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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第36章 新潟県立大和撫子専門学校付属高校
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第311話『序曲』

 これは、浅見(あさみ)四葉(よつば)が死ぬ数日前の、午後六時四十分。


 新潟市中央区にある、とあるアパート。築七十年近くにもなる古びた賃貸物件の一室から、女の子が一人出てくる。


 ドアからではなく、窓から。辺りを伺うように、こっそりと。


 それはまるで、盗みを終えてトンズラしようとする泥棒のソレだった。


 その人物は、ハーフアップアレンジのなされた黒髪の少女、浅見四葉その人である。


 四葉が今出てきたこの部屋の主は、四葉ではない。彼女の様子からも分かる通り、四葉は人の家に侵入していた。


 現代のドアロックは生体認証式が主流だが、古い建物などは、今でも鍵式だったりする。四葉は、この部屋の人が物陰に隠している鍵をこっそり拝借した。


 完全な住居侵入だ。だが四葉はそれを承知で、どうしてもこの家に忍び込まなければならない事情があった。


 アパートを出た四葉が向かうのは、学校……新潟県立大和撫子専門学校付属高校である。


 学校にはまだ、人が多くいる。この時期は大きな戦闘訓練が学校で実施されるため、それに備えるべく、生徒達は毎日遅くまで自主練に励んでいたのだ。


 四葉がここに来たのは、先程侵入していた、あの部屋に住む者の様子を見に来るためである。


 こっそりと敷地内に入り込んだ四葉は、体育館の方へと向かう。


 特殊な防音設備により、敷地の外に音が漏れないようになっている。故に外からは分からなかったが、体育館は四葉の予想以上の喧噪に包まれていた。


 思わず耳を塞ぎたくなる程だが、それだけ生徒達が自主練に熱を入れている、ということでもある。


 生徒達に見つかれば問題になるため、身を隠しつつ、頭痛を堪えるような顔で辺りを見渡すこと数分。


「……いた」


 四葉が見つめた先にいるのは――眉毛の上辺りまで前髪を伸ばした、ボブカットの少女。


 親友であるはずの、鬼灯(ほおずき)(あわい)だ。


 淡の両隣には、別の少女達。仲良く話をしている様子を見るに、友達だろう。


 周りの学生が筋トレや模擬戦に精を出す中、淡達は体育館の隅で観戦に徹している。


 手には模擬アーツが握られているが、積極的に振り回す感じは無い。


 時折、彼女達を見かねた他の生徒が注意をすると、淡達も軽く模擬アーツを振り出す程度。どうやら真面目に自主練に励むつもりは無いようだ。


 大方、『クラス皆で自主練しよう』等と提案され、乗り気では無いが参加せざるをえなかったといったところか。


 しかしそれでも、淡は独りぼっちでは無かった。これは、四葉が知っている彼女の姿とは、大きく異なるものだった。


 楽しそうに笑っている淡。


 四葉が何も知らなければ、孤立していた淡に、自分以外の別の友人が出来たことを、嬉しさ半分、寂しさ半分の気持ちで見つめることが出来ただろう。


 そう、本来は喜ばしいことのはずなのだ。


 だが、


「……淡」


 四葉の顔は、ひどく苦しそうだ。


 四葉の目には、淡の表情が、人のする顔では無いように見えていた。


 そう、それはまるで……お面を被っているかのような不気味さがある。


 彼女は本心から笑えているのだろうか。


 大きな疑問が、四葉の頭を埋め尽くしていた。




 ***




 そして後日。雅達が淡と邂逅した、その日。


 雅とラティアが四葉や淡と別れ、学校を出て少し経った後。


「…………」


 全身銀色のプロテクター……装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』を纏った四葉は、呆然自失とした顔で、上空から学校を見下ろしていた。


 その眼に映るのは、学校の裏手からこっそり抜け出す淡と、二人の学生。


 この二人の学生は、直前に、校舎裏で淡をいじめていた子達だ。四葉や雅に見つかって、慌てて逃げ出していたはずの生徒である。


 そんな彼女達が、また淡と一緒にいた。


 しかし、様子がおかしい。


 学校から抜け出した淡達は、雅とラティアの後を、コソコソと追いかけていた。淡を先頭に、そのいじめっ子達が着いていく。


 いじめっ子達はどこか、おっかなビックリと言った動き。対する淡は、雅達の尾行に積極的な感じだ。


 四葉には、まるで淡がいじめっ子達を、無理矢理付き合わせているように見えていた。


 直前まで、自分をいじめていた相手を従え、学校を抜け出す……こんなことが、あり得るのだろうか?


 このおかしさ、不自然さ、歪さ……四葉の持つボキャブラリーでは表しきれない程の気持ちの悪さに、気付けば四葉の動機は激しくなっていた。


「あ、淡……私は……」


 掌から血が滲み出る程に拳を握りしめる四葉。


 自分が淡と過ごしてきた日々や、雅達から聞いた、人工種のっぺらぼう科レイパーの正体……そして、今の淡に抱く違和感。


 頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、四葉は地上に降り立ち、アーツの装備を解除して、息を潜めて淡達の後を追う。


(嫌よ、淡……こんなこと、私は信じたくない……)


 そんな願いとは裏腹に、淡達の不自然な行動は続いていく。


 そして、淡がいじめっ子達に何かを伝え……青い顔をした、いじめっ子達二人が束音家の窓ガラスを割ったことで、四葉は静かに目を閉じた。


「淡……あなたは、やっぱり……」


 もう、認めるしかない。


 淡の正体が、のっぺらぼうの人工レイパーであることを。


 悲しくて、苦しくて、悔しくて、涙が出そうになる。


 だが、ここで崩れる訳にはいかない。


 雅がいじめっ子達を追って出ていった後、淡が、束音家のドアを叩く。


 四葉は見た。淡が、一瞬だけ邪悪な笑みを浮かべたことを。


 何をするつもりか……だが、何としてでも、止めなければならない。


 淡の親友として、他ならぬ自分自身が止めなければならないのだ。


 そう思った瞬間、四葉は動き出していた。


 ラティアの首に手を伸ばす淡。それを後ろから引き止める四葉。




 そして、その一時間半後。







 浅見四葉は、静かにこの世を去った。

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