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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第36章 新潟県立大和撫子専門学校付属高校
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第313話『心吐』

 パトカーの中に連れ込まれ、タオルと、ペットボトルの水を渡された雅。


 濡れた髪を拭き、一口水を飲み込むと、少し頭が冷えてきた。


「どうだ? 少し落ち着いたか?」

「……すみません、ありがとうございます」


 車内に入って来た優一にお礼を言う雅だが、その声はまだ弱々しい。


「……今回の一件、君達には一切の非は無い。あまり、思いつめないように」


 そう声を掛けながらも、この言葉が今の雅にどれだけ助けになるか、優一には自信が無かった。


 今の雅は、それ程までに憔悴し、ともすれば消え入りそうな気配さえしていたのだから。


 妙なことを考えなければ良いが……と、優一が不安を抱き、どう声を掛けるべきか頭を悩ませていると、


「のっぺらぼうの人工レイパーに変身する人……鬼灯淡って子を助けて欲しい。そう四葉ちゃんに頼まれました。だけど――」


 雅の手に握られているペットボトルが、軋む。


 そして口を開きかけるが……そこから先は、上手く言葉が出てこない。


 今の己の気持ちを、吐露しても良いのだろうかと、雅は激しく悩んでいた。


 いや、悩む、というのは少し違う。雅は、分からなかったというのが正しいだろう。自分の中の『この感情』を、どう処理して良いのか、ということを。


 怒鳴れば良いのか、泣けば良いのか、それとももっと適切な感情表現があるのか。


 だが、どうするにしても、それが酷く醜いものに思えて、雅は今一つ、素直にぶちまけることが出来ない。こんなことは初めてだった。


 すると、


「雅君。君は、吐き出すべきだ」


 優一が優しく、そう声を掛ける。


「君は少々、女性に甘いところがある。女の子から嫌なことをされれば、やんわりと注意をしたりすることはあれど、キツく叱ったりはしない子だ。最終的には、なんやかんやすぐに許してしまう。だが……そんな君が、今は珍しく怒っているように思えるのは、きっと私の気のせいではないだろう」

「…………敵いませんね、優一さんには」


 雅は力無く呟くと、小さく体を震わせる。


「四葉ちゃんの頼みは、聞いてあげたい。だけど、だけど……私はやっぱり……」


 一度そこで言葉を切り、雅は俯き、奥歯を噛み締める。


 そして、


「やっぱり……四葉ちゃんを殺した彼女を、許せない……」


 あまりにもか細い声で紡がれた言葉。


 しかしそれは、確かに雅の口から、はっきりと漏れたものだった。


「……ごめんなさい、こんなことを言うの、駄目だって分かってるんです。だけど……だけど……!」

「……話してくれて、ありがとう。大丈夫。今は、私しか聞いていない」

「自分でも、どうしたいのか分からないんです……っ」


 自分の気持ちに従えば、四葉の頼みを無碍にすることになる。それは耐えられない。


 四葉の頼みを聞けば、自分の気持ちを無視することになる。それもまた、耐えられない。


 二律背反な気持ちに、雅は激しく苦しんでいた。


 すると、


「……友達を殺されて怒ることが駄目だ、などということは無いよ。それは当然の感情だ。それを表に出すことも、決して間違いじゃぁない」


 優一がそう言いながら、雅の肩をポンポンと叩く。


「大事なのは、その怒りをコントロールすることだと、私は思う。怒るな、と言っているわけじゃない。怒り過ぎるな、ということだ。怒りが行き過ぎて、君が浅見君の復讐に走るのなら、私は止める」


 そして優一は、「これは警察官ではなく、一人の人間としての発言と捉えて欲しいが」と前置きすると、再び口を開く。


「一度、君が鬼灯淡に怒りをぶつけるくらいは許されても良いと思っているね。それに、だ」

「……優一さん?」

「少し嫌な、そして卑怯なことを言うが……君は浅見君の頼みを聞かないなんていう選択肢を、選べるのかい? それを選んで、後で後悔しないと、本当に言い切れるのかい?」

「……それは…………」

「君は辛さのせいで、『自分が選べる選択肢』と『選べない選択肢』を天秤に掛けてしまっているのではないかな? 雅君の中では既に答えが出ている……ただそれに気づいていないのではないだろうか?」


