第318話『突破』
午後三時四十分。
ここは白山駅付近の、人気の少ない路地。
そこに、険しい顔をしているおかっぱの女性が壁に寄りかかっている。冴場伊織だ。
その後ろでは、崩れ落ちるようにして座っている五人の少女の姿があった。
優に愛理、志愛、希羅々、真衣華だ。学校で、のっぺらぼうの人工レイパーやお面に操られた学生達と戦った彼女達は、ここに一時撤退していた。激しい戦闘からギリギリ逃げてきたため、疲労困憊な様子。
体力に自信のある志愛や希羅々でさえ、表情には疲れの色が見える。他の三人は目を閉じ、浅い眠りに落ちていた。
すると、
「イオリ! 皆!」
「あぁ、レーゼちゃん!」
遠くから、青髪ロングの少女が駆け寄ってくる。剣を腰に収め、日本人離れした容姿の彼女は、レーゼ・マーガロイスだ。
彼女が到着して程無くして、他のメンバーもやって来る。
赤髪のミディアムウルフヘアーの女性、セリスティア・ファルト。
薄紫色の髪の少女、ファム・パトリオーラは、親友のノルン・アプリカッツァを運んで飛んできた。
山吹色の巨大な竜、シャロン・ガルディアルに乗って飛んできたのは、銀髪フォローアイのライナ・システィア。
彼女達は今まで、逃げたのっぺらぼうの人工レイパーを探し、新潟市中を東奔西走していた。先程ミカエルから、のっぺらぼうの人工レイパーが新潟県立大和撫子専門学校付属高校に出現し、優達が交戦したが撤退を余儀なくされたと聞いて、大慌てでやって来たのである。
そのミカエルも、レーゼ達が来てから五分後に到着。
そして、レーゼ達が伊織から詳しい話を聞いていると、
「優一さん、ありがとうございます! ――お待たせしました、皆さん!」
優一のパトカーに乗って、雅がやって来た。
雅の声を聞いて、今までうつらつらとしていた優が、パチリと目を覚ます。
「……みーちゃん?」
「さがみん、皆! 怪我は無さそうで良かった!」
「いや、あんた……」
四葉を目の前で殺され、メンタル的に相当キツいはずの親友に対し、何か言おうと口を開いた優だが……当の本人の顔を見て、言いかけた言葉を途中で止める。
「さがみん? どうしました?」
「……いや、シケた面していたらドツこうと思っていたけど、心配無さそうで安心した」
「……はい!」
控えめに、しかししっかりとサムズアップする雅に、優はクスリと笑みを零す。
しかし、
「あの、ミヤビさん……もしかして、一人で戦うつもりですか?」
どこか不安を拭えないような顔をしたライナが、雅の服の袖を摘んでそう聞いてくる。
雅が覚悟を決めたことは、ミカエルから聞いていたライナ。その時から、何となくだが、雅はそんなつもりなのではと不安を覚えていたのだ。
そして雅が躊躇いがちに頷いたのを見て、その不安が正しかったことを知る。「危険です、駄目です」と言いかけたライナ。
だが、
「少しの間だけ。いきなり皆で押しかけても、きっと淡ちゃんは話を聞いてくれないと思うんです。だから、まずは一人でやってみようかなって。流石に戦闘は免れないと思いますけど……」
「…………」
「厳しいですけど、倒せそうなら、そのまま倒すつもりです。そうすれば、人工レイパーとお面の力から、彼女を解放することは出来ますし。勿論無茶なんかしませんよ。でも、ヤバそうになるまで、手出しは待って頂けませんか?」
「……無茶だけは、しないで下さい。嫌ですよ、ヨツバさんだけじゃなくて、ミヤビさんまで死んじゃうの……」
唇を噛み、震える声で、ライナはそう告げる。
すると、
「でもミヤビ。勝算はあるの?」
側にいたレーゼが、そう尋ねてくる。雅の話は理解出来るが、無策であるならば止めなくてはならない。それが例え、本人の意思に反するものだとしても、だ。
しかし、雅は自分の胸に手を当てて、小さく頷いてから口を開く。
「勝算と言えるかは怪しいです。……でも、上手く言えないですけど、自分の中の『何か』が変わったっていうか……。少なくとも、あっさりやられることは無いと思います」
「ミヤビ、もしかして……」
雅の仕草に、レーゼは何かに気が付いたらしい。雅は無言で頷いた。
すると、ミカエルが「ミヤビちゃん」と声を掛けてくる。
「さっき言い忘れていたけど、一つ、覚えてもらいたいことがあるの。それはね――」
そして告げられる、一つの情報。
それを聞いた雅は、目を丸くするのだった。
***
十分後。
「外観を見ることはあったけどよ、中に入るのは初めてだな……」
セリスティアが、新潟県立大和撫子専門学校付属高校の内陸側の校舎の敷地内に足を踏み入れると、そんなことを呟く。
「忘れ物を届けに来た、ってことでもないと、中々入る機会もないですしね。それこそ、我々以外ではパトリオーラくらいではありませんか?」
「……来ましたよ」
戦闘前の緊張解し……そのための雑談に興じていたセリスティアと愛理に対し、ノルンが制止するように声を上げる。
統率された兵隊のような足音が響いてきたからだ。
寄せ来るのは、小面のお面を被った学生達。
その手には、アーツが握られている。訓練用の模擬アーツではない。レイパーと戦うために使う、本物のアーツだ。
人工種のっぺらぼう科レイパー……鬼灯淡の姿は見えない。だが彼女の気配は、学生達のもっと奥……そう、校舎裏のグラウンド辺りから、確かに伝わってくる。
操られた学生達は、のっぺらぼうの人工レイパーを守るガーディアンといったところか。
