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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第35章 新潟市中央区~秋葉区
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第309話『決死』

「ミヤビっ! こっちでいいのっ?」

「はい! 急いでください、ファムちゃん!」


 午後十二時三十一分。


 新潟市秋葉区の上空に、雅とファムはいた。


 白い翼型のアーツ『シェル・リヴァーティス』を背中から生やしたファムが、雅を抱え、全速力で向かう先は――新津丘陵。


 雅が起動しているULフォンのウィンドウに映し出されているのは、地図上に瞬く点。四葉のGPS反応である。


 四葉がラティアを抱え、束音家を飛び出したところを、実は見ていた雅。二人を追いかける、のっぺらぼうの人工レイパー……鬼灯淡の姿も、勿論目撃していた。


 その瞬間に何があったのか悟った雅は、四葉達を追いながら、急いで皆に連絡。最初に駆け付けてくれたファムに抱えてもらい、彼女達の元へと向かっている。他のメンバーや警察も、新津丘陵へと急行中だ。


 四葉達がいるであろう丘陵を、瞼を薄らと開けて見ながら、雅はつい数分前の会話を思い出していた。




 ***




「初めは、本当にいじめていたんだ」


 束音家の窓ガラスを割るように指示した人物は鬼灯淡であると告げられた後。淡をいじめていた女子学生二人組の内の一人が、そう言った。


「根暗で、何やっても能面みたいに表情が変わらなくて……不気味だった。なんか怖くて、それで最初はちょっかいのつもりで、廊下で突き飛ばしたり、机に落書きしたり……とにかく色々やったんだ。あの女がちょっとでも『人間っぽい』反応してほしかった。自分の目の前にいるのが、きちんと『人間なんだ』って思いたかった。でも、あいつ全然反応変わらなくて……」

「だけど、何時頃からだったっけ? 突然、私達のやることに怒ったような顔してきてさ。やっと効果が出たって、内心喜んでいたんだけど……すぐに、それが間違いだって分かった。あいつ、別人みたいに性格が変わっていて……もっと不気味になった。感情表現は分かりやすくなったけど、それが顔面に貼り付いただけのお面みたいに見えるんだもん。無表情の方が、まだマシだったかもしんない」


 そして、次第に自分達と淡の立場が逆転し始めたと、いじめっ子達は言う。


 見かけは感情表現豊かになった淡は、あっという間に学校内で友達を増やしていった。


 二人以外のクラスメイトは、鬼灯淡の変化に、何の疑問も違和感も覚えなかったようだ。


 その後も二人は事あるごとに淡にちょっかいをかけていたらしいが、淡は別の意味で、それを気にしなくなってきたと言う。


「もう鬼灯に関わるのは止めようかって思ったんだけど、そしたら、あの女――」

「ある日、校舎裏に呼び出されてさ。脅された。『こうなりたくなかったら、私に従え』って」


 そう言ってULフォンを起動し、見せられた画像。


 それを見た雅は、唖然とする。


 映っていたのは、血だまりに転がされた数多くの死体。だが、どの死体も異常な様相をしていた。


 顔が無いのだ。文字通り、完全なのっぺらぼうだ。服装から恐らく男性。


(この人達、きっとバイヤーだ……)


 根拠は無いが、何となくそう思った雅。恐らく久世の命令で殺したのだろう。


 そして、雅はもう一つ気が付く。


 のっぺらぼうの人工レイパーの正体が、鬼灯淡だということに。


「そん時の鬼灯、マジでヤバい雰囲気でさ。こんな嘘みたいな写真見せられたけど、嘘じゃないんだ、本当なんだって思った」


 恐怖から、淡の言いなりになるしかなくなった二人。


 ただ、従えと言われたものの、今日まで特に何かしろと命令されたわけでは無かったそうだ。


「え? じゃあもしかして……」


 そこまで聞いて、雅は違和感に気づく。今朝見た、あの光景の不自然さに。


 それを裏付けるかのように、いじめっ子は頷いた。


「そうだよ。さっきのあれは、いじめの現場なんかじゃない。それっぽく見せかけるように、指示されたんだ」

「で、でもどうして? そんなことをする理由は……」

「理由なんか知らない。でもあの女、なんかあんたらに用があるみたいだった。『やっと見つけた』ってブツブツ言っていたし」


 自分の正体を見た(と思い込んでいた)ラティアのことを、ずっと探していた淡。今日、何気無く外を見て、ラティアを見つけたため、接触を試みたのだが……そこら辺の事情はは、この三人も知らない話だ。


「あんたらが帰る時、尾行して家を突き止めろって指示されたの。それと、あんたをその家から連れ出せとも言われた」

「……まさかっ?」


 慌てて、家の方を見る雅。


 敵の狙いはラティアだと、そう直感した直後――雅は上空を飛ぶ四葉とラティア、そしてそれを追うのっぺらぼうの人工レイパーを目撃し、今に至るのだった。




 ***




 一方、人工種のっぺらぼう科レイパーと格闘中の四葉。


 般若のお面を被り、両手から鉤爪を生やした人工レイパーの激しい攻撃に、四葉は苦戦を強いられていた。


 拳と鉤爪、蹴りと鉤爪……それらがぶつかる度に、甲高い衝撃音が鳴り響き、一撃一撃の重さに、四葉は顔を顰めている。真正面から受け止めようとすれば負けそうで、上手く力を受け流してやる必要もあり、高度な格闘技術を長時間強要されていれば、精神的にもかなりキツい。


