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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第36章 新潟県立大和撫子専門学校付属高校
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季節イベント『入試』

 二二二一年三月六日、火曜日。午前九時二十三分。


 今日は、新潟県立大和撫子専門学校附属高校の入学試験の日だ。


 多くの受験生が校門に向かう中、学校の前を通る一一六号線の路肩に、黒塗りのベンツが停まる。


 何だ何だと受験生達が驚いていると、ベンツから降りてきたのは――パーマっ気のある、ゆるふわ茶髪ロングの女子、桔梗院希羅々だ。


「それじゃ、頑張ってきておいで。真衣華ちゃんは別会場だけど、慌てないように」

「落ち着いて、全力を出し切ってくるのよ」

「ええ、問題ありませんわ。何ならトップの成績で合格してさしあげますわよ、おーほっほ!」


 両親の激励に、自信たっぷりに答える希羅々。その堂々とした立ち振る舞いは、まさに名家のお嬢様にふさわしいオーラさえ感じてしまう。


「では、行って参りますわ!」と言って、校舎へと向かう希羅々。


 そんな背中を見つめる両親だが……


「……あの子、大丈夫かしら? ちゃんと勉強はしていたけど、その……」

「こらこら、そんなことを言うんじゃないよ」


 母の(てる)の言葉を、父の光輝が窘めるが、その言葉はやや弱い。


 ぶっちゃけ、二人の顔は、やや引き攣っている。


「でも、ここって結構勉強が出来る子も受けるじゃない? 学校の偏差値だって、五十五くらいだし」

「…………」

「ねぇ、あの子の偏差値って確か……」

「んー……五十二」


 だんだんと、空に雨雲が集まってきた。




 ***




(教室は五階ですか……わざわざそんなところまで上らされるなんて、ちょっと面倒ですわね)


 二階にも空き教室はあるだろうに、と少し不満を覚えながら、階段を上っていく希羅々。


 すると、




「あ、ちょ! やばっ!」

「ん? ――っ?」




 誰かの声が上からしたと思ったら、希羅々の額に何かが命中する。


 希羅々はやや痛むおでこを指で抑えながら、ぶつかってきた『それ』を拾い上げた。キーホルダーだ。


 すると、


「あー、ごめん! それ私の!」


 落とし主が階段を下りてきながらそう言ってくる。


 黒髪サイドテールの彼女は……相模原優。彼女もまた、試験を受けにきていた。


 このキーホルダーは、優のもの。鞄に付けていたのだが、突然チェーンが切れてしまったのだ。


 おでこにぶつかったことに対する謝罪は無しかい、と突っ込みを入れようとしたものの、こんなことで怒るのも名家の娘として如何なものか。そう思った希羅々は、「はい、どうぞ。気を付けて下さいまし」とだけ言って、優にキーホルダーを返す。


 優の名誉のために言っておくと、希羅々の額にキーホルダーが当たったことを、彼女は知らなかった。それ程、希羅々の顔は平常を保っていたのだ。


「ありがと。あなたも受験生なのね。お互い頑張ろうね!」

「ええ。お互い、幸運を」


 この時は、こう言って別れた二人。


 数分後、同じ教室で隣の席になることを、この時はまだ知らなかった。


 そしてもっと言えば、これから長い付き合いになる間柄になるとも、思っていなかった。




 ***




 そして試験が始まり、しばらくして。


 今は二時間目の数学。それも、残り十分というところ。


 希羅々は残り最後の大問に、苦戦を強いられていた。


(重なった二つの四角形。長方形の外線の上を動く点Pと点Q、そして点Rと点S。この四つの点を結んで出来る図形の最大面積を求めよ。……ええい、ややこしいですわ! ええっと、これは確か解き方のセオリーがあったはず。まずは点Pと点Qの最大長さを考えて、そこからxを使って――)


 ――ギシ。


(……飛びましたわ。もう一回、点Pと点Qの最大長さは――)


 ギシギシ。


(……点Pと点Q――)


 ギシギシギシ。


 小さく舌打ちをする希羅々。


 頭の中で線の長さを考えようとするが、何かが軋む音で気が散ってしまう。


 何だと思ってチラっと横を見れば、そこには椅子の背もたれに体重を預けている優の姿が。彼女がおっかかっていることで、背もたれが軋む音だった。


 そんな優を見て、希羅々は心の中で、盛大に舌打ちをした。


(遠い目で天井を見つめていますわね……あれは完全に諦めモードですわ。ええい、真衣華と似たような顔をして、全くもう!)


