第310話『四葉』
響き渡る、雅の悲鳴。
四葉から噴き上がる、夥しい量の血。
唖然としたラティアの眼。
微動だにしない、のっぺらぼうの人工レイパー。
この場にいる全員は、まるで時が止まったかのような錯覚を覚えていた。反射的に悲鳴を上げてしまった雅も含め、誰もがこの状況を理解出来ずにいたのだ。
斬り飛ばされ、弧を描いて飛んでいく四葉の左腕。それが、鈍い音を立てて地面に落ちる。
しかしそれでも、雅もラティアも、人工レイパーでさえも動かない。
膠着した空気が再び流れ出したのは――四葉が背中から地面に倒れた時。
一歩、二歩と後退る人工レイパー。
僅かだが体は震えている。
だから反応が遅れた。
雅が自身のアーツ『百花繚乱』で、攻撃してきたことに。
雅も無我夢中だった。自分の行動が最適だったのかなんて、気にもしていられない。
頭の中を埋め尽くしていたのは、とにかくまずは、この人工レイパーを四葉達から引きはがさなければ……そういう気持ちだけ。
「あぁぁぁっ!」
「ッ?」
雅の初撃が敵のボディに直撃し、のっぺらぼうの人工レイパーをよろめかせる。
素早く二撃目を放つ雅だが、それは流石に回避する人工レイパー。
それでも雅は、さらに斬撃を繰り出していく。
傍から見れば乱暴な一撃だ。戦闘慣れしている者なら、避けて反撃するのは容易だろう。
しかし、のっぺらぼうの人工レイパーは、雅の攻撃に対処しきれないでいた。
何とかギリギリのところで直撃は免れているものの、百花繚乱の刃が皮膚を掠り、小さな傷を付けていく。
堪らず鉤爪で反撃する人工レイパー。
だが、
「ッ!」
鉤爪に怯むことなく、雅はスキル『共感』でレーゼのスキル『衣服強化』、そして防御用アーツ『命の護り手』を発動し、一歩前に踏み込む。
頑丈になった雅の肩に鉤爪が食い込むが、怪我は無く、雅は顔を顰めるだけ。
痛みを気にすることなく、のっぺらぼうの腹部に強烈な突きを叩き込み、大きく仰け反らした。
そして、雅の必死な猛攻は止まらない。
攻撃を躱されれば愛理の『空切之舞』を使って瞬発力をアップさせ、一気に敵の背後に回り込んで、優の『死角強打』を乗せた斬撃を命中させる。
敵との距離が少し離れたところで、希羅々の『グラシューク・エクラ』を放つ。
空から降り注ぐ巨大な百花繚乱の攻撃。人工レイパーがそれを跳躍して回避すれば、セリスティアの『跳躍強化』で空高く跳びあがり、地面を蹴った時に足に掛かった強烈な衝撃を利用して志愛の『脚腕変換』を発動。
重い一撃を受け、地面に叩きつけられる人工レイパー。
そして着地した雅は、素早く百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにすると、のっぺらぼうの人工レイパーに銃口を向ける。
だがそこで、雅は人工レイパーから、目を逸らした。
信じられないものを見たような、愕然とした眼。
戦闘中に敵から目を離すなんて愚行を犯すつもりなんてない。
だが、たまたま目に飛び込んできた光景を、全くと言っていい程に無視出来なかったのだ。
それは、未だ血を流し、倒れたままの四葉の姿。
胸元のプロテクターは抉られ、胸元はパックリと傷が開いている、そんな姿。
(どうしてっ? スキルで治らないっ? なんでっ?)
四葉のスキル『超再生』は、負った怪我を治すはずのスキル。それが一向に、発動する気配が無い。
斬り落とされた左腕が完全に再生しないのはまだしも、傷口すら塞がらないなんて、雅は思いもしなかった。
倒れた四葉自身でさえ、スキルが発動しないことには驚いたような呻き声を上げる。
いつも無表情のラティアですら、この時ばかりは恐怖した表情を浮かべていることからも、事態が如何に切迫しているか理解できるだろう。
三人は知らなかった。『超再生』が治せる怪我に、実は限界があったことを。
胴体から切り離されたり、傷が重要な臓器まで達していたりすると、流石の『超再生』も治せないのである。
スキルを得て、まだ間もない四葉。怪我をしなければ発動しない、という効果の都合もあって、きちんとした性能の検証は出来ていなかったことが仇となった。
そして雅も、どこか楽観的だった。四葉には怪我を治すスキルがあるから、最悪の状態にはならないはず、と、無意識の内にそう思っていた。現実から目を逸らすため、逃げた思考をしてしまっていた。
故に気を取られる。雅の浅い考えを否定する真実を突き付けられたから。
必然、隙が出来る。
だが、
「――ッ」
のっぺらぼうの人工レイパー……鬼灯淡は、その隙を、雅やラティアを殺すためには使わない。
背中を向け、その場から逃げ出す人工レイパー。
しかし、雅はその後を追わない。
『しまった』とも『逃がしてたまるか』とも思わない。
人工レイパーと戦うことなんかよりも、もっと優先すべきことがあったから。
「四葉ちゃぁぁぁあんっ!」
ゾッとする程に絶望に染まり切った雅は、発狂しているかのような声を上げて、四葉の元へと駆け付けるのだった。
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