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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第37章 ノースベルグ②
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第329話『亡霊』

 亡霊。




 雅達の前に現れたレイパーを表現するのならば、まさにこの言葉が適切だろう。


 一度倒した敵が再び現れたと思い、思考がフリーズした二人だが、その存在をよくよく見て、以前の『コボルト種レイパー』と違うところがあると気が付いた。


 レイパーの下半身が無いのだ。上半身だけが空中に漂っている……そういう状態だ。


 そして敵の体が、まるで実体が無いかのように、どこか揺らめいていた。


 レーゼは悟る。自分が見た靄の正体は、こいつだと。


 より敵を正確に分類するのならば、『亡霊コボルト種レイパー』とでも言うべきか。虚ろな眼からは、まるで命を感じない。それが一層、死者であることを強調していた。


 こいつが、ここで倒れている女性を殺したのか。しかし、あのコボルト種レイパーと同じように棍棒を持っているにも拘わらず、女性の体には外傷が見当たらない。


 状況だけを見れば、この亡霊レイパーが、まるで女性の体温を奪って殺したかのような気さえする。だが、そんなことがありうるのだろうか。そんな疑問が、雅とレーゼの思考を埋め尽くした。


 前に戦ったコボルト種レイパーからは感じられなかった、凍えそうになる威圧感に気圧されながらも、レーゼは敵をよく観察しなければと、ファイアボールを持つ手を敵の方へと伸ばす。


 すると、


「……えっ?」


 亡霊は攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、何故か背を向けると、三人から離れていってしまう。


「あいつ、なんで逃げて?」

「分からない……だけど、追うわよ! ラティアは――」

「近くの家に、この人を運んでおく! それに、近所の人にこのことも伝えておくね!」

「分かりました、お願いします! 何かあったら、ULフォンですぐに連絡を!」

「もしレイパーに襲われたら、躊躇いなくイージスを使いなさい!」

「うん!」


 ラティアの右足には、アンクレット。これはレーゼが使っていた防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』である。


 これは過去の……ラティアが鬼灯淡に襲われた時の反省だ。あの時、ラティアが命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)を持っていれば、危険な目に遭うことなく、もしかすれば四葉も淡に殺されることは無かったかもしれなかった。


 故に命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)が量産できるようになるまでは、レーゼの命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)をラティアに貸すことにしたのである。レーゼは自身のスキルで防御力をアップさせることが出来る上、騎士の姿になれば、命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)を使わなくても、大体のレイパーの攻撃を耐えられるからだ。


「ラティア、これ!」


 レーゼはポケットから、もう一つのファイアボールを取り出し、紐の付いた袋に入れてラティアに渡す。


 それを首からぶら下げ、女性を背負うラティアを尻目に、雅とレーゼは走り出した。


 そして――


「いた……!」


 少しもしない内に、逃げた亡霊の背中が見えてくる。


 光を放つ、雅の右手に嵌った指輪。出現するは、全長ニメートル程の、メカメカしい見た目をした武器だ。剣銃両用アーツ『百花繚乱』である。


 その柄を曲げてライフルモードにするのと、亡霊レイパーが振り向くのは同時。


 百花繚乱から放たれた桃色のエネルギー弾が、闇夜を照らしながら一直線に亡霊へと向かっていくも、敵は持っている棍棒を振り、それを弾き飛ばした。


 二発、三発とエネルギー弾を放つ雅。亡霊レイパーはそれを棍棒で弾きながら逃げていく。もしもこの亡霊に足があれば、さながらバック走でもするように逃げているのだろう。


 そしてT字路に差し掛かると、角を右に曲がる亡霊。


 それを見たレーゼの口角が、僅かに上がる。


「そっちは袋小路! ミヤビ、そこで一気に叩くわよ!」

「はいっ! ――って、えっ?」


 敵を追っていった雅達。


 だが、すぐにその目が大きく見開かれる。


 二人の視界に映ったのは、ガランとした行き止まりだけ。


「い、いや、そんなはずは……!」


 レーゼがファイアボールを手にあちこち見渡すが、亡霊の姿はどこにも無い。


「消えた……?」


 雅の沈痛な声が、闇に静かに消えていった。




 ***




 一方、殺された女性を近くの家まで運んでいったラティアだが……彼女は、ひどく困惑していた。


「……あれ? いないのかな……?」


 家の戸を叩き、声を掛けても、誰かが出てくる様子もない。


 灯りは点いているから、人はいるはずだ。時刻はまだ八時十分。寝ているはずもないだろうと、彼女は首を傾げた。


 さらに、


「……あれ? 開いている……?」


 何気無くドアノブを回し、ラティアは目を丸くした。ノースベルグは治安の良い街だが、それにしたって不用心である。


「……あの、ごめんくださーい」


 言いようのない不安に襲われるラティア。心なしか、家の中がやけに寒いのだ。


「……すみません、入りまーす」


 女性を玄関に降ろし、声を掛けながら家に上がるラティア。


 その時だ。




「きゃぁぁぁぁっ!」

「っ?」




 突如聞こえてきた悲鳴に、ラティアの体がビクンとする。


 家の裏。外からだ。


 ラティアが慌てて外に出て、声のした方に向かい――「ひっ」と小さく声を上げる。


 三十代くらいの女性が尻餅をついており、ガタガタと震えていた。


 彼女の顔が向いている方には……雅とレーゼが追いかけていたはずの、亡霊コボルト種レイパー。


 そいつが、今まさに振り上げた棍棒を、女性の頭に叩きつけようとする、その瞬間だったのだ。


「やめて!」


 悲痛な声と共に、女性の方へと走り出すラティア。その右手の薬指に嵌った指輪が輝いた。

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