第324話『本意』
「淡ちゃん……っ!」
人工種のっぺらぼう科レイパー……そして、喜怒哀楽のお面を倒した雅は、その場に倒れた鬼灯淡を抱き起こす。
声を掛けても、返事はない。
しかし、
「……良かった。脈も呼吸もある……!」
生きている。人工レイパーを倒されたことによる衝撃で、今は気絶しているものの、それでも淡は、生きていた。
そして……遠くで鳴り響いていた戦闘音も、ようやく小さくなる。
お面が破壊されたことで、学生達も解放されたのだろう。街の方の騒ぎも、収まっている。
少しすれば、レーゼ達もこちらにやってくるはずだ。
残った問題は――
「よいしょ……おっとっと……」
淡をどこか別の場所で休ませようと、彼女の肩を抱える雅。
雅の目は、遠くにいる白髪の少女……ラティアへと向けられていた。
ラティアは、衝撃波を放った時に痛めた腕を庇いながら、雅と淡の元へと、体を引きずるように歩いてきていた。
(最後、ラティアちゃんが来てくれなかったら、駄目でした。だけど……)
何故ここにラティアが来たのか。それも、マグナ・エンプレスの小手を持って。
何となく嫌な予感がした雅。場合によっては、ラティアを止めなければならないかもしれない。
そう思っていたのだが……
「ラティアちゃん……」
二人の元へとやって来たラティアは、雅と逆側に立ち、淡に肩を貸す。
そこに、一切の敵意は、全くと言って良い程に感じられなかった。
コクンと、雅に頷いてみせるラティア。
彼女の目は、雄弁に語っていた。自分は、鬼灯淡に復讐しに来たわけではない、と。
(……そっか。そうですよね。四葉ちゃんと。約束しましたもんね)
『修羅になるな。復讐に走るな』……四葉はラティアに、そう懇願していた。ラティアがそれを無視出来るはずもない。
きっとラティアも、声を上げられなかっただけで、雅のように葛藤していたのかもしれない。それでも自分なりに折り合いをつけたのだろう。
「ラティアちゃん、ありがとうございます、その、色々と……。取り敢えず、校舎の方に行きましょう。レーゼさん達が待っている――」
と、その時だ。
「……ぅ」
「……淡ちゃん?」
「ぅ、ぁ……ぁぁあっ!」
「淡ちゃんっ?」
意識を取り戻したと思ったら、突然苦しみだす淡。
刹那、淡の胸から、何かが飛び出してくる。
それは、虹色の光球。
呆気に取られる雅とラティア。
その虹色の光球は嘗て、雅が異世界から持ち帰った鏡、そして弥彦山で見つけた鏡に封じられていた、白と黒の光球と、色が違うだけで、形はそっくりなものであった。
それが、雅達の背後へと飛んでいく。
それを目で追う雅達。
光球が向かう先には、人がいた。
そして――そこにいた人物を見た瞬間には、雅はもう、動いていた。
百花繚乱の銃口を向けるや否や、桃色のエネルギー弾を放つ。
雅らしからぬ、問答無用の狙撃。明らかに殺意が籠った一発だ。
その殺意をコントロールする余裕は、今の雅には無かった。
何故なら、
「久世……あなたという人は……っ!」
スーツを着た、五十代くらいの男性……間違いない、久世浩一郎が、そこにいたのだから。
雅の放った一発のエネルギー弾は、正確に久世の顔面目掛けて飛んでいく。
だが、
「っ?」
それが、何者かによって阻まれてしまった。
頭部が歪な、人型の化け物。リスのような顔に、背中から蝙蝠のような羽を生やしたそいつは……以前、レーゼとライナ、希羅々と真衣華が、新潟県中央区山二ツの倉庫で戦った人工レイパーだ。丁度、ピエロ種レイパーの事件の待っ最中のことである。
分類は、『人工種リス科レイパー』。
こいつがリスの尻尾を盾にして、エネルギー弾から久世を守ったのだ。
「私が丸腰で来る訳がないだろう……」
「何をしにきたんですか! ……いや、言わなくたって分かります!」
虹色の光球が、久世の持つフラスコに吸い込まれていくのを見て、雅は声を荒げた。
彼のその行動……そして満足気な表情。何より、今までは立体映像等での登場だったのに、今回は生身でやって来たこと……それら全てを見て、雅は確信する。
