第317話『気奪』
淡の日記を読み終わった直後、着信が入る優一のULフォン。
「優香からだな。 ――もしもし? ……ふむ、成程。出来なくはないが、近くに雅君が……何? 彼女にも聞いてもらいたい? そうか、ちょっと待っていてくれ」
自分の名前が出て、何かあったのだろうかと首を傾げる雅。
優一はULフォンを操作すると、淡の部屋の中に、二人の女性の立体映像が現れた。
一人は優一の妻で科捜研所属の優香。もう一人は、白衣のようなローブを纏った金髪の女性、ミカエル・アストラムだ。
『おぉっ、随分荒れた部屋にいるのね……。雅ちゃん、浅見ちゃんの話は聞いたわ。大丈夫そう?』
「平気ってわけじゃないけど、今は少し、落ち着きました。ところで、ミカエルさんも一緒だったんですね」
『…………』
「ミ、ミカエルさん?」
『……えっ? あ、ごめんなさい! こういうの初めてで、ちょっとビックリしちゃって……』
声を掛けても返事が無いと思ったら、思考がフリーズしていたらしい。そう言えば異世界組の面々でULフォンを持っているのはレーゼだけだったなと思う雅。立体映像での通信は、いきなり周りの風景が変わるため、不慣れだとビックリしてしまうのだ。
『あぁミヤビちゃん! ヨツバちゃんのことは――』
『ミカエルちゃん、その話はもうしたわ。今はちょっと落ち着いてきたって』
『えっ? あぁごめんなさい!』
「……ふふ」
優香とミカエルのやりとりに、思わず笑みを零してしまった雅。心なしか、さっきまでよりも元気になれた気がした。
『それにしても、ここはどこかしら?』
「鬼灯淡……例の人工レイパーの変身者の家だ。アパートの一室だな。色々あって、今二人で調べていたところだ。それより、聞いてもらいたい話とはなんだ?」
『お面の……本当の能力が分かったの』
「本当の能力?」
本題に入った途端、険しい顔になる優香とミカエルに、雅と優一も只ならぬものを感じ取る。
優香とミカエルは、のっぺらぼうの人工レイパーが大量のお面を吸収して強力な力を手に入れたため、その対策を練ろうと、人工レイパーやお面のことについて詳しく調べていた。
そしたら、思いもかけない事実が判明したと言う。
「まずはこれを見て欲しい」と、優香は二人に四枚の画像を見せてきた。その写真とは、
「あ、こいつ! 私とレーゼさんが戦ったレイパー!」
写真にはそれぞれ、一体ずつ人型のレイパーが映し出されている。
一体は、雅がラティアと出会った日、紫竹山のバイパス付近で戦ったレイパーだ。般若のお面を被り、鉤爪で二人を苦しめたレイパーだった。
もう一体はティップラウラにて、葛城が変身するラージ級人工種ドラゴン科レイパーを倒した翌日に戦ったレイパーだ。頭部は鰐とカバの中間のような形状をしており、そちらはお面を被っていない。口から人間の歯のような形状をしたものを飛ばして攻撃してきたやつだった。
どちらも、全身ガリガリで不気味だと思った記憶が、雅の中で蘇る。
一方、残りの二枚の写真に写るレイパーは、一体は猿のようなレイパー。もう一体は、こちらは姥のお面を被った、大きな頭部をもったレイパーだ。この二体は先の二体と比べると、全身にしっかり肉の付いた体型である。木の枝のようなガリガリのボディを見た後だからか、余計にがっしりとして見えた。
こちらの二体には見覚えがない……そう思っていたのだが。
「……あれ?」
雅は、すぐに気が付く。
紫竹山のバイパス付近で戦ったレイパーと、猿のような姿をしたレイパー。
ティップラウラで戦った、鰐とカバの中間の頭部をしたレイパーと、姥のお面を被ったレイパー。
これら二組のレイパーが、同じレイパーであることに。
だが、そうなると、だ。
「え? なんでこいつら、こっちの画像だとこんなにがっしりとした体なんですか?」
『ミヤビちゃん、見方が逆よ』
「逆?」
『こっちの画像は、ミヤビちゃんとレーゼちゃんが戦った時よりも前に撮られたものなの。だから、最初はがっしりとした体型だったのが、段々と痩せてきたのね』
『具体的に言えば、お面を着けてから痩せてきたの。これを見て』
優香がそういった直後、数枚の画像が出現する。それらを、画像が撮られた時系列で並べられると、レイパーの体が段々と痩せこけてきているのがよく分かる。
ここで優一も、「あっ」と声を上げる。
彼も理解したのだ。以前自分が抱いた違和感の正体に。
翁のお面を被った人型種狐科レイパー……最近そいつが再び現れ、防犯カメラの映像でその姿を見た時、「こいつはもっと大柄だったはずだが」と思ったのだ。
「え? これってどういうことですか? 何でお面を着けると、こんな姿に……」
『私達、ずっと勘違いしていたのよ。てっきりこのお面は、レイパーにとっての道具……パワーアップアイテムだと思っていた。でも違う。このお面は、ちゃんとこれ単体で活動する目的があったのよ』
「目的?」
『このお面は、憑りついたレイパーに力を与える代わりに……生体エネルギーを吸い取るの』
優香の言葉に、雅と優一が驚きの声を上げる。
言われてみればこの二体のレイパーのガリガリの体は、エネルギーを吸い取られたように干からびているように見えた。
『それにエネルギーを奪うのは、人間に対してもよ』
そして優香は、一つの映像を見せる。そこに映っていたのは、
