第315話『撤退』
「はぁぁぁっ!」
限界まで切羽詰まったような希羅々の声と共に、空から地上へと降って来る巨大なレイピア。彼女のスキル『グラシューク・エクラ』によるものだった。
人工種のっぺらぼう科レイパーが放ってきた火炎放射。巨大なレイピアは、それから希羅々達を守るように地面に突き刺さり、炎を防ぐ。
だが、
「くっ……!」
敵が炎を吐く時間が、あまりにも長い。本来なら地面に激突すれば一瞬で消えてしまう巨大レイピアを、気力と根性で何とか維持している希羅々だが、それも時間の問題であり、希羅々の顔は苦悶に歪んでいる。
そして、
「う、ぐ――きゃぁっ!」
遂に巨大レイピアの形を維持できなくなり、炎がレイピアを突き破って迫って来た。
「希羅々っ!」
それまで相手をしていた学生達を振り払い、一目散に希羅々の方へとやって来る真衣華。
自身のスキル『鏡映し』で二挺に増やした片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を持って希羅々の前まで来た真衣華は、アーツをクロスさせ、炎を受け止める。
「あつっ、ぅっ……!」
「真衣華! 無理をするんじゃありませんっ!」
『グラシューク・エクラ』により、幾何かは威力が殺された火炎放射だが、それでも人を焼き殺す力は充分にある。真衣華は防御用アーツ『命の護り手』を使っているが、それにしたってあまりにも危険な防ぎ方だ。
それでも真衣華は、決して炎を後ろへは向かわせまいと、その細腕と足にあらん限りの力を込め、火炎放射に立ちはだかっていた。
しかし、それも長くは持たないだろうというのは、後ろで見ていた希羅々には明らかだ。真衣華の体勢は、徐々に仰け反ってきていた。
だが、
「こっちダ!」
人工レイパーの横から、志愛が跳び掛かり、棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』を頭部の横に叩きつける。
炎の発射口がずれたことで、必然、真衣華に向かっていた炎も明後日の方向へと逸れていく。
「ハッ! ツァッ! セァァァッ!」
素早く敵のボディに、三連撃を叩きつける志愛だが、人工レイパーに効いた様子は無い。
人工レイパーは甲高く吠えると、鉤爪で志愛に反撃の一撃を繰り出す。
ギリギリのところで、バックステップによる回避が間に合った志愛。しかし、
「――ッ?」
跳烙印・躍櫛の先端が斬り落とされているのを見て、青褪める。
攻撃を躱す際、一瞬だけ鉤爪が棍に当たった感触があった。その時に斬られたのだ。
人体すら容易に切断する鉤爪……まともに喰らえばひとたまりも無い。四葉が殺されたのも納得で、寧ろラティアや雅が生きていることが不思議なくらいだと、志愛は本能的にそう思ってしまった。
だが、そんなことに気を取られている場合では無かった志愛。
人工レイパーが錫杖を地面に叩きつけると、志愛達の足元に大量の魔法陣が出現する。
(ヤバい! これは、みーちゃん達が――)
魔法陣から出現する、緑色の蔦の形状をしたエネルギーウィップ。
雅から話を聞いていた優は、知っている。このエネルギーウィップは、人の体を抉らせる程に大きなダメージを与えるものだということを。
対処法も雅から教えてもらっていた優は、怯えた顔で歯を喰いしばりながら、スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の引き金を引く。
放たれた白い弾丸型のエネルギー弾。それは、エネルギーウィップが優達に絡みつく前に、間一髪のところで錫杖に命中した。
消えていくエネルギーウィップと魔法陣。
だが、人工レイパーの攻撃はまだ終わらない。再び錫杖を地面に叩きつけると、今度は巨大な蔦が地面から出現し、優達へと振り下ろされる。
「散れぇっ!」
愛理が指示を出しながら、群がる学生達を振り切り蔦へと走ると、刀型アーツ『朧月下』で敵の攻撃を受けた。
「くっ……!」
腕が圧し折れるかと思う程の衝撃に、苦悶の声を上げる愛理。
それでも優達がその場を離れるまでの時間を耐え抜き、避難しきった刹那、刀を傾けて蔦の攻撃を受け流す。
次の攻撃に移ろうと、のっぺらぼうの人工レイパーが錫杖を振り上げた。
だが、その瞬間。
「グ、ァァ……!」
錫杖を落としたと思ったら、頭を抱え、急に苦しみだす人工レイパー。
それを見た愛理が、今が好機と口を開く。
「退くぞ! 一旦体勢を立て直そう!」
「いや、だけど――」
「このままじゃジリ貧っす! 愛理ちゃんの言う通り、逃げるっすよ!」
四枚のお面の力を手に入れた人工レイパーと、周りに群がる大量の学生や先生達。これらを同時に相手にするのは、この人数ではあまりにも無謀だ。
一瞬渋る優だが、真衣華や志愛、そして希羅々でさえ愛理に従おうとするのを見て、優も「分かった!」と叫ぶ。
「こっちっすよ!」
伊織の、空気を震わせるような大声と共に、大量の小型ミサイルが放たれた。
不規則に飛んでいくミサイルは地面に落ち、爆発。
その衝撃で吹っ飛ばされる学生達に、頭を抱えながらも、爆風をものともしない人工レイパー。
爆煙で視界を塞いでいる間に、優達は死に物狂いでそこから逃げ出すのだった。
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