 その言葉に、雅は唇を噛む。


 そのまま俯くばかりの雅は、優一の言葉に、何も答えることが出来なかった。


 どれ程の時間が経っただろうか。


 降り続いていた雨が、ようやく止んだ頃。


「……四葉ちゃんは、ラティアちゃんに言っていました。『私みたいに、復讐に捕らわれるな』って。それに……」

「…………」

「それに、こうも言っていた。『あの子は、私を殺すつもりなんてなかったはずだ』って。その言葉は……」


 雅の脳裏に浮かぶ、あの時の光景。


 その時の淡……人工レイパーの反応。それが意味するものとは――


「あの言葉は多分、本当のことなのかもしれない。……私、彼女の家に行ってみます。優一さん、連れて行ってもらえますか?」

「今からか? だが……」

「お願いします。私がまた揺らいじゃう前に、とにかく行動したいんです」

「……分かった」


 体力的にも精神的にも疲労困憊であろう雅を慮り、一瞬だけ渋りかけ、しかし雅の言葉に優一は了承するのだった。




 ***




 一方、その頃。新潟市中央区の白山。


 国道一一六号線を新潟駅の方へと走る、白バイの姿がった。


 乗っているのは、おかっぱの女性。冴場(さえば)伊織(いおり)である。


 目つきの悪さから人に怖がられることも多い彼女だが、今日の顔は一段と険しい。


 それもそのはず。浅見四葉が殺された、というは話を聞かされたのだから。


 雅達程では無いが、伊織だって多少なりとも四葉と交流はした。主に、ウラへの遠征で。


 そんな彼女が殺されたとなれば、心中穏やかでいられるはずもない。


 そんな心境で道を走っていると、


「……ありゃ? 何やってんすかね、あの子達?」


 平日の昼過ぎにも拘わらず、道端に(たむろ)する女子学生達の姿を見つける伊織。


 しかも、全員伊織の知っている顔だった。


 サイドテールの娘は、相模原(ゆう)


 身長の高い、三つ編みの子は篠田(しのだ)愛理(あいり)


 ツーサイドアップの髪型をした、ツリ目の少女は(クォン)志愛(シア)


 ゆるふわ茶髪ロングの、いかにもお嬢様らしい雰囲気を醸しているのは、桔梗院(ききょういん)希羅々(きらら)


 なよっとした体格の、エアリーボブの女の子は(たちばな)真衣華(まいか)である。


 そんな五人だが、どこか様子がおかしい。彼女達の間に流れる空気が重苦しいような気が、伊織にはした。


「あんたら、こんなところで何してるんすか」


 そんな彼女達に、どこか嫌な予感がした伊織は、白バイを路肩に止め、声をかける。


「アッ、冴場さン……。いエ、そノ……実ハですネ……」

「私達、束音からSOSを受けて、新津に向かおうとしていたんです。浅見とラティアが、あののっぺらぼうの人工レイパーに襲われているって聞いて……」

「……あー」


 志愛と愛理から話を聞いて、嫌な予感が当たってしまったと伊織は苦虫を噛み潰したような顔になる。


 五人はその連絡を受けて、個別にこっそり学校を抜け出したらしい。五人とも同じことを考えたのは、それだけ事が重大だったということだ。


 因みに、人工種のっぺらぼう科レイパーの正体が鬼灯淡だったことは、その時に知らされた。


「そうしましたら、最悪の事態が起きたと束音さんから連絡がありましたの。浅見さんが殺された、という連絡が……」


 それで新津に行く足を止め、一旦ここに集合したと希羅々は続ける。


「私はあまり好きになれない奴だったけど、殺されたって聞かされたら、やっぱりショックがでかいって言うか……。それに、みーちゃんのことも心配なんです。連絡しても出ないし……。多分、キツい状態なんだと思う」

「……警部――優ちゃんのお父さんが側にいるっす。だから多分、大丈夫っすよ。あんま考え過ぎねーようにするっす。あー……真衣華ちゃん?」

「…………」

「……真衣華。しっかりなさい」


 この中で一番沈んでいる顔の真衣華に声を掛けるが、返事はない。希羅々も檄を飛ばすが、その声に力はなかった。


 無理も無いだろう。真衣華はウラへの遠征の際、四葉と比較的一緒にいた者の一人だ。この中では、一番親交が深かった。四葉が死んだと聞かされ、この中で一番衝撃を受けているのは真衣華だろう。


 すると――ポロポロと、大粒の涙が真衣華の目から零れだした。


「ま、真衣華……」

「……ご、ごめん。こんなつもりじゃ……私、我慢して、た、のに……」

「……泣きたい時くらい、泣きなさい。ほら――」

「……希羅々……っ」


 希羅々に抱きしめられ、真衣華は彼女の胸に顔を埋める。


 どこか堪えるような嗚咽の声は、真衣華のせめてもの抵抗だったのかもしれない。




 ***




 そして、数分後。


「……ぐすっ、ごめん。ありがと。もう大丈夫」

「……全く、世話が焼けますわね」

「……これから、どうしよう? 私はみーちゃんのところに行きたいんだけど……」

「束音が心配なのは私も同じさ。一緒に行くよ」

「いやいや、学校に戻るっす」

「えー……」

「ぶーたれるんじゃねーっす。一応うち、警察官っすよ。学校抜け出した子を放っておいたら、後で叱られるっす。いや、雅ちゃんのところに行きてー心境は嫌でも分かるっすけど、一旦堪えるっす」

「し、しかしですね……」


 断腸の思いでそう告げる伊織に、優や愛理は控えめに抗議し始める。


 と、その時だ。


「ん? なんすか、あれ?」


 学校の方に目を向けた伊織が、眉を寄せる。


 屋上から、無数の黒い小さな粒が、学校の敷地内、そして街の方まで飛んでいくのが見えたのだ。

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