第306話『脅従』
「や、ヤバいって! あいつ、追ってきてる!」
「ど、どうするんっ? ねぇどうするんっ?」
「うぅ……ぁぁぁあああああっ!」
束音家の窓を割った犯人――ヤマ専の学生二人は、徐々に近づいてくる雅を見ながら、悲鳴にも近い声色で吠える。
指輪が光り、出現するはショートソード型のアーツ。
「や、やるよ! おっかない方の女はいない! 二人掛かりならやれるって!」
「ええっ? ぐぬぬぅ……!」
もう一人の女子生徒も、仕方ないと言わんばかりにアーツを呼び出した。
そして逃走を止め、雅の方に振り返り、武器を構える。
雅が驚いたように立ち止まった瞬間を狙い、二人は一斉に襲い掛かる。
しかし、
「すぅー……。やっ! とぉっ!」
斬りかかって来た二人の腕を、雅は手刀で払う。
「――ごめんなさいっ!」
雅が謝った次の瞬間、二人の脇腹に肘打ちが入り、彼女達が自分が何をされたのか理解した瞬間には、あっという間に地面に組み伏されてしまっていた。
呆気に取られる間もなく無力化され、悔しそうに息を漏らす二人。
「すみません、怪我無かったですか? 二人掛かりだと、流石にああするしか無くて……」
「なんだよぉ……なんでそんな言葉、掛けてくるんだよぉ……」
雅の心配する言葉に、プライドをポッキリ折られたのか、泣きそうな声を漏らす女子学生。
「こっちに傷つける意図なんてありませんからね。……あの、どうしてあんなことをしたのか、教えてくれませんか?」
「そ、それは……いや、言えない!」
「お願いです。窓は割られましたけど、誰も怪我はしなかったので、私はそんなに怒っていないんです。ただ、理由が知りたい。何となくですけど、さっきの攻撃、どこか躊躇いがありましたよね? 殺意全開で来られたら、流石に私もアーツを使わないとかなって思いましたけど、そうしなくて済みましたし……」
「…………」
「……じ、実は――」
「ちょ、待って! 白状する気っ?」
女子学生の一人が、もう我慢できないというように口を開くと、もう一人は慌てだす。
だが、制止された方の女子学生は、「もう言っちゃおうよ! 私、耐えられない……!」と言って首を横に振る。
そして、
「た、頼まれたのよ! あんたを家から引きずり出せって!」
「ええっ?」
そして――雅を家から遠ざけるよう指示した人物の名前を聞いて、雅は大きく目を日開いた。
***
一方、その頃。
ラティアは、リビングの床に散らばったガラス片を掃除していた。
2221年の住宅は、クリーニング機能が標準搭載されており、埃や髪の毛等のゴミは、住民自ら掃除せずとも、自動でゴミ箱に捨てられる。とは言え、ガラス片等は別だ。誰かがちゃんと処分せねばならない。
滅多に使うことのない箒と塵取り、小型掃除機を物置から引っ張り出し、器用に扱いながらガラスを集めていたラティア。
と、その時。
ピンポーン、とインターホンの音が響く。
直後、
「あのー! すみませーん!」
どこか困惑したような、そして焦っているような女性の声が聞こえてくる。
その声に、一瞬動きを止めるラティア。この声には、聞き覚えがあった。
「ごめんくださーい! 大丈夫ですかー?」
再び声がして、インターホンが鳴り、戸をドンドンと叩く音がする。
どうやら今の投石騒ぎを聞いて、様子を見に来てくれたらしい。
言葉が喋れない自分しかいないが、無視するのも気が引けたラティアは、細かいガラス片に注意しながら玄関へと向かい、扉を開く。
そこにいたのは、ラティアの予想通り――
「あぁっ! 突然ごめんなさい! ガラスが割れたような凄い音がしたから、心配で……」
鬼灯淡……さっき学校で会った、彼女だった。
「おうちの方、いらっしゃるかな? さっきの束音さんは?」
そう聞かれ、フルフルと首を横に振るラティア。
「そっか。あ、何か手伝えることあるかな? 家、上がっていい?」
そう尋ねられ、ラティアは少し悩む。
割れたガラスで散らばったリビングに案内するのは如何なものかと思う一方、広範囲に散らばったガラス片の掃除を手伝ってくれるのは正直ありがたい。窓もそのままという訳にはいかず、取り外すのはラティア一人では骨が折れる。
雅が戻ってきたら一緒にそこら辺をやれば良いだろうが、窓を割った犯人を捕まえて疲れているであろう彼女を働かせるというのも可哀そうだ。
今日会ったばかりの人だが、そんな人物を家に上げて怒るような雅ではない。
そこまで考えてからラティアは首を縦に振り、身振りで淡に家に上がるように伝えた。
すると、
「……もしかしてあなた、言葉が喋れないの?」
きょとんとするラティア。しかしそこで思い出す。学校で自己紹介等をした時、ラティアが話せないことを、雅は淡に伝えていなかったことを。
だがここまで一言も声を上げていないことで、流石に淡も勘づいたようだ。
ラティアが淡の質問にコクンと頷くと、淡は「ふ、ふーん……」と呟く。
ラティアが手招きしてから、リビングへと向かう。
必然、淡に背中を向けるラティア。
だが二歩程進んだところで、ピタリとラティアは動きを止める。
ふと疑問を覚えたのだ。淡がどうして、こんなところにいるのか、と。今はまだ学校のはずだ。
浮かんだ疑問に気を取られたから、ラティアは気が付かなかった。
淡が、ラティアの方にスーッと手を伸ばしていたことを。
だが、その時。
「そこまでよ」
鋭い声が後ろから聞こえてきたと思った瞬間、淡の腕が、背後からガシッと掴まれた。
振り向く淡とラティア。淡は大きく目を見開き、ラティアも目をパチクリとさせる。
そこにいたのは……
「よ、四葉ちゃん……? なんで、なんでここに……?」
用があるからと、どこかに行っていたはずの……浅見四葉その人だった。
四葉の瞳は、苦悶に揺れている。淡の腕を掴む腕も、震えていた。
少し怯えた顔で、口を半開きにする淡。その姿に、四葉は胸が締め付けられる。
それでも彼女は再び口を開く。
「それはこちらの台詞。こんなところで何をしているの? 鬼灯淡。……いえ、敢えてこう言わせてもらうわ」
自分でも信じたくない真実を告げるために。
そして……ラティアを守るために。
「のっぺらぼうの人工レイパー」
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