「彼女達を倒さなきゃ、淡ちゃんの元へは行けそうもないですね……」
雅はメカメカしい見た目をした、全長ニメートル程の武器、剣銃両用アーツ『百花繚乱』を出しながら、険しい顔を浮かべる。
だが、
「彼女達は、私達が引き受けるよ」
「ミヤビさんは、先に行ってください」
真衣華とライナが、そんなことを言ってきた。
真衣華の手には、半円型の深紅斧、『フォートラクス・ヴァーミリア』。
ライナの手には、紫色の巨大な鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』が握られている。
「彼女達に、邪魔はさせません!」
「ノルンの言う通りだね。こっちは気にしないで」
「その代わり、必ず勝ってくるのじゃぞ!」
「頑張るっすよ!」
ノルンが節くれだった黒いスタッフ、『無限の明日』を構え、ファムが背中に宿した白き翼、『シェル・リヴァーティス』を広げる。
腕だけを竜化させ、尻尾を生やした姿のシャロンが、首をコキコキと鳴らしつつも、操られた学生達から目を離さない。
伊織も、出現させたランチャー型アーツ『バースト・エデン』を撫でながら、雅に檄を飛ばす。
淡のところに行く前に、雅が消耗してはならない。そう思った彼女達は、学生達の相手に専念することにした。元より、彼女達を放っておくことなど出来ようはずもない。どのような戦略を立てようと、誰かが彼女達の相手をするのは必定だ。今回はそれが、雅以外の全員という話である。
「さて、先程いいようにやられた借りは返しませんと」
「ミカエルさン、本当に思いっきりやっテ、大丈夫なんですネ?」
「ええ、あのお面で彼女達もパワーアップしている。でもそのお蔭で、大抵の攻撃には耐えられるはずよ。私達が少し力を奮っても、殺してしまうことはないわ!」
希羅々が金色のレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を、志愛が先端に紫水晶を咥えた虎の付いた棍『跳烙印・躍櫛』を構え、ミカエルが無限の明日に瓜二つの形状をした白い杖、『限界無き夢』を構える。
「彼女達、最近は訓練にも熱が入っていました。それなりに戦闘能力はあるはずです。皆さん、油断しないように」
「だけどミヤビの助太刀のこともある。あんま時間は掛けられねーな。もしかして、結構厳しいか?」
愛理が刀型アーツ『朧月下』の切っ先を学生達に向けながら注意を促し、セリスティアは困った顔をしながら両手の小手を巨大化させ、爪型アーツ『アングリウス』を出現させる。
「厳しかろうが、やるしかないわ」
「何にせよ、みーちゃんのために道を作る必要があるわね。愛理、やれる?」
レーゼが空色の剣、『希望に描く虹』を腰から引き抜き、優がスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の構えながら尋ねる。
「任せておけ。――束音! 行くぞ!」
「はい! 愛理ちゃん!」
雅の返事と共に、刃の中心が開いた百花繚乱が、愛理の朧月下の柄をがっちりと咥え込む。
完成するは、全長三メートル近くもある巨大な刀剣。
雅と愛理が二人で刀剣の柄を握ると、刀身が白い光を放ち、そして――
「はぁぁぁぁあっ!」
「せぁぁぁぁあっ!」
勢いよく振られた合体アーツから斬撃が飛んでいき、学生達を蹴散らした。
校舎裏のグラウンドまで、邪魔者はもういない。
雅は合体アーツを分解すると、皆の「今だ、行ってこい!」という声を背中に受け、走り出すのだった。
***
雅達が学校に足を踏み入れた、丁度その頃。
新潟県警察本部にいる、優香はというと。
「うん、うん。分かった。でもあなた、本当に大丈夫なの? そっち、人手が足りないんじゃない?」
『少し大変だが、少人数でも何とかなりそうだ。それよりも警察署にお面に操られた人がやって来た際、手薄になっているとマズい。それよりも――』
「分かってる。ラティアちゃんのメンタルケアよね。専門外だけど、何とかやってみる。私も心配だし……」
小面に操られているのは、学生だけではない。街の方でも結構な数の女性が暴れており、優一は雅を送った後、そちらの対処に向かっていた。
優香は優一から途中経過の話を聞きながら、応接室へと移動してる。今の話にもあった通り、新津丘陵から戻って来ていたラティアが、そこにいるのだ。
ここに来てからも、ラティアは斬り落とされた四葉の腕をずっと握って離さず、見る人全てを心配させるくらいに憔悴していた。少しくらい気を紛らわそうと、優香の手にはお菓子が握られている。
優一との通話を切り、優香は応接室の扉をノックする。
「ラティアちゃん、お菓子でも食べ――って、あら?」
だが……扉を開くと、もぬけの殻。
「えっ? ……えっ?」
唖然とした、優香の声が空しく部屋に響く。
テーブルには、ラティアが決して離さなかったはずの四葉の腕が置かれており……着いていたはずの『マグナ・エンプレス』の小手は、外されていた。
嫌な予感がして、署内の監視カメラの映像を確認しに行くと――
「な、なんで誰も側にいないのよ……!」
ラティアがこっそり、警察署を抜け出す様子が映っていた。
その手に、マグナ・エンプレスの小手を握って。
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