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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第36章 新潟県立大和撫子専門学校付属高校
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第321話『再現』

「な、何……っ?」


 突如起こったその現象に、人工レイパーの驚愕の声が轟く。


 雅の体から飛び出てきた五線譜……それが雅を中心に宙を舞っていた。それだけでも、人工レイパーを驚かせるには充分なものだった。


 だが、それで終わりではない。


 空を飛び回る五線譜は、雅の体の周りをグルグルと回りながら収束していき――刹那、雅の体が、七色に発光する。


 そして光が弾け飛び、そこにいた雅の姿は、様変わりしていた。




 桃色を基調とした、まるで合奏の指揮者が身に着ける燕尾服。




 かつて、魔神種レイパーと戦った時に変身した、あの姿。




 何度なろうとしてもなれなかったその姿に、遂に雅は変身したのだ。




「な、何よ……何なのよ、その姿!」

「淡ちゃん……行きますよ!」


 百花繚乱を構え、雅は地面を蹴った。


 敵に接近しながら、手の平をのっぺらぼうの人工レイパーに向けると、そこから『音符』が放たれる。


 一見すれば、まるで攻撃性能の無い見た目の音符だ。だがこれは敵に命中すると、その体内にエネルギーが蓄積され、雅の攻撃により爆発する。


 つまり、雅の攻撃で受けるダメージを増加させる効果があるのだ。


 このように強力なものではあるが……無害そうな見た目でも、喰らったらヤバいと人工レイパーも直感したのだろう。直線的に飛んで行った音符は、悠々と躱されてしまう。


 だが、今の一発を避けることは、雅も想像していた。


 敵の回避に合わせて地面を蹴り、一気にのっぺらぼうへと近づく。


 雅の、百花繚乱を握る手に力が籠るのが、のっぺらぼうに見える。


 斬撃が来る――そう思った人工レイパーは、咄嗟に後方へと跳び退いた……のだが。


「――ッ?」


 雅は、斬撃を放たない。


 放つと見せかけ……再度手の平を相手に向け、音符を放ったのだ。


 完全なフェイント。バックステップしていた人工レイパーに、この音符を避ける術はない。


「ちぃっ!」


 音符がスッと体内に吸い込まれ、のっぺらぼうの苛立つ声がする。


 そして雅は、跳び退いた人工レイパーの方へと一気に接近し――今度こそ、斬撃を繰り出した。


 狙いは、顔面。


 だがその一撃を仰け反って躱した人工レイパーは、雅が次の一撃を放つより早く、胸元の火男のお面を顔面に移動させる。


 刹那、シュっという、空気が縮こまるような音が、雅の耳に飛び込んできた。


「っ!」


 相手が上体を起こして火炎放射を放つのと、雅が横っ飛びするのは同時。


 一直線に放たれた炎が、雅の髪のすぐ横を通り抜ける。


 まさに紙一重。


 しかし、雅は顔にギョッとした色を浮かべつつも、竦みそうになる体を気合で動かし、のっぺらぼうの人工レイパーの腹部目掛け、三度(みたび)音符を放った。


 まさか雅に火炎放射を避けられるとは思っていなかった、のっぺらぼう。必然、この音符は躱せない。


 舌打ちする人工レイパー。


 これ以上雅に好き勝手させまいと、左手に持っていた錫杖の柄を地面に叩きつければ――辺りに魔法陣がいくつも出現。グラウンドの土を干からびさせながら、緑色のエネルギーウィップが飛び出てきた。


 このウィップは、皮膚に触れると肉を抉ってしまう程の高圧のエネルギーを持っている。生身なら勿論、音符の力を覚醒させた今の雅でさえ、まともに触れればひとたまりも無いだろう。


 そんなエネルギーウィップが、雅目掛けて伸びてきた。


 だが、雅は慌てない。かつての戦いで、このエネルギーウィップは見ている。対処法も、頭にちゃんと入っていた。


 雅は百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードにすると、銃口をのっぺらぼうの人工レイパーが持つ錫杖に向ける。


 エネルギーウィップは、あの金色の錫杖に衝撃が加わると霧散してしまう弱点があるのだ。


 しかしそれは、のっぺらぼうの人工レイパーも把握済みである。先の優達との戦いで、その弱点を突かれてエネルギーウィップを突破されたのだから。


 エネルギーウィップの一部が、百花繚乱から放たれるであろうエネルギー弾から錫杖を守るように立ち塞がる。


 その瞬間だった。


「ッ?」


 不意に百花繚乱の銃口が、錫杖から地面の方へと向けられ、桃色のエネルギー弾が放たれる。


 地面が爆ぜ、巻き起こる土煙。


 必然、のっぺらぼうからは姿が見えなくなる雅。


 この時、のっぺらぼうは雅の本当の意図を理解し、悲鳴にも近い声を上げた。


 エネルギーウィップが雅を捕らえにかかるが――雅はその合間をスルスルと抜け、敵へと近づいてくる。


 そう。このエネルギーウィップには、もう一つ弱点があったのだ。エネルギーウィップは、錫杖の持ち主が操っているだけ……つまり、その持ち主が標的を見失えば、そいつを捕らえることは途端に難しくなるのである。


