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第33話『再襲』

 ナランタリア大陸の南に広がる国、サウスタリア。ナランタリア大陸で一番大きな国であり、なんとアランベルグ――レーゼやセリスティアが住んでいるところだ――の二倍程の大きさがある。実はファムやノルンの実家もサウスタリアの東にあるという話を、雅は本人達から聞いていた。


 最も、今雅が向かっているのはサウスタリアの最西端にある港街『シェスタリア』だ。そこから海を渡ってさらに西に行ったところにある『ドラゴナ島』に用があるので、残念だがファムやノルンの実家を見る事は無いだろう。


 四日前に、イーストナリアにあるガルティカ遺跡の地下から出現した巨大な『天空島』。そこにいるであろう魔王種レイパーを追っている雅。その天空島がドラゴナ島へ着陸したという話を聞いて、そこに向かっている最中であった。


 そしてウェストナリア学院を出発してから、約一時間後。午前九時を少し過ぎた頃。シェスタリアに到着した馬車から、アホ毛の生えた桃色のボブカットの少女が旅行鞄を持って降りてくる。


 ムスカリ型のヘアピンと、こちらの世界に似合わぬ黒いブレザーとスカートを身に付けた彼女が、束音雅だ。


 雅は何気なく空を見上げる。どんよりと曇っており、今にも雨が降りそうだった。


 アンニュイな感じで溜息を吐くと、雅は鞄からメモを取り出す。そこには、宿泊予定の宿屋の住所と、そこに至るまでの簡易的な地図が描かれている。ちなみにその地図にはバスターの詰所の位置も記されていた。ここのバスターの人達と共に、ドラゴナ島へと向かう手筈となっているのだ。


 まずは宿屋に荷物を預けて、それから詰所へと向かおう。


 そう思った雅は、地図を見ながら歩き出した。



 ***



「ご機嫌斜めですねぇ……なんか嫌な天気です」


 時刻は丁度昼十二時を過ぎた頃。


 バスターの詰所を出た雅は、空を見上げながら独りごちる。


 別に曇りや雨の日が嫌い、という訳では無いのだが、今日は何となくそう思ってしまった。


「思わぬ時間が出来てしまいました……うーん……何しましょうか?」


 シェスタリアのバスターの元を訪ねたところ、ドラゴナ島への出発は明日ということだ。今はまだ準備が整っていないらしい。何か出来る事はないか、と聞いたのだが、移動で疲れているでしょうから体を休めてくださいと断られてしまった。


 歓迎されていないというわけでは無いが、ちょっと気を遣われている感じがして、申し訳無いと思ってしまう雅。相手の雰囲気から、ここであまり強引に押しきっても逆効果な気がしたので一旦引くことにしたのだが……今から宿屋に戻ってもやる事は無い。


 遠くで、馬車が到着した事を知らせる汽笛が鳴る音が聞こえた。もうそんな時間かと思う雅。


 少し悩んだが、折角なので街を散策することにした。


 シェスタリアは海が近くにあるだけあって、漁業が盛んな街だ。七十年程前に大きな津波による災害があったため、民家等は高台に建てられているのが特徴である。今雅が訪れたバスター署も例に漏れず、地上約七メートルのところに建てられていた。


 露店は海産関係のお店で溢れており、観光客も割と多めなため宿泊施設もちらほらと見える。雰囲気的には、新潟の寺泊に近いなぁと感じる雅。


 ここから少し離れたところにある広場からは海が一望出来るようなので、雅はちょっと見に行くことにした。異世界と日本の海の違いに、ちょっと心を躍らせる。シェスタリアに来る時は見えなかったのだ。


 だが――


「……な、何かあんまり変わりませんねぇ……」


 思ったより日本海との違いが感じられなかった雅。展望台の端にある柵に寄り掛かりながら、苦笑いでそう感想を漏らす。


 曇り空だからなのか、海の色も鉛色だ。天気が良ければもっと違って見えたのかもしれないが、荒々しく波打つ感じが、雅の良く知る日本海にそっくりだった。


 どこが違うのかワクワクしていただけに残念な気持ちが湧く一方、同時に少し安心もする。


 何となくだが、故郷に帰ってきたような気持ちになったから。


 そんな中で、遠くにぽつんと島があるのが見える。あれがドラゴナ島だ。


「…………」


 遠目で見ても、緑が多い。自然豊かなのが良く分かる。


 そんな中に、あの恐ろしい強さを持ったレイパーがいるのだ。


 雅は思わず握りこぶしを作るが、その握った部分が、僅かに白む。


 覚悟を決めるのに、少し時間がかかるのだった。



 ***



 そして次の日の朝六時。


 少し早めに集合場所へ行こうと宿を出た雅。ドラゴナ島への出発は七時だが、今から向かえば四十分以上早く着いてしまうだろう。雅は少し気が競っていた。


 だが、集合場所へと足早に向かっている途中。


 それまでは露店がほとんど隙間無く並んでいた道も、建物の数が段々と減ってきた辺りだ。


「……ん?」


 ポツポツと、雨が降り始めた。


 そこで、雅は傘を忘れていることに気がつく。


 宿を出た時から空模様が怪しかったのに、雅は雨が降るという考えに至らなかったのだ。


 まだ小雨だが、この調子では本降りになるのも時間の問題に思われた。


 こんな朝早くから、傘を売ってくれるお店は無いだろう。


「あー……何やっているんでしょう、私……」


 ついつい溜息を吐いてしまうが、両手で自らの頬をバチンと叩き、気合を入れた。


 敵は強大。気が沈んだ状態で何とかなるような相手では無い。


 集合場所は昨日実際に行って場所を確認している。そこには雨を凌げそうなところがあった。幸い、ここからは後数分のところの場所だ。


 雨で体を濡らし風邪を引く前にさっさと向かってしまおうと、走り出そうとして――



「――っ?」


 じんわりと嫌な気配に身を包まれた感触を覚える雅。



 雅の右手の薬指に嵌った指輪が光を放つ。すると、彼女の手に、メカメカしい見た目をした剣銃両用アーツ『百花繚乱』が握られた。


 気配を感じたのは、雅の右後方から。そちらの方に目を向ければ、少し広めの路地が。


 緊張した面持ちで、雅はそちらへと歩き出す。


 路地に入り込むと、袋小路となっていた。


 両隣はお店で挟まれており、薄暗い。窓が見えるが、中は灯りが点いていないからか暗かった。奥にはゴミ袋が纏められている。


 だが、気配を感じたにも関わらず、そこには誰もいなかった。


 おかしいな……そう思いながら雅は路地の奥へと歩いていく。窓を通り過ぎ、ゴミ袋の近くまで行って見るも、やはり何も無い。


 刹那、雅の脳裏に突然白黒の映像が浮かぶ。雅の『共感(シンパシー)』により、ノルンのスキル『未来視』が発動したのだ。


 浮かんだ映像に、雅が息を呑んだ瞬間――


 後方の窓が割れると同時に、そこからあの黒いフードの『何か』が、両手で鎌を持って飛び出してきた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] またしても、黒いフードの鎌を持ったレイパーが!! たしか、前回も急に雅ちゃんに襲い掛かってきた記憶が!!いったい何なんでしょう(;´・ω・)気になります!
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