第308話『執念』
(やはり追ってくるわね……!)
ラティアを抱えて飛翔し、束音家から脱出した四葉。だが下を向けば、当然の如く、人工種のっぺらぼう科レイパー……淡が、家の屋根を伝って追ってきていた。
人工レイパーは飛ぶことが出来ないが、身体能力はすこぶる高い。時速百五十キロで逃走する四葉が振り切れない程だ。
四葉の顔に、嫌な汗が伝う。このままでは不利だと、彼女は理解していたから。
すると、のっぺらぼうの顔に、ほっかむりを被って口を窄めた男のお面――火男のお面が出現した。
そして放たれる、火炎放射。
周りの空気を熱し、迫る炎に、四葉は左手を向け、衝撃波を放つ。
これで敵の攻撃を相殺するつもりだった。だが、
「――っ?」
衝撃波と炎がぶつかり、白い煙が発生するも、それを突き破り、炎が四葉達に迫る。
火炎放射の勢いは、完全には止まらなかったのだ。
細い炎だが、スピードは殆ど落ちていない。もう一度衝撃波で相殺する余裕は勿論のこと、躱す余裕すらも無かった。
せめてラティアが焼かれぬよう、右腕に抱えた彼女を体の後ろに隠すと同時に、四葉に炎が掠る。
「――つっ!」
プロテクターが防御しているところであればともかく、関節部などのむき出しになっている部分は弱い。
肌が焼かれる感触に、声にならない悲鳴を上げる四葉。
しかしその瞬間、四葉のスキル『超再生』が発動する。体を一瞬にして回復させるこのスキルにより、火傷があっという間に治った。
歯噛みする四葉。スキルで体を治したところで、戦況は変わらない。『超再生』が適用されるのは、当然ながら四葉だけ。ラティアが怪我をしても、治してはくれない。
刹那、再び火炎放射が放たれ、それをローリングして間一髪のところで四葉は回避する。
だが、敵の攻撃は終わらない。何発も繰り返し放たれる炎。それを、四葉は巧みな飛行技術を駆使し、全て何とかギリギリのところで避けていく。
(くっ……こんなの、何時までももたない! 何とかラティアを逃がさないと……!)
そう思いながら南下し、新潟市秋葉区の方へと向かう四葉。
遠くには新津丘陵が見える。
(あの辺りの地理には疎いけど、確かゴルフ場やキャンプ場があったはずよね?)
頭の中で地図を思い浮かべながら、四葉は思考を巡らせる。
(木々にラティアを隠して、私が淡を引きつければ、何とか撒けるかもしれない……)
近くにレジャー施設があるのなら、少し歩けば道に出られるはずだ。
そこで何とかするしかない……四葉はそう思い、目一杯のスピードで飛んでいくのだった。
***
そして新津丘陵の北側へとやって来た四葉とラティアは、細い道に降り立った。
だが、
「くっ……」
自分達の方にやって来る、のっぺらぼうの人工レイパーを見て、四葉は苦悶の声を漏らす。
のっぺらぼうの顔面に貼り付いたお面は、火男から変化していた。笑ったお爺さん……翁のお面だ。手には金色の錫杖も握られている。
親友が、妹の仇が被っていたお面を身に着けていることに、複雑な感情を持つ四葉。お面に入った小さな罅が、余計に四葉の心を搔き乱してしまう。
それでも、四葉は頭を落ち着かせるように深く息を吐いてから、口を開く。
「ラティア。私が淡と戦っている間に、あなたは逃げなさい。木に身を隠して、何とかあいつを撒くの」
その言葉に、ラティアはギュッと拳を握りしめ、小さく頷く。自分がいると、四葉が戦いにくくなるというのは理解していた。
四葉はラティアの頭を撫でると、人工レイパーに向かって戦闘体勢を取る。
そしてラティアが数歩、後ろに下がるが、
「逃がさないよ!」
人工レイパーが錫杖の柄を地面に叩きつけた瞬間、ラティアの足元に魔法陣が出現し、そこから蔦の形状をした、無数の緑色のエネルギーウィップが飛び出してくる。
「ちいっ!」
あくまでもラティアを狙うつもりらしい。四葉はラティアの手を引いて自分の側に引っ張って伏せさせると、回し蹴りを放ち、エネルギーウィップを破壊する。
(ぐっ……奴の攻撃よりも強いっ?)
黒葉の仇……人型種狐科レイパーも同じ攻撃をしてきていたが、のっぺらぼうの攻撃は、それよりも高圧のエネルギーだ。プロテクター越しに触れたにも拘わらず、四葉の足に、激しい痛みを走らせていた。
痛みの感触で分かる。あのエネルギーウィップに直に触れた時のように、肌が抉れているのだと。
スキルで再生していなければ、今のエネルギーウィップだけで、四葉は完全に戦闘不能になっていた。
「四葉ちゃん……っ! この……っ!」
錫杖を振り上げ、迫る人工レイパー。
四葉諸共、ラティアを殴り倒すつもりだ。
そうはさせまいと、四葉も右ストレートを放つ。
四葉の拳と、のっぺらぼうの錫杖が激突。
鍔迫り合いの如く拮抗する、二人の力。
四葉の表情は苦しい。少しでも気を緩めれば押し切られてしまいそうなパワーだ。
ラティアも動けない。今、四葉の側を離れれば、たちまち人工レイパーの攻撃の的となってしまうからだ。
だがそれでも……四葉は、のっぺらぼうが被る翁のお面を睨みつけ、口を開く。
「淡っ! そのお面を捨てなさいっ!」
「いやだっ!」
「淡……っ!」
切羽詰まったように叫ぶ四葉の言葉……それは真に懇願する人間の、必死さが滲んでいた。
それに気圧されたのか、人工レイパーの、錫杖に込める力が揺らぐ。
刹那、
「――っ?」
その瞬間を狙い、放たれた四葉の蹴りが、錫杖を大きく吹っ飛ばした。
一気に攻め込もうと、四葉は人工レイパーの腹部に左ストレートを放つ。
人工レイパーは体を反らしてそれを躱すと同時に、顔面のお面が、翁のお面から、般若のお面へと変化。
拳から生えた長い鉤爪を振り回し、四葉とラティアを攻撃する。
ラティアを庇いながら、腕や足で必死にその攻撃を防ぐ四葉。
戦況は、四葉が劣勢。
それでも、
「ま、負けないわ、淡っ!」
ラティアを守り、親友の目を覚まさせてみせる。
苦しい状況の中でも、四葉の瞳には闘志が燃えていた。
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