 ふと、「もうどうにでもなーれー」と全てをぶん投げる親友の顔がチラついてしまう。


 挙句、


(……ヤバいですわ。あの真衣華の顔を思い出したら、頭から離れなくなって……ちょ、これでは試験に集中出来ないではありませんの!)


 何故こんなにも心を乱されるのか、これもそれも全部隣の女のせいだと、希羅々は奥歯をギリっと鳴らすのだった。


 気が付けば、窓の外では雨が降っている。前途多難な希羅々の入試模様を表すかのように。




 ***




 昼休み。


 別教室でお弁当を食べる学生達。


 入試中だからか、お喋りをする学生は少ない。控えめな笑い声や、テストの問題が難しかったことに対する愚痴が、若干チラホラ聞こえてくるくらいだ。


 そんな静かな教室の中で、希羅々は黙々とお弁当をつついていた。


 取り敢えず、数学のことは忘れることにした彼女。頭の中は、次の試験のことで一杯にしていた。こういうのは切り替えが大事だ。


 と、その時だ。


 突如、額に何かが勢いよく命中し、痛みの声もあげられずに仰け反る希羅々。


(な、なんですのっ?)


 ジンジンする額。偶然にも、今日キーホルダーがヒットしたところであった。


 コロンと床に落ちたもの。今まさに、希羅々のおでこに命中したそれを見れば……何かの棒。


 よく見ればそれは、


(……箸の先端?)


 さらに、


「あー、折れたわ。うっわ幸先悪……しかもどこかに飛んでいったし。どこいったんだろ?」


 少し離れたところに座る優が、渋い顔でブツブツと文句を垂れている。


 どうやら彼女の箸が折れて飛んで、希羅々にヒットしたということのようである。


 小さく、乾いた笑みを浮かべた希羅々。彼女はこう思った。


 またあの女か、と。




 ***




 そして試験も終わり、その帰り道。


(むむむ……微妙でしたわ。お父様とお母様に、なんと報告するべきか……)


 白山駅まで歩く、希羅々の姿があった。


 来る時は学校近くまで車で来たが、帰りは駅で待ち合わせすることになっている。


 途中で雨が上がり、傘を差す必要が無いのは幸いか。そのお蔭で、希羅々は悔しそうな顔を『作る』心の余裕があった。


 客観的にはどうであれ、希羅々個人としては、ある程度自信はあったのだ。それが中々に打ち砕かれて、実のところ、少ししょげていた。


(真衣華はどうだったのかしら? メッセージは送りましたが、未だに返事は無し……あの子も微妙だったのかしら?)


 と、そんなことを考えていた、その時。


「あぁぁぁん! もう、みーちゃんに愚痴るぅっ!」


 そんな声と共に、後ろから優が爆走してきていた。


 若干の涙声が、彼女の今日の結果を端的に示している。


 それは兎も角として、


 少し前まで雨が降っていたため、道には当然、水溜まりがあった。


 そしてそれが――


「――ぶわっぷっ!」


 水溜まりに足を勢いよく突っ込んだことで水が盛大に撒き上がり、希羅々の顔にかかる。


 優はそんなことに気が付かず、あっという間に遠くに行ってしまった。


 顔と髪に滴る、雨水。制服もちょっと濡れてしまった。


 静かに目を閉じ、まるで感慨に耽っているかのような面持ちで佇むこと数秒。


「ふ、ふふふ……」


 静かに、希羅々の口からそんな、冷えた笑い声が漏れ出てくる。


 試験が微妙だったことなど、もう頭から吹っ飛んだ。


 そして、こう叫ぶのだった。




「あんの庶民ッ! 覚えていなさぁぁぁいっ!」




 そう絶叫しながらも、希羅々は気づかない。


 自分がちょっと、元気になったことに。

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