レイパー』である。


 倒されたはずのレイパーが、何故ここにいるのか。そんな疑問を浮かべる余裕は、ラティアには無い。


 ワルトレン種レイパーは倒れた雅達を眺めて満足そうに唸り……邪悪に満ちた瞳をギラギラと輝かせ、怯えるラティアへと向ける。


 刹那。


 ラティアが『逃げなきゃ』と思うよりも先に、レイパーは彼女へと突進する。


 (たてがみ)に覆われた頭部が勢いよくラティアの体に激突。まるで巨大な鉄球が激突したと錯覚するような重い衝撃と共に、ラティアの体が弓なりに飛んでいった。


 地面に墜落すると同時に背中に襲い掛かる、激しい痛み。


 肺の中の空気を全部吐き出すように咳き込むラティアへと、ミドル級ワルトレオン種レイパーはゆっくりと近づいていく。


 死にかけた獲物を甚振ってやろうと目論む、そんな様子だ。




 そしてレイパーの姿が歪み……現れ出でたるは、顔の無い人型の真っ黒な化け物。




 忘れもしない。四葉を殺し、雅に倒された『人工種のっぺらぼう科レイパー』だ。


「ゃ、ぁ……!」


 ブルブルと震え、起き上がることも出来ず硬直するラティア。


 のっぺらぼうの人工レイパーは左肩をグルグルと回しながら、ラティアへと歩いてくる。


 殺される――そう思っても、体はピクリとも動かず、全身を暴れ回る痛みに苛まれながら、恐怖と絶望に怯えることしか出来ないラティア。


「た、たす――」


 必死で振り絞った震える声で、助けを呼びかけた、その時だ。




 突如、上空から衝撃波が放たれ、のっぺらぼうの人工レイパーを吹っ飛ばした。




 そして煙のように、ゆらりと消える人工レイパー。


 衝撃波によって辺りに舞う煙の中、ラティアの意識が段々と遠くなってくる。


 そんなラティアの側に、()()はゆっくりと降りてくると――スッと手を伸ばし、ラティアの頭を撫でた。


 ぼんやりとする中、はっきりと分かる温もり。


 最後にラティアが見たもの。


 それは、胸元に着いた銀色のプロテクターに輝くアゲラタムの紋様だった。




 ***




「…………」


 小鳥の囀りの音、そして窓から差し込む太陽の光に、ラティアの意識がはっきりとし始める。


 ゆっくりと上体を起こし、辺りを見回すラティア。


 ボーっとする思考の中で辛うじて理解出来たのは、隣で雅とレーゼが寝息を立てていることくらいか。彼女達がまだ寝ているということは、相当に早い時間帯である。


 何も考えず、ただ二人のことをジッと見つめている内に、ようやく頭が回り出し、やっと『とある事実』に気が付く。


(……私、寝ちゃった?)


 あれだけ痛かった体も、今は何ともない。


 夢の中でレイパーに襲われたことも、雅達がやられてしまったことも、そして『彼女』のことも、全部全部夢だったと分かり、ラティアはポカンと口を開いた。


 だが、


「…………」


 はっきりと顔を見たわけではない。


 だが、何故だか確信出来た。最後に自分を助けてくれた人物が、誰なのかを。


 ラティアは自分の頭に、片手を乗せる。


 心なしか温かくて、気が付けばラティアの頬を、ツーっと涙が流れるのだった。




 夢のようで、夢じゃない。何となく、そう思えたから。

評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