第36章閑話
九月三十日日曜日、午後九時三十七分。
新潟市中央区稲荷町……そこにある墓地に佇む、喪服姿の二人の少女。
桃色のボブカットの少女は、束音雅。そしてもう一人は、美しくも儚い、白髪の少女、ラティア。
二人の視線の先には、一つの墓がある。
それは、浅見黒葉……四葉の妹のもの。
この隣に、四葉のお墓が立つことになっている。
……四葉の死。
先程参列した通夜は、あまりにも痛ましいものだった。杏は取り乱し、親族が宥め……レイパー事件で亡くなった者の通夜や葬式では珍しいことではないが、雅はああいう空気は未だ慣れないし、慣れたくもない。
それがようやく終わり、雅とラティアは、参加したライナや真衣華達と別れ、ここに来ていた。黒葉の墓がここにある、という話を、雅は以前、四葉から聞いていたのだ。
死んだ四葉とは、先程の通夜で別れを済ませたはず。
しかしどうにも、彼女の魂は、ここにある気がした。
こんな時間に、どうしても我慢出来なくなって、二人だけで墓地にまでやって来てしまったのである。
二人の手には、途中で買ったカップアイス。四葉が好きな、期間限定品――今は梨が売っていた――と、黒葉が好きなバニラだ。お供え用と、二人が食べる用の、全部で合計四つ。
お墓にお供えして、カップアイスの蓋を開ける二人。
人のお墓の前でアイスを食べるのは非常識だというのは分かっている。
それでも雅とラティアは、そうすることにした。通夜で四葉の顔を見た時に、誘われた気がしたから。
(四葉ちゃん……淡ちゃんのこと、ごめんなさい)
アイスの表面にスプーンを刺しながら、雅は心の中で頭を下げる。優一から聞かされ、雅は膝から崩れ落ちた。
(少ししたら、淡ちゃんの面会に行くつもりです。そしたら、また報告しに来ますから……)
四葉にそう伝え、雅はアイスを一欠けら、口に含む。
前に食べた時と比べると、何となく、味が薄い気がした。
ラティアもラティアで、心の中で四葉と会話しながら、アイスを食べている。どんな話をしているのかは、ラティアのみぞ知ることだ。
そうして、数分、十数分と時が経つ。アイス一つを食べきるには、やけに長い時間を要していた。まだ、半分ほども残っている。夜、少し寒い時間帯だが、それでも段々とアイスも溶けてきていた。
ふと、ラティアの方を見る雅。
何気無く、ただ何となく、彼女は何を想っているのだろう……それが無性に気になって、そちらを見たのだ。
だが……その時。
「ラ、ラティアちゃん……?」
雅は、心底驚いていた。
ラティアの眼に、涙が浮かんでいたから。
今まで、あまり表情を表に出すことが無かったラティア。四葉が死んだその瞬間、その後、そして先程の通夜……その時ですら、ラティアの表情は薄かった。
そんな彼女が、今……唇を噛み締め、涙を堪えている。これが驚かずにいられようか。
そして――
「……っ」
それは、確かに聞こえた。
風の音でも、布擦れの音でも、まして雅が発した音でもない。紛れもなく、彼女自身の音。
「ラ、ラティアちゃん……もしかして……」
「…………っ」
もう、堪えきれなくなったのだろう。
「もしかして……声……」
「――……ぁっ」
真っ黒な空を仰ぎ、涙を流すラティア。
掠れ、か細く……そしてあまりにも、もの悲しい……ラティアの泣き声が、墓地に響くのだった。
四葉との別れを悼む、ラティアの声が。
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