第326話『本腰』
遡ること二ヶ月程前。時は十一月十日土曜日、夜の十時半。
雅とレーゼが、まだ新潟にいた頃。
「学校を辞める? は? みーちゃん、本気で言っているの?」
がらんとした束音宅のリビングに響く、冷たい声。
黒髪サイドテールの少女、相模原優が発したものだ。
目の前に座っているのは、己の親友。
そして雅の横には、まさに寝耳に水だと言わんばかりの顔で雅を見つめるレーゼがいる。
雅から「大事な話があるから、今日は泊まりに来てください」と言われた優。ラティアが布団に入った後、お茶を用意したと思ったら、すぐにその話をされたのだった。
「……ミヤビ。ちゃんと説明しなさい。なんで急にそんなことを?」
「…………ちょっと、中途半端だったなって思ったんです」
「中途半端だった?」
「ええ。……全てのレイパーを倒して、皆が希望を持って人生を歩んでいける世の中を取り戻す……それが私の目標です。でも現状は、次々起こる事件やら何やらに対して、場当たり的な対応しか出来ていないって思うんです」
そもそもの話、この目標を達成するための具体的な策を、雅は持ち合わせていない。
昔は『仲間を集めること』と『雅達の世界とレーゼ達の世界を自由に行き来する方法を見つける』ということが、この『策』に相当する話だった。
だが、それらはほぼ、達成されている。雅と一緒に戦う仲間は増え、二つの世界を自由に行き来する方法についても『世界が融合する』という形で見つかった。
ならば、もっと早い段階で、目標達成のための『次なる策』を検討せねばならなかったはずだ。
いやもっと言えば、検討ではなく、実行せねばならなかったはずだった。
それが、魔王種レイパーや人工種のっぺらぼう科レイパーの事件への対応で手いっぱいで、雅は検討すらしていないという有様だ。
故に、
「本腰入れて、夢を現実にするために全力を尽くさないと」
そう思ったのである。
「正直、高校生とか青春とかには、未練はあります。いつか学生に戻りたかったから、休学を続けていました。だけど……目標を達成するためには、その未練を断ち切らなきゃって思ったんです。それくらい、大きな目標ですし」
切っ掛けは、四葉だ。理由はどうであれ、彼女は妹の仇討ちのために高校への進学をやめ、翁のお面を着けたレイパーをずっと探し続けていた。動機は決して良いものとは言えないが、あの執念は見習うべきだろうと思ったのだ。
「……いや、だけどさ……その後はどうするの? レイパーを全滅させましたってなった後よ。このままじゃみーちゃん、中卒じゃん。就職とかどうするのよ」
「んー……それはその時、何とかします。ほら、四葉ちゃんは高校出てないけど、『アサミコーポレーション』っていう大きな企業にいたじゃないですか」
それは親のコネがあって――そう反論しかけた優とレーゼだが、そこで言葉を詰まらせた。
雅は友達が多い。女性なら老若関係なく、色んな人との繋がりがある。特技だって多い。だから思ってしまった。雅なら、なんとかなりそうだ……と。
それでも、優もレーゼも、決して納得はしていないぞと表情をさらに曇らせた。
何か言おうと口を開きかけ、言葉が出ずにモゴモゴとさせることしか出来ない二人。そんな彼女達を、雅は黙って待っていた。
すると、レーゼが重々しく口を開く。
「……学校を辞めたとして、何をするつもり? 考え無しっていうなら、流石に反対だわ」
「これからどう行動するべきか決めるためにも、まずは情報収集します。具体案はそれから。後は……あの音符の力、あれを自由に引き出せるようにトレーニングするつもりです。これからのレイパーとの戦いで、絶対必要になる力ですし」
人工種のっぺらぼう科レイパーとの戦いの中で、音符の力を発現させた雅。だがあの後、また使えなくなってしまった。
しかし、ただ使えなくなっただけではない。
二回の完全な変身、及び一回の不完全な変身を経て、雅は『変身のコツ』……というより、『変身するために必要なトリガー』というものが、朧気ではあるが掴めていた。
雅の話に、苦い顔になるレーゼ。全くの考え無しという訳ではないとなると、あまり強くも言えない。
「……そこまで考えているなら、なんでもっと早くに相談しなかったのよ。前に話をした時、大規模な訓練があるからとかなんとか言っていたじゃん? あの時にはもう、学校辞めようって思っていたの?」
恨みがましい目をして頬を膨らませる優に、雅は「いやいや、違うんですよ」と慌てたように首を横に振る。
「ちゃんと『学校を辞めよう』って思うようになったのは、そのもっと後……淡ちゃんと会ってきた後くらいからなんです。それまでは正直、自分がどうしたいとかよく分かってなくて……」
事件が終わり、二週間くらい経った辺りで、雅は淡の面会に行った。
面会に行った、と言っても、大した話はしていない。雅の目的は、お面を取り込んだことで感情を失った淡の様子を、自分の目で確認するためだった。
故にその場はただの世間話をしただけで終わったのだが……淡は雅の言葉に返事や返答はしてくれるものの、声色はあまりにも淡々とし過ぎていて、人間と言うより、大昔のロボットのような冷たさで溢れており、雅は話ながらも胸が締め付けられる気持ちだった。
だが一番雅の心に刺さったのは、帰り際に淡が発した、次の一言だ。
『未成年だから、私は死刑になれないって言われた』
淡がどんな気持ちでこれを言ったのか、当の本人でさえ分からない。だが、その声は平淡ではあったが……雅の耳には、どこか震えているように感じられた。
「……私、もう淡ちゃんみたいな人を出したくない。一刻も早く、レイパーも久世も、全部ケリをつけたい」
「……ミヤビ」
「……みーちゃんの話は分かったけどさ……そんなに前に決めていたなら、もっと早くに言いなさいよ」
「あー……そのぉ……流石にほら、ファムちゃんとノルンちゃんには、ちょっと聞かせられないじゃないですか。教育上、よろしくないですし……。それに他の皆に聞かれたら、絶対総勢で止められるなぁって。そしたら覚悟も揺らいじゃいそうで……。だから皆が帰った後で話そうと……」
バツの悪そうな雅の言葉に、優もレーゼも微妙な顔になる。
だが、レーゼは溜息を吐くと、
「……学校を辞めようっていうなら、最低限ミカエルには相談しなさい。早まらないで」
「あっ、そうだよ。ミカエルさん、研究者だけど教師でもあるでしょ。一度話を聞くべきだって」
「……分かりました」
少し考えてから『ここが落としどころだろう』と考えた雅は、そう言って頷くのだった。
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