第307話『鬼灯』
「……の、のっぺらぼう? 人工レイパー? な、何を言っているの、四葉ちゃん?」
四葉の放った一言に、淡は凍り付いた。そして無表情で返した言葉が、これだ。
抑揚のない、消え入りそうな声……感情が見えにくいその言葉は、淡がいかに動揺しているか、如実に物語っていた。
だが、彼女がそんな顔をしていたのも、僅かな間だけ。すぐに取り繕ったように眉を吊り上げた。
「人工レイパーって、巷で話題の……人がレイパーになるっていう、アレだよね? 四葉ちゃんは、私がそれだって言うの? 酷いなぁ!」
「その薄っぺらい怒り顔を止めなさい」
静かな、それでいて誰もが逆らえないような迫力のある一言に、淡はビクリと体を震わせ、声の出し方を忘れてしまったかのように口をパクパクとさせてしまう。
四葉の、腹を括ったような鋭い眼光に、淡はたじろいでしまった。
しかしそれでも、彼女は拳を握りしめると、四葉に真っ向から挑むように口を開く。
「な、何か証拠はあるの?」
「淡。学校はどうしたの? まだ授業があるでしょ? なんで雅の家に来ているの?」
「そ、それは……」
「私は見ていたわ。ラティアと雅が学校から帰る時、あなたをいじめていた二人組と、あなたが学校から出て、尾行していくのを。そしたらこの騒ぎ。淡、あなた隠れて見ていたわよね。あの二人が、石を投げて窓を割るところを。雅が出てきて、あの二人を追って行った後、この家の扉を叩いた。あまりにも不自然な行動だったわ」
「う……」
言葉に詰まる淡。
だが、四葉は首を横に振り、「こんなのは理由の一つよ。ほんの些細なもので、答え合わせみたいなもの」と呟く。
そして告げる。一番の理由を。
「……私の知っている鬼灯淡は……友達は、表情の変化に乏しくて、今どんな気持ちなのか、中々読み取り辛い女の子だった」
ゆっくりと、絞り出すような声で、四葉は告げる。
淡が、のっぺらぼうの人工レイパーだと思った、その理由を。
「一か月半くらい前だったかしら? あなたと新潟駅の近くで会った時よ。覚えているでしょ? あの時のあなたは、少なくとも私のよく知る『鬼灯淡』だったわ」
「…………」
「それから、あなたと何度か街で会って、一緒に遊んだわ。ウラに行く前、一緒にボウリングに行ったわよね。あの時は深く考えなかったけど、今思えば、あの時からあなたはおかしかった。そしてウラから帰ってきた後、淡と映画館に行ったじゃない? あの時、あなたは映画を見て泣いて、そして通路ですれ違ったクラスメイトの行為に、怒りをみせたわ」
「…………だから、何?」
言葉を続けるにつれ、声が震えていく四葉。そんな彼女に、淡は威嚇するような声を上げる。
だが、四葉は止まらない。止まる気もなかった。
だから告げる。淡に、罪を認めさせるために。
「喜怒哀楽のお面」
「――っ」
この時、淡は大きく目を見開いた。
「火男のお面は、楽。
般若のお面は、怒。
姥のお面は、哀。
翁のお面は、喜。
能楽では、この四枚のお面にそんな意味があるそうよ。……のっぺらぼうの人工レイパーがお面を得る度に、あなたは感情を、分かりやすく表現するようになった。あのお面にはレイパーをパワーアップすること以外にも、そんな力があったのね」
四葉は、希羅々から聞かされていた。これまでのっぺらぼうの人工レイパーが手に入れたお面は、いずれも感情を表すお面であると。
そして、雅から聞かされた『のっぺらぼうの人工レイパーの正体は女』という情報。
信じたくは無かった。だが、考えれば考える程、信じざるを得なかった。
「淡。あなたがお面を集めていた目的は、これでしょう? 今の鬼灯淡は、本当に分かりやすくなって、明るくなった。一か月半前の鬼灯淡とはまるで別人で、今のあなたは随分楽しそう」
四葉は知っている。淡が、感情表現が苦手なことにコンプレックスを抱いていたことを。それが原因で孤立していたのだから、当然だとも思う。
だから分かる。淡が、どうしてお面を求めたのか、その理由も。
だがしかし。それでも。
拳を強く握りしめ、四葉は口を開く。自分の気持ちを、親友に伝えるために。
「淡……私は、昔のあなたの方が好き」
その言葉に、淡は口を結び、俯く。
「今のあなたは歪よ。あなたが表現しているつもりの感情は、どれも顔に貼りついたように薄っぺらい。淡が手に入れたそれは、決して、淡が本当に欲しかったものなんかじゃない」
