第34話『飛竜』
黒いフードの『何か』が、手に持った紫色の鎌で雅を上から斬りつけるが、雅は間一髪のところでその攻撃を『百花繚乱』で受け止める。
この黒いフードの『何か』は、雅がウェストナリア学院にいた時に急襲してきた、あの黒いフードの敵だ。あの時は途中でファムが助太刀に来て、そのすぐ後にレイパーが出現し、その際にどこかへと消えてしまった。
あれから雅の前に姿を見せる事は無かったのだが、再び襲いかかって来たのである。
力比べになる黒いフードの『何か』と雅。力は互角だ。
だが、雅は顔を辛そうに歪めていた。
「な、んで……こんな時に……っ!」
叫ぶように声と力を振り絞り、黒いフードの『何か』を吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた黒いフードの『何か』は着地と同時に地面を蹴って、猛スピードで近づいてくる。
「――っ!」
一瞬にして姿を消したと思ったら、次の瞬間には雅の頭上へと跳んでいた。そのまま力任せに、鎌を叩きつけて来る。
雅は体をずらしてそれを躱すも、続けざまに鎌を縦横無尽に振り回して攻撃してくる『何か』。狭い場所にも関わらず、その動きに不自由さは無い。
何とか攻撃をアーツで防いだり、身を捩って躱すものの、反撃に移る隙が無い。
額に汗を浮かべ、蒼白になる雅。
以前戦った時よりも、遥かに強くなっていた。否、きっとあの時は手加減していたのかもしれないとさえ思ってしまう。
それでも、相手が一歩踏み込もうと足を僅かに上げたタイミングを見計らい、突き飛ばすように鎌に百花繚乱を叩き付けると、黒いフードの『何か』は二歩、三歩と後ずさる。
そして斬り上げるようにアーツを振って、雅は相手を吹っ飛ばした。
追撃せんと地面を蹴って近づこうとしたところで、雅は多方向から殺気を感じる。
見れば、何と屋根の上から三体、自分の背後から一体、今目の前にいる黒いフードの『何か』と全く同じ姿をした物が、鎌を振り上げて飛び掛ってきていた。
突然の多方向からの同時攻撃を捌ききれるはずも無く、やむなく雅はレーゼの『衣服強化』のスキルを発動させて全ての攻撃を体で受け止める。鎧並の強度になった雅の体は、鎌で傷を付けられる事は無い。
敵の攻撃が雅にヒットした後、雅は近寄ってきた黒いフードの『何か』達を払うように、アーツで回転斬りを放つ。
「――っ、分身っ?」
一切の手応えは無く、斬られた黒いフードの『何か』は黒いモヤとなって霧散したのを見て、驚いたように雅は声を上げた。
そして、彼女は同じ殺気を感じる。再び、四体の黒いフードの『何か』が雅に襲い掛かって来ていた。
今度は最初に吹っ飛ばした黒いフードの『何か』も、地面を蹴って雅との距離を詰めてくる。
雅は素早く『百花繚乱』をライフルモードに変えると、四体の分身にエネルギー弾を放って消し飛ばし、前方から来る本体の攻撃の隙を付いて前転して敵の背後に回りこむ。
そして雅は路地から脱出し、逃げ出す。後ろからは、黒いフードの『何か』が追っかけてきた。敵の方が足が速く、徐々に距離が詰まっていくことに焦る雅。
てっきり分身を出して一緒に追いかけて来るかとも思ったが、それはして来ない。
出来ないのか、わざとそうしないのか……相手の意図は不明だが、雅にとっては好都合だった。
彼女の目指す先は、全長五メートル程の高い塀が行く手を阻んでいる。ここは地上から七メートル程の高台であるが、万が一想定以上の高さの津波が襲ってきても防げるように塀が設置されているのだ。
その近くまで来たところで、雅は黒いフードの『何か』の足元に向けてエネルギー弾を数発放つと、雨で少し緩くなった地面が重い音を立てて爆ぜた。それが軽い足止めになり、そこでセリスティアの『跳躍強化』のスキルを発動し、塀を飛び越える。
塀の裏側には少しではあるが足場があり、そこに着地する。
前方に道は無い。数歩歩けば、地上へと真っ逆さまだ。存外ギリギリのところだったと、雅は顔を強張らせる。
足場は左右に続いており、どちらに行っても地上へと続く坂があった。
集合場所へは、右に行く方が近いため、雅は迷わずそちらに、慎重に走り出す。
出来れば黒いフードの『何か』は撃退するのではなく、撒きたかった。これからのことを考えれば、今はあの敵相手に体力を消費する余裕は無い。
雅は、悔しさに歯を食いしばる。
今の戦闘だけで、雅はもうスキルを三種類も使ってしまった。『共感』は同じスキルを一日に一回しか使えない制約がある。出来れば魔王種レイパーと対峙せざるを得なくなった時まで温存しておきたかったのだが、そうも言っていられない状況に立たされる羽目になってしまった。
ドラゴナ島に着いたら、かなり慎重に行動する必要があるだろう。
果たしてこんな調子で上手くやれるのか、雅は不安で仕方が無い。
雨は、段々と本降りになってきていた。
***
そしてそれから十分後、無事に集合場所に到着した雅。
まだ予定の時間には二十分早いからだろうか。いるのは雅だけだ。
あれから、あの黒いフードの『何か』は姿を見せていない。ずっと辺りを警戒していた雅だが、流石に撒けただろうと思い、ホッと息を吐く。
雨は本降りになっており、気が付けば制服はびしょ濡れになっていた。集合場所の近くには屋根の付いた休憩所があった。一先ずそこで休もうと足を向ける雅。
だが一難去ったことで、少し心に隙が出来ていた。
故に気が付かない。彼女の頭上に、巨大な生き物がいたことに。
「……あれ?」
休憩所に向かう途中、やけに自分の周りだけ暗いことに気が付いた雅は、そこでようやく上を見上げ――思わず息を止める。
ゲームなんかでよく見る、飛竜がそこにいたのだ。
蝙蝠のような皮膜の翼に、鏃のように尖った尻尾がある。翼の先端には、鋭利な爪が生えていた。全体的に暗い緑色をした、全長四メートルはあろうかという巨大な化け物。一般にはワイバーンと呼ばれる生き物に見えた。
そのワイバーンは、雅が自分に気が付いたことに気がつくと、口を歪ませる。まるで笑っているかのようだった。それも、とても邪悪な笑みのように、雅は思える。
一瞬にして察した。こいつはレイパーだと。分類は『ミドル級ワイバーン種』といったところか。
呆気にとられた雅に急接近するレイパー。そして足を伸ばすと、器用に雅の体を鷲掴みにすると、そのまま飛翔する。
悲鳴を上げる雅。振り解こうともがくが、レイパーの足はびくともしない。
遠くで、何人かがこちらを指差していた。昨日会ったバスター達だ。彼女達も、レイパーの存在に気が付いたのだろう。雅が捕まっているのを見て、焦ったような顔をしつつも、アーツを手に慌てて走り出した。
しかし、時既に遅し。
空高く飛翔したレイパーに、近づく術を持った者は誰もいなかった。
レイパーは愉快そうに鳴き声を上げると、絶望したような顔の雅と共に飛び去ってしまう。
向かう先は、島。
雅達が今日向かうはずだった、ドラゴナ島だ。
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