 雅は、確証を持っていたわけではない。ただ今までの戦いで何度かこの攻撃を見ていたため、もしやと思っていただけだ。


 今も、可能であれば錫杖を狙いたかった。しかしそれが叶わないとみて、自分の予想に賭け、咄嗟に狙いを変えたのである。


「こ、この――」


 何時までも雅を捕らえられず、痺れを切らした人工レイパーは、錫杖を地面に叩きつける。より大きな魔法陣が出現し、そこから生えるは巨大なエネルギーウィップ。


 それを振り、土煙ごと雅を攻撃しにかかった……のだが。


「――ッ」


 その攻撃を実行に移した瞬間、自身のすぐ側に、土煙の中から雅が現れる。


 その手には、ブレードモードになった百花繚乱。


 完全に不意を突かれた形。


 雅の眼は、のっぺらぼうの顔を真っ直ぐに見つめており……そこには彼女らしからぬ、荒々しい光を宿していた。


 眼光のあまりの迫力に、のっぺらぼうは委縮。動けない敵の隙は逃さぬと言わんばかりの、鋭く、そして速い雅の斬撃が、人工レイパーの腹部に吸い込まれ――


 シ、レ、そして#のファの協和音を響かせた轟音と共に、のっぺらぼうを大きく吹っ飛ばした。


「ぐ、ぁ……?」


 その一撃は、今まで自分を苦しめていた激痛とは比べ物にならない痛みに感じた淡。思考と視界が白く染まり、『痛い』ということすら、一瞬分からなかった。


 その一撃の重さを理解したのは、吹っ飛ばされた人工レイパーの背中が、勢いよく地面に叩きつけられた時。


 それでも、のっぺらぼうは……よろよろと、立ち上がる。


 既に雅が、倒れた自分に手の平を向けていたのが見えたから。


 放たれた音符。またそれを受ける訳にはいかないと、のっぺらぼうが被った火男のお面から、火炎放射が放たれる。


 飛んでくる音符を焼き尽くし、そして雅へと迫る炎だが、苦し紛れに放った攻撃なら、雅でも何とか躱せる。


 だが、のっぺらぼうの次の動きは早かった。


 雅が火炎放射を横っ飛びで回避したのを見るより早く、人工レイパーは雅の行動を先読みしていたのだ。


 右手の鉤爪を振りかざし、雅に飛び掛かるのっぺらぼう。


 その攻撃を視認した雅は、敵の勢いに目を見開くも、剣を振りあげる。


 キンッ! という甲高く、しかし衝撃の重さを感じさせる、厚みのある音が鳴り響き、雅の百花繚乱と、のっぺらぼうの鉤爪が激突。


 敵の攻撃の威力は、剣で防いだはずの雅……彼女の足の骨が軋むくらい、大きな負担が掛かる程だ。


 苦悶に顔を歪めながらも……雅はそれでも、決して負けまいという形相で、必死にのっぺらぼうの圧倒的なパワーに、真っ向から立ち向かう。


 鍔迫り合いのように拮抗する雅とのっぺらぼう。いや、拮抗では無い。僅かに、雅の方が押されている。


 だがそんな中、雅は大きく口を開いた。


「淡ちゃん! 取り込んだお面を捨てて下さい、今すぐに! それはあなたが求めているようなものじゃありません!」

「何よ……あなたまで、四葉ちゃんと同じことを……! 私がどれだけ『感情(これ)』を欲したか、何も知らないくせに!」

「いいえ、知っています!」


 そう言い切った雅。その瞬間、押されていたはずの力が、拮抗し始める。


「ごめんなさい、淡ちゃん……! あなたのアパートに行きました! そこで――」

「……まさか、見たの? あの日記……!」

「ええ! ……私だけじゃなくて、多分四葉ちゃんも……! だから彼女は、あなたを止めようとしたんです! あの日記で、淡ちゃんの苦しみを知ったから!」

「そ、そんな……!」

「……あなたの苦しみを、全部は理解出来ないかもしれない。だけど……だけど! 十分の一でも、百分の一でも、ほんの僅かだけでも、私達は知っている。だから――」

「じゃあ分かってよ! 感情がないせいで、私がどれだけ辛い思いをさせられたのかをさぁ!」

「感情がないなんて、そんなことはないっ!」

「……っ!」

「私は見た! あなたが、あの時! 四葉ちゃんを斬り裂いた、あの瞬間! 確かに、動揺していたところを! あれは紛れもなく、あなた自身の感情からきた『揺らぎ』だったはずです!」

「そ、そんな……! そんなことは……っ!」

「感情がない人間なんて、いるもんか! 淡ちゃんは、ただそれが表に出辛いってだけです! だけど、例え見え辛くても! あなたの中に! 心に! あなたが求めている『感情』は、求めるまでも無くそこにある!」

「ち、違う! 違う違う違う!」


 淡の、悲鳴。


 それは、彼女が自らに掛けていた『呪縛』が、僅かに緩んだことで発せられたもの。


 この瞬間、雅は己のスキル、『共感(シンパシー)』を発動した――。

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