「それでもいい」
四葉の言葉にボソリとそう返すと、淡はゆっくりと顔を上げる。
眼ははっきりと見えているはずなのに、その奥にある光はちっとも見えない……そんな暗い瞳をしていた。
「……そっか。四葉ちゃんは、前の私の方がいいんだ」
「淡……!」
「でも……私は嫌なの」
観念したようにそう呟いた、次の瞬間。
ぐにゃりと、淡の姿が歪む。
「やめて!」と叫ぶ四葉だが、もう遅かった。
今まで淡が立っていたその場所には……顔の存在しない、真っ黒な人型の化け物。
そこにいたのは間違いなく、『人工種のっぺらぼう科』レイパー。
全身から溢れ出る威圧感は、近くにいる者の背筋を凍らせる。
ラティアは怯えたように二歩後ろに下がり、四葉は悲痛な眼で、淡だったはずの化け物を見つめていた。
「私は、昔の自分なんて嫌い」
口の無い顔から、淡の声が聞こえてくる。
「気味悪がられて、いじめられて……それもこれも全部、私に感情が無いのが悪い。四葉ちゃんは『薄っぺらい』だなんて言うけど、私はそれでも構わない。
だって……ずっと、感情が欲しかったんだもん」
「そう。なら――」
四葉の全身に装着される、銀色のプロテクターとヘルメット。装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』だ。
胸元のアゲラタムの紋様が放つ紫色の光は、四葉の覚悟を表すかのように強い。
「あなたを止めてみせる。場所を変えるわよ」
「駄目だよ。このラティアって子は始末しないと。さっき学校で彼女を見て、心臓が止まったかと思ったよ。ずっと探していた子だったから」
「なんでラティアを狙うのっ? その子は関係ないじゃないっ!」
「関係あるよ! その子は私の正体を見たんだからっ! 生かしておくわけにはいかない! こんな化け物に身を堕としたことなんて、誰も知っちゃいけないの! まぁ最も、言葉が喋れないみたいだけどねっ!」
ラティアを振り向きながら叫ぶ人工レイパーに、そんなまさか、と思ってラティアを見る四葉。
しかし……ラティアはいつもより激しく、首を横に振る。
思わず「えっ?」と声を漏らす人工レイパー。
淡は一つ、大きな勘違いをしていた。
確かに淡は、ラティアの前で変身を解いてしまった。それは淡の意志ではなく、体調不良による強制的な変身解除だ。
だが、その決定的な瞬間を、ラティアは見ていなかった。
のっぺらぼうの人工レイパーがふらっとラティアの近くに現れた時、ラティアは別の方を向いていた。ラティアは気が付かなかったのだ。弱っていた人工レイパーの気配は、薄かったから。
そしてラティアが何気無く振り向いた時、確かにそこには、既に変身を解かれ、膝を付く淡がいた。
そう、ラティアが目撃したのは、のっぺらぼうの人工レイパーでは無く、淡だけだったのだ。だからラティアは淡が、のっぺらぼうの人工レイパーであることなんて全く思っていない。
おまけに淡がすぐにその場から逃げたため、碌に顔すら認識出来てもいなかった。
淡は『正体がバレた』と思ったようだが……決して、そんなことは無かったのである。
サーっと、人工レイパーは体が冷える感覚に襲われる。
ずっと自分の正体を見たラティアを口封じしなければ、ということで頭がいっぱいだったが、冷静になった今、自分の間違いに気が付いた。
もしラティアが、『人工種のっぺらぼう科レイパーの変身者が鬼灯淡である』ということを知っているのなら、それを警察なり何なりに相談していたはずだ。例え言葉が話せなくとも、何かしらの方法で伝えていただろう。
それをしなかった時点で、ラティアはそれを知らないのだ、と、何故思わなかったのか。そのせいで、余計な墓穴を掘ってしまった。四葉に正体をばらす、という墓穴を。
己のミスに、つい人工レイパーはフリーズしてしまっていた。
その隙を、四葉は逃さない。
人工レイパーの横をすり抜け、一気にラティアの方へと向かう四葉。
そのまま、呆気に取られたラティアの手を引き、ドアを蹴破りリビングへ。
「ラティア! しっかり掴まってなさい!」
流れるようなスムーズな動きで、ラティアをお姫様抱っこしつつ、四葉は割れた窓から外へと脱出するのだった。
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