 さらに、四葉の後ろにはラティア。しかしラティアも未だ、四葉の側を離れられない。それ程までに、敵の攻撃は苛烈を極めていた。


「はぁっ!」


 一瞬距離が離れる四葉と人工レイパー。四葉が声を張り上げ、左手を突き出し衝撃波を放つ。


 衝撃波は空気をうねらせ、勢いよく人工レイパーに迫っていくが、


「っ?」


 人工レイパーは衝撃波をその身に受けながらも、構うことなく四葉に接近してきた。


 体には傷も出来ている。効いていないわけでは無い。それでものっぺらぼうは、まるで止まる気配を見せなかった。


 そして腕を振り上げ、四葉に鉤爪を叩きつける。


 鉤爪の側面に腕を叩きつけ、攻撃を逸らす四葉。


 だが即座に、敵のもう片方の鉤爪が、横から迫る。


「ぐっ……」


 背後のラティアを突き飛ばし、直後バックステップでそれを回避しようと試みるも、完全には躱しきれない。鉤爪が僅かに、プロテクターに守られていない四葉の体に傷を付けてしまう。


 その痛みに顔を顰める四葉。『超再生』のスキルで回復はするが、痛いものは痛いのだ。


 そんなことはお構いなしに、追撃の一撃を放つべく、人工レイパーは地面を蹴る。


 四葉は回し蹴りで迎え撃つが、


「――っ!」


 体を屈め、のっぺらぼうの人工レイパーはそれを掻い潜ってしまう。


 敵の狙いは、四葉ではない。


 眼の無い顔が向けている先は――ラティア。


 彼女は膝を付いていた。先程四葉に突き飛ばされ、転んでしまったのだ。


 そして丁度、ラティアは四葉から少し離れていた。四葉も蹴りを空振りしたことで、体勢が整っていない。


 今がチャンスだと、人工レイパーは確信した。


 感情表現に乏しいラティアの顔が、僅かに強張る。その顔をズタズタに斬り裂いてやろうと、人工レイパーは勢いよく、振り上げた腕を降ろす。




 この時、人工レイパー……鬼灯淡に、予想外のことが起きた。




 それは、ラティアに放った渾身の一撃に対し、四葉が二人の間に割って入ったこと。


 背後にいたはずの四葉。体勢も整っていなかったはず。そんな彼女の、ラティアを守る行動が間に合うなんて、人工レイパーは全く思っていなかったのだ。




 そして――




 ***




 新津丘陵の北側へとやって来た雅。


 GPS情報は、四葉達の大まかな場所しか分からない。故にファムと手分けして探し回っていた。


(猛スピードで飛んでいった四葉ちゃんの反応が止まっています。あの人工レイパー相手に逃げるのは難しいだろうし、きっと戦っているはず……!)


 首の汗を手の甲で拭い、キョロキョロと辺りを見回す雅。


 戦っているなら、戦闘音が聞こえてくるだろう。首に伝う汗を手の甲で拭い、耳を澄ませてキョロキョロと辺りを見回す雅。


 焦るな、落ち着け……そう自分に言い聞かせながらも、頭が冷静になってくれない。雅は一種のパニックに陥っていると言ってもいい状態だった。


 四葉が強いことは、雅も承知している。だが、のっぺらぼうの人工レイパー……淡も強い。ラティアを守りながら戦って勝てるような相手ではない。


 おまけに、淡は四葉の友達だ。


 雅は己の思慮の浅さを呪っていた。今日の朝に感じた、四葉のおかしさ……あれは、まさに自分自身も体験していたことだったはずだ。そう、異世界にいた時、ライナを疑っていた、あの時の自分……それそのものだったのだから。


 四葉がどこまで本気で戦えるか……頭では分かっていても、体が言うことを聞いてくれないはずだ。まず間違いなく、苦戦しているのは明らかである。


 その状況を想像すれば、焦るなという方が無理な話だった。


 そして、探すこと数分後。


「――っ! こっちだ!」


 小さいが、誰かが争うような音が聞こえてきて、雅はそちらへと走り出す。


 木々の枝で頬に切り傷が付き、蜘蛛の巣を被ってしまっても、足は止めない。


 そして、ついに雅は辿り着いた。


「四葉ちゃん、ラティアちゃん――」


 だが、


 この時、


 雅の目に飛び込んできたのは、




 飛び散る鮮血。


 そして――吹っ飛ぶ腕。




「――えっ?」


 呆気に取られたような声を上げた雅。







 人工種のっぺらぼう科レイパーの鉤爪が、四葉を斬り裂く、その瞬間だった。

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