「あ、こいつ……さがみんを襲った、ピエロのレイパー!」
かつて火男のお面を身に着け、新潟市中央区で殺人を繰り返していたピエロ種レイパーだ。
ピエロ種レイパーの足元には、女性が倒れている。女性の衣類が焼け焦げているところを見るに、火炎放射で殺されたばかりだというのは容易に想像がついた。
『色んなところの防犯カメラの映像を解析して、やっと決定的な瞬間を捉えたの。注目して欲しいのは、このすぐ後』
優香がそう言った直後のこと。
ピエロ種レイパーの顔からお面が剥がれ、殺された女性の顔に張り付き、火男のお面が光を放つ。
そして光が収まり、お面が女性の顔から離れると、
「あっ、この顔……!」
女性の顔は、まるで生まれたての赤子のようになっていた。
『お面を着けたレイパーに殺された女性の殆どは、こんな風に幼い顔にさせられたり、ズタズタに斬り裂かれたり、老けさせられたり、無理矢理笑わされた顔にさせられたりしていたわよね。あれは全部、殺した女性から生体エネルギーを奪うためのものだったのよ』
『多分、このお面自体が活動するために必要なエネルギーになっているのだと思うわ。私達が食事をするのと、同じ理由よ』
だが、そこで不意に、優香とミカエルの顔が、さらに険しいものへと変わる。
『だけどこのお面……死んだ人間やレイパーじゃなくて、生きている人間に憑りついた場合、生命エネルギーとは違うものを吸い取ってしまうの』
「生命エネルギーとは違うもの……? 何ですか、それは?」
『感情よ』
雅の質問に対し、優香の口から出た答えは、あまりにもシンプルなもの。
『あいつらは、生きている人間から喜怒哀楽の感情を奪ってしまうの。想像でしか無いけど、生体エネルギーを吸い取るのと同じ理由だと思うわ。多分生きている人間からは生体エネルギーが吸い取れなくて、代わりになるものを奪っているんだと思う』
「言っていることは分かるが……しかしそんなこと、どうやって知ったんだ?」
『葛城が白状したの。般若と姥のお面に憑りつかれてから、怒りと悲しみの感情がなくなったって』
「か、感情がなくなった?」
『怒りを覚えるはずの場面で、何も感じなくなったと言っていたわ』
「……そうか。それで彼は、あの時――」
納得がいったと、優一は拳を握りしめる。
警察病院に入院させられた葛城裕司は、四葉と杏の面会を希望した。葛城は、やって来た四葉をチラっと見て、こう言っていたのだ。「あぁ、やっぱりな、と思っただけです」と。
葛城は、四葉や杏を嫌っていた。ポッと出てきた人間が、自分よりも上の立場になってあれこれ指図してきたからだ。
だから葛城には、あったはずだった。四葉や杏に対し、並々ならぬ感情が。
あの時、葛城はそれが自分の中にまだ残っているか、確かめたかったのだ。
だがそれを感じなくなっていて、彼はお面の真の力を、その時理解したのである。
それを今まで黙っていた理由は……今やっと白状した理由は、葛城のみぞ知る。
「待ってください? じゃあ、淡ちゃんは? 彼女は感情を求めて、お面を手に入れたんですよ? でも、感情が吸い取られているような感じは……」
『多分、あののっぺらぼうの人工レイパーの力ね。きっとそれが、あの人工レイパーの力なのよ。お面に感情を奪われることを防ぎ、逆にお面が吸い取った感情のエネルギーを自分のものにする。……だけど、そう上手くはいかないはずよ』
「えっ?」
『鬼灯ちゃんや久世、そして私達が思っている以上に、あのお面の力は強大だってこと。あの四枚のお面は、お面自体の意思を無視して人工レイパーに無理矢理着けられているような状態。その状態を、お面が良しとするとは思えない……。今は何ともなくても、その内にきっと、鬼灯ちゃんに悪影響が出てくるわ』
「…………」
雅は何も言えず、しかし日記を握る手には力が籠る。
その時だ。優一が「むっ?」と声を上げる。
ULフォンに、今度は伊織や他の警察関係者からメッセージが届いたのだ。
それを見た優一が、目を見開く。
「皆、大変だ。大量のお面が現れ、学校の生徒や教師、さらには街の人々に憑りついて暴れているらしい。学校には、鬼灯君もいるそうだ。優達は無事だが、鬼灯君や操られた人達に苦戦し、一時撤退した」
「……優一さん、皆のところまで、私を送ってくれませんか?」
『雅ちゃんっ? もしかして、あなた――』
「ええ、止めます。淡ちゃんのこと」
「雅君、しかし……」
「大丈夫!」
日記を机の上に置き、力強く、雅はそう言い切った。
「四葉ちゃんに頼まれました。『淡を救ってあげて』って。なんでそんなことを頼むのか分からなくて、最初は迷ったけど、でも淡ちゃんのことを知って、四葉ちゃんがどうして私にあんなことを頼んだのか、その意味が分かったんです。だから行かなきゃ!」
『……ユウカさん。私も行ってきます。レーゼさん達にも、今連絡を入れました。ミヤビちゃん、私も微力ながら、全力で手を貸すわ!』
「ミカエルさん……ありがとうございます! 優一さん、行きましょう!」
「……分かった! すぐに向かおう!」
そして通話を切ると、二人は学校の方へと向かうのであった。
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