第330話『護身』
「きゃぁぁぁっ!」
「やめてっ!」
亡霊コボルト種レイパーに襲われている女性。
それを見たラティアは、何を考えるよりも先に体が動いていた。
戦う力がないことも、どうやって女性を助ければよいか考えることも、何もかも後回し。ただ本能のままに、嵌めた指輪に収めたアーツを呼び出して、無我夢中で女性と亡霊の間に割って入る。
亡霊の持つ棍棒が振り下ろされる直前のことであった。
その手に持つは、自分の身長以上もある大きな盾。護身用にと、皆から持たされたアーツである。
ラティアが盾を構えた直後、それに棍棒が勢いよく激突し、派手な音を響かせる。
相手の攻撃の威力たるや、攻撃を防ぐラティアが、盾ごと吹っ飛ばされそうになる程だ。
無論、敵の攻撃は一撃では終わらない――。
「に、逃げて……!」
「ぇ、ぁ……」
何度も何度も叩きつけられる棍棒。盾で防ぐたびに鳴り響く轟音に、ラティアと女性の鼓膜が恐怖と共に震える。
大きな音と言うのは、聞く者を威圧する効果があるのだ。ラティアがいくら「逃げて」と言ったところで、竦み上がる女性が動くことは、ほぼ不可能だった。
「うぅっ、くぅ……っ!」
棍棒を盾で受け止める度に、衝撃で手が痺れ、盾を落としてしまいそうになる。
雅やレーゼ、他の皆から『身を守るためのいろは』は教わっているものの、実戦経験が少ないラティアに、この攻撃を何度も防ぎ続けるのは無茶というものだ。
敵の攻撃のあまりの威力、そして迫力に、これでは長くは持たないと悲壮感を漂わせた顔になるラティア。
この盾型アーツは、あくまでも護身用として作られたもの。ある程度の強度はあっても、いずれ限界が来る。
背後で怯えている女性だけでも逃がしたいが、今のラティアにそれだけの戦闘技術はない。せめて反撃に転じられれば逃げる隙も作れるのだろうが、この盾に付属しているチャチなナイフではどうにもならない状況だ。
「よつ、ば……お姉ちゃん……っ!」
顔を歪ませながらラティアが見つめるのは、己の左手。
かつて、そこに一度だけ、四葉の使うアーツ……装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』の小手を嵌めたことがあった。
それは、今は無い。あの小手は、遺族である浅見杏に返したから。
だが今、ラティアは無性にそれを欲していた。あの小手は衝撃波を放つことが出来るのだ。あれさえあれば、敵を怯ませた隙に逃げ出すことも出来よう。
最も、無い物ねだりしたところで、状況が好転するはずもない。
この冷え込んだ空間の中、顎から汗を滴らせるラティア。既に、盾を持つ手には感覚が無い。
そして――
「きゃっ!」
「ぁぁ……っ!」
棍棒の強烈な一撃に、ついにラティアの手から、盾が吹っ飛ばされてしまう。
バゴンッ、という鈍い金属音と共に盾が地面に堕ちる音が、二人を恐怖のどん底に突き落とす。
あまりのことに、頭が真っ白になるラティア。
だが、再度亡霊レイパーが棍棒を振り上げる姿が目に飛び込み、正気に戻される。
「――っ!」
咄嗟に防御用アーツ『命の護り手』を発動させるラティア。敵の攻撃を避ける余裕も暇も、そして選択肢も無い。
身を守ってくれる白い光に包まれたラティアは、半ば反射的に、頭上で両腕をクロスさせる。
同時に、ラティアへと叩きつけられる棍棒。
「――っ」
命の護り手に守られているのに、腕の骨が折れたと錯覚する程の激痛が走り、声にならない悲鳴を上げるラティア。攻撃を受け止めた瞬間、本能的に「これはヤバい」と分かるくらいの物凄く重い音が鳴った上、ラティアの足元を中心に小さなクレーターが出来たのだ。
(こんな、の……)
雅達、そして世の女性達はいつもこんな攻撃を受けていたのか。
ぐらつく思考の中、そんなことが頭に浮かびながら、ラティアは力なく膝を付き、倒れてしまう。
闇に染まる視界。
背後にいる女性の悲痛な叫びが、どこか遠くに感じられた。
「に、げ……て……」
力を振り絞って辛うじて発した声は、女性に届かないくらいか細く、あまりにも弱々しいものだった。
倒れたラティアを見下ろす亡霊レイパーの目は冷たい。
だがその瞳の中には、はっきりと……レイパー特有の、『女を殺す楽しみ』を滲ませた光が宿っていた。例え正体不明の亡霊であっても、やはりこいつらはレイパーなのだ。
もう駄目だ――目を閉じながら、ラティアが己の死を悟った、その時。
ガキンという音が、ラティアの近くで鳴り響く。
そして――
「ラティアちゃん! 大丈夫ですかっ?」
「ミ、ミヤビお姉ちゃん……!」
知った声が耳に届いたことで、薄らと目を開け、顔を上げたラティアの視界に飛び込んできたのは――
亡霊コボルト種レイパーの棍棒を、百花繚乱で受け止める雅だった。
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