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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第37章 ノースベルグ②
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第328話『寒気』

 その日の午後七時三十六分。


 丁度、夕食の時間にて。


 献立は、ベルギッシュという魚のムニエルに、リンゴのサラダだ。雅がこちらに来て、初めてレーゼに振舞った夕食のメニューである。


 しかし、


「あれ? ラティアちゃん、どうしました?」


 ナイフとフォークを動かす手が止まっていたラティア。真顔でジッと皿を見つめる彼女に、雅は何か食べられないものでも入っていただろうかと思ったのだが……当の本人は目をパチクリとさせると、フルフルと首を横に振る。


「ごめんなさい。ちょっと考え事というか……」

「ラティア、何か悩み事でもあるの? 最近多いわよ?」

「ううん。そういうわけじゃなくて……全然大した理由じゃないから、大丈夫。ありがとう」


 レーゼが気遣わし気な顔でそう尋ねるが、ラティアは再び首を横に振り、慌てたように食事に戻る。


 誤魔化すように「うん、おいしいね」と言ってみせるラティアに、目を見合わせるレーゼと雅。


 声が出せるようになってから、ラティアは時折、こういった様子が増えた。偶に、誰かに声を掛けた後で「……ごめん、何でもない」と口を濁すような時もある。


 故にレーゼは「何か悩みがあるのか」と思ったのだ。心当たりもある。何せ、四葉が亡くなってからまだ三ヶ月半。ラティアがまだ、彼女の死を受け入れ切れていないということも大いにあり得る。そうでなくとも、記憶喪失なのだ。言いようのない不安に襲われることだってあるだろう。


(……もう少し、突っ込んで聞いた方が良いかしら?)

(うーん……そうします? 流石に様子が変ですし。いきなりグっと踏み込むと却ってプレッシャーになるので、少しずつ突っ込んでいった方がいいかもしれません)

(分かった。そうしましょう)


 と、雅とレーゼが視線だけでそんな会話をした、その直後。




 再び、ラティアの手が止まる。


 だが、今度は彼女だけではない。


 雅とレーゼの手も止まった。


 何だか、部屋の気温が不自然な程に下がった気がしたから。




 先とは違う意味で、目を見合わせる雅とレーゼ。


「ねぇ、ちょっと変よね? 外、雪でも降ってきたかしら?」

「いえ、天気が変わった感じはないですけど……」

「暖炉も、ちゃんと燃えているよ?」


 言葉を交わしながら、辺りを警戒し始める雅とレーゼ。そしておろおろするラティア。


 ノースベルグは、年中気温が低めな地域だ。夜にもなれば、温度は一桁になるのが日常茶飯事である。


 故に――雅達の世界と比べれば技術は落ちるが――どの家にも暖房設備はきちんと備わっており、それが働いているならば家の中は暖かいはずだ。寒気を感じることなど、風邪でも引かない限りありえない。


 だが、三人とも、今は確かに鳥肌を立てるくらいに寒さを感じていた。


 何かがおかしい。


 そう思い、三人は一緒になって、恐る恐る窓の方へと近づき、外を見る。


 暗いが、雪や雨は降っていない。夜空が若干曇っている程度か。


「変わったところは特にないわね……」

「うん。――あれ?」

「ラティアちゃん、どうしました?」

「んーっと……向こうで何かが動いたような……?」


 目を細めて景色の向こうを見つめ、ゆっくりとその方向を指差すラティアに、雅とレーゼも釣られてそちらを見る。


 すると、


「……ん?」


 レーゼが眉を寄せた。ラティアの言う通り、確かに何かが動いたような気がしたのだ。


 動物ではない。もっとこう、別の、何ともあやふやな……例えるならば『靄』とでも言うべきものが、凡そ自然現象とは思えないような揺らめき方をしたのだ。


 この街で暮らして十七年。こんなものは見たことがない。


 そして同じものを雅も見て、青い顔になる。


「あの、もしかして……幽霊でしょうか?」

「いるわけないでしょ、そんなの。馬鹿なことを言わないの。……二人とも、何か羽織るものを持ってきなさい」


 少し悩んだものの、レーゼは二人を連れて、外の様子を見にいくことにした。自分はノースベルグのバスターなのだ。この街で何か異変があれば、真っ先に対応する義務がある。二人を着いてこさせるのは、ここに残すのが何となく不安だったからだ。


 灯り――野球ボールサイズのガラス玉の中で、炎が揺らめいている。いつぞやのファイアボールだ――を手に、家の外に出る三人。


「……おかしい」


 ブルリと震え、そう呟くレーゼ。


 寒さの質が、いつもと違うのだ。


 確かにノースベルグは寒い。皮膚が剥がされているようなヒリヒリとする痛みを伴う冷たさに襲われる日もある。だが、今感じている寒さは、それとは少し毛色が違うものだ。例えるならば、体の芯の奥まで突き刺さるような、鋭い痛みを感じる寒さである。


「……なんか、怖い」

「ラティアちゃん……」


 白い息を震わせるラティアのことを、雅はそっと抱き寄せる。


 月明りに照らされているはずの夜道は、やけに暗い。しかも、人気をまるで感じないのだ。


 不気味さから逃れるようにあちこち見回しながら、靄の見えたところへと向かう雅達。


 どれ程歩いた時だろうか。


「……っ? 二人ともっ! こっち!」

「ラティアちゃん、どうし――っ? レーゼさんっ!」


 切羽詰まったラティアの声に、雅の顔が強張った。


 鋭い声色に、何事かと思ったレーゼだが、ラティアと雅の視線の先にあるものを見て、その意味を知る。


 離れたところに、人が倒れていたのだ。


 慌てて駆け寄り――三人は息を呑む。


 倒れていたのは、雅達よりも少し年上の女性だ。道端で何度かすれ違うくらいには、よく出会う人だった。


 だが、彼女の体は、明らかに変だ。




 皮膚が、青白く変色していた。




「レーゼさん! その人は……?」


 雅が、ラティアの視界を覆うように彼女を抱きしめ、辺りを警戒しながらそう尋ねる。


 しかし、女性の体に触れたレーゼは、悔しそうに首を横に振った。


 彼女の体は、命をまるで感じない程に、完全に冷たくなっていたから。


「レイパーの仕業ですよね……?」

「ええ、どう見ても、人が殺したって感じじゃないもの。だけど、肝心のそいつの姿が――」


 と、そこまでレーゼが言った、その時だ。


 ゾワリとするような寒気が、雅とレーゼの背中に走る。


 直後、背後に感じる殺気。


 雅とレーゼは同時にそちらを向き――目を大きく見開く。


 何故なら……そこにいたのは、鉄製の棍棒を持った、人型の体に犬のような頭をした化け物がいたのだから。


 だが、二人が驚愕したのは、それだけが理由では無かった。


 間違いない。




 そいつの分類は、『コボルト種レイパー』。


 かつてレーゼと雅がこの地、ノースベルグで戦い、撃破したはずのレイパーだった。

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