第36章幕間
九月二十五日火曜日、午前十一時二十四分。
新潟県警察本部にある、科捜研にて。
「感情が、無くなった……?」
「あぁ。本人も認めているし、明らかに様子もおかしい」
優一と優香は、人の少ない部屋の中で、そんな話をする。
優一の顔は、いつもに増して険しい。
四葉を殺した、鬼灯淡。
あの後警察に捕まった彼女は、その日の夜、意識を取り戻した。だが――
無くなっていた。彼女の、感情が。
生きている。今はもう、喋ることも歩くことも、食事をすることも出来る。まだ治療は必要だが、日常生活を送るのに、身体的な障害は無い。
しかし、淡は表情を変えることが無くなった。
表情がまるで変わらない、完全な能面。
本人曰く、心がざわついたり、揺らいだりすることはあると言う。しかしそれが、どんな感情から来るものなのか、分からないというのだ。
元々の鬼灯淡でさえ、もっと感情があったに違いないと分かるくらい、彼女は人として大事なものを、失っていた。
「原因は……お面、よね……。あれに、感情を吸い取られてしまった……」
「最初の一枚を取り込んでから、凡そひと月……。雅君は、久世からこう言われたそうだ。『彼女は、お面の力にどっぷりと漬かり過ぎた』と。間違いないとみていいだろうな」
感情を求めるあまり、淡は元々もっていたはずの感情さえも失ってしまった。
それを悲しんだり、ショックを受けたりすることも、もう彼女は出来ないのである。
「結局、この事件で得をしたのは、久世ただ一人……。優達になんと話せば良いか……特に、雅君やラティア君には……」
深く息を吐く、優一。
彼の顔は、まるで十歳は老けてしまったと思う程、疲れ切っていた。
***
時は少し経ち、九月二十九日土曜日。正午ジャスト。
ここはウラの最北端にある街、ティップラウラ。
ひと月前、巨大な人工レイパーによる事件で、大きな被害が受けたこのティップラウラ。時折レイパーがやってくることはあれど、概ね大きな騒動もなく、街は順調に復興が進んでいた。
「ふぁぁ……やっとお昼ですー」
「キリもいいし、休憩にするか。お弁当、そこの鞄に入っているからな」
街の一角で、直した河川や道路の点検作業に勤しんでいた二人のバスターが、そんな会話をしながら休憩に入る。
のんびりとした喋り方をしている、金髪のパイナップルヘアーのバスターはパフェ・ザレフシア。
もう一人の、キリっとした喋り方の、深緑色のクラウンブレイドヘアーのバスターは、ルーナ・モラルタだ。
二人とも、事件の際に、雅とセリスティアと一緒に戦ってくれたバスターである。彼女達の『重心看破』と『バックアタッカ―』のスキルは、雅がのっぺらぼうの人工レイパーと戦う際にもお世話になった。
二人とも、今日の朝から仕事で忙しく、お腹の虫が食料を求めて悲鳴を上げている。
早くご飯を食べたい……そんなことを考えていた、その時だ。
「……ん? なんだ?」
「向こうの空、曇ってきましたねー。ですが……」
東の方が、どんよりとした雲で空が覆われてきた。あまり良い色ではない。あの事件の時の、黒橡色の雲……まさに、あの時と同じだった。
だが、それだけではない。
雲が、まるで台風の目のように、渦巻き始めてきたのだ。
嵐でも来そうだ……そんなことを想っていたのだが、
「……ん?」
「消え……た?」
集まっていたはずの雲が、嘘のように霧散し、また青空が戻ってきたのだ。これにはルーナもパフェも、眉を顰めるより他無い。こんな光景、見たことが無かった。
言いようのない不安に襲われる二人。
二人の視線の先にあるのは――ウラの東にある国、エンドピークである。
***
そして、そのエンドピーク。
とある山の頂……そこに、三体のレイパーがいた。
内二体は、西洋鎧、そして和製鎧を身に纏ったレイパー……『騎士種レイパー』に、『侍種レイパー』だ。
そして侍種レイパーに抱えられている、赤子のような姿をした、真っ黒い化け物。まるで胎児のようだが、他の二体のレイパーとは比べ物にならない不気味さを醸し出していた。
かつて、サウスタリアの首都、カームファリアを壊滅状態にしたレイパー達。そんなレイパーが、何故こんなところにいるのか。
騎士種レイパーの手には、禍々しい黒色に満ちた、杭。
先程、ルーナやパフェが見た不思議な現象……それは、この杭を抜いたことで発生したものだった。
そして三体が見つめる先にあるのは――荒れ狂う海だ。
「ホロ、デバムタソデコエゾ……」
そう呟く侍種レイパー。
騎士種レイパーはそれを聞いて、低い声で笑う。
無言ながらも、レイパーの胎児も、どこか愉快そうだ。
海の中で、何か巨大なものが蠢く。新たな事件が、また起きる――。
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