「その……虹色の光の球! 最初から、それが目的だったんですね! のっぺらぼうの人工レイパーを強化することなんて、どうでも良かったんだ!」
「八割がた、正解だ」
フラスコに栓をして、久世はそう言う。
「何が『八割がた』だ! あなたにとって……淡ちゃんも、葛城と同じだったっ! その虹色の光の球を手に入れるための、ただの駒でしかなかったんだっ! 違いますかっ?」
「左様。その点は正しい。八割がたと言ったのは……人工レイパーの強化がどうでも良いことというのが、間違った認識だからだ」
「何っ?」
「のっぺらぼうの人工レイパーの強化は、私にとって必要不可欠なことだという話さ。これを手に入れるためには、どうしても、鬼灯淡に、四枚のお面を手に入れてもらう必要があった」
珍しく饒舌な久世。
目的を達成し、余程機嫌が良い……その様子が、雅をさらに苛立たせる。
だがそんなことはお構いなしと言わんばかりに、久世は手に持ったフラスコを振って見せる。
「これが何か、気になるだろう? これは、人工レイパーの『本来持つ力』と、お面が持つ『感情の力』と『強大なエネルギー』を抽出したものなのだ。……ふむ、百パーセント抽出出来た訳ではないか。しかし、充分だ」
「それが必要なら、最初から自分で集めれば良かったじゃないですか! 誰かを駒にする必要なんて――」
「そういう訳にはいかんさ。君も身をもって実感しただろう? 四枚のお面を吸収した人工レイパーは、強力な性能を持っていたはずだ。それだけ、お面の力は凄まじい。……だが、そのお面には面倒な能力がある」
「面倒な能力? ……はっ、そうか! 憑りついた対象から、エネルギーや感情を奪ってしまう、それのことですね!」
「そう……その能力だけが、何よりも邪魔だった。私が必要としているのは、のっぺらぼうの人工レイパーの純粋な力に、お面が本来持つ感情の能力、それとエネルギー、それだけだ。他の力など不要なのだ」
だから自分達に倒させたのかと、雅は奥歯をギリっと鳴らす。
証拠は無いが、確信は出来る。きっとお面を吸収したのっぺらぼうの人工レイパーを倒すことで、久世の言う『面倒な能力』は失われるのだ、と。
そうなれば、残るのは純粋な、『お面の力を吸収した人工レイパーとしての力』だけになる。久世は、それが欲しかったのだ。
「その鬼灯淡という女は、非常に役に立った。のっぺらぼうの人工レイパーはね、全ての人工レイパーの大元のようなものなのだ。だがあまりにも構造がシンプル過ぎたせいで、普通の人間では扱えなかった。彼女だけだったよ。その力を上手くコントロール出来たのは。はっはっは、そう言えば、その子は『感情』を求めていたな。私が思うに、人間として大事なものが欠落していないと、のっぺらぼうの力はコントロール出来なかったのでは――」
「ふざけるな! 淡ちゃんには、ちゃんと感情があった! 彼女が求めるまでもなく、心に! しっかりと! 欠落していただのなんだの、勝手なことを言わないでください!」
そう言って、再びエネルギー弾を放つ雅。
だがそれは、またしても人工種リス科レイパーによって防がれてしまう。
そして人工レイパーは、雅に襲い掛かろうとしたが、
「待て。彼女達には、まだ利用価値がある。ここは一旦、我々の方が身を引こう。……そろそろ、彼女のお仲間もやって来る頃だ」
雅の名前を呼ぶ、レーゼ達の声。その声は、グラウンドに向けて徐々に大きくなってくる。
「さて、これはあくまでも善意からの言葉だが……鬼灯淡が目を覚ましたら、きちんとメンタルケアをしてあげたまえ。彼女は、お面の力にどっぷりと漬かり過ぎた」
そう言い残すと、リスの人工レイパーに抱えられた久世は、学校から去っていく。
雅がその背中に向けて、何発もエネルギー弾を放つが……それが届くことは、無かった。
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