第305話『不審』
一方、その頃ファムは、玄関で黒髪サイドテールの少女……優に無事、体操着を渡していた。
「いやぁ、本当にありがとう。マジで助かった」
「ふふーん。これで貸し一つ、だね」
「ええい調子に乗りおって。まぁいいけど。ところで、珍しいわね。ファムが自分から積極的に、面倒ごとを引き受けるなんて」
ファムが雅とラティアと一緒に学校まで来ていることは、優も聞いた。途中で四葉に会い、雅とラティアを置いて、ファムだけが玄関に来たことも。
非常時等の切羽詰まった状況、そして本当にやらなければならないことを除き、サボれることはとことんサボるのがファムの流儀。そんな彼女が来たことに、優は驚いていた。
「ん……まぁ、ちょっとね。ほら、四葉とラティアって色々あったけど、なんやかんや仲良くなったじゃん? だから出来るなら、一緒にしてあげたいっていうか……」
「へぇ。気を遣ったんだ。偉いじゃん」
「別にそんな大したことじゃないよ。……ちょ、止めて。頭撫でないで!」
頭に乗せられる手を照れくさそうな顔で払うファムだが、優も負けじと、ニヤニヤしながらも再度手を伸ばす。
イヤイヤするファムと、その反応を面白がる優。傍から見れば、仲の良い姉妹みたいなやりとりだ。
すると、
「すまない、相模原。やはり見つからない」
そんな声が聞こえてきて、ファムと優が振り向くと、そこにいたのは三つ編みの少女。
篠田愛理だ。
愛理はファムに気が付くと、「む?」と驚いた声を上げる。
「パトリオーラか。まさか、相模原に体操着を届けに来たのか? 偉いじゃないか」
「待って、アイリまで褒めないでよ。なんか恥ずい。……それより『見つからない』って言っていたけど、何か探し物でもしていたの?」
「ああ、今日の体育の授業は戦闘訓練で、派手な音が出るんだ。そのために防音装置が必要なんだが……何故か無くなっていてな」
「ふーん?」
今一つよく分からない、と言った顔のファム。
見た目は小型の装置であり、そこから発する電波で音を遮断するのだと愛理から説明されたのだが、それでもチンプンカンプンだ。
「前の時間、向こうの校舎の人達が体育で使っていたはずなんでしょ? あっちが返し忘れてるんじゃない?」
優が疑いの眼差しを、もう一つの校舎がある方へと向けてそう言うと、愛理も眉を顰めて頷く。
「正直、私もそう思うんだが……記録上では、ちゃんと返された扱いになっていた。しかしうちの学校、備品の管理は雑だからな……」
困ったものだ、なんて溜息を吐く愛理。
すると、
「あれ? 相模原さん。その子、誰?」
「もしかして、前に話をしていた異世界の子? やっば、めちゃカワなんだけど」
優達のクラスメイトが廊下を通りがかり、ファムを見つけてそんな声を上げる。。
突然「めちゃカワ」と言われ、ファムが困惑していると、後からゾロゾロと人がやって来た。
「え? え? ちょ――」
そして、あっという間に学生達に囲まれてしまうのであった。
***
時刻は十二時七分。
雅とラティアは、家に戻っていた。
ここにファムはいない。本当は彼女も一緒に帰るはずだったのだが、優のクラスメイトに捕まってしまい、逃げられなくなったと連絡があった。今日は放課後まで学校で過ごし、優達と一緒に帰って来るとのことである。
学校に部外者がいても良いのかと雅が尋ねたところ、そこは優や希羅々達が先生に許可を貰ったらしい。
なお四葉だが、折角なら家で昼食でもどうかと雅が誘ったものの、用があるからと断られ、どこかに行ってしまった。
そういう訳で、今は雅とラティア、二人だけである。
リビングで飲み物を飲み、ホッと一息吐く二人。
雅が、昼食を作ろうとキッチンに向かう。
その時だ。
派手な破砕音と共に、リビングの窓が砕け散った。
「――っ? ラティアちゃんっ?」
リビングの中に飛び散るガラス片を見て、一瞬呼吸が止まった雅だが、すぐにラティアへと駆け寄った。
幸い、ラティアの方にガラスは来ていない。しかしラティアも突然のことに驚いており、完全に硬直していた。
「ラティアちゃん! 大丈夫ですかっ? 怪我無いですかっ?」
雅がラティアの肩を掴み、強めに揺らすと、ラティアはハッとして、それからコクコクと頷いた。
雅はホッと息を吐くと、彼女をキッチンの方へと逃がし、それから事態を把握しにかかる。
一体何があったのか……そう思って床を見渡すと……そこには拳程の大きさの石が落ちていた。
ガラスが割れたのは、これを投げ込まれたからだろう。しかし雅に、こんなことをしてくる相手には心当たりがない。
「ラティアちゃん、ちょっと待っていてください! 外を見てきます!」
破片に注意しながら、家の外に出る雅。
すると、
「っ? あれは……!」
雅が家から出た瞬間、家の前から走り去る者がいた。
しかも、二人だ。
角を曲がって逃げたため、一瞬しか姿が見えなかったが……雅はすぐに、ピンとくる。
先程、淡を虐めていた二人組だった。
(さっき私達にやられたから、仕返しに来たんでしょうか? いえ、でもそれにしては……)
彼女達の後を追いながら、雅は怪訝な顔をする。
あの二人とは、今日が初対面。勿論、彼女達が雅の家を知っているはずは無い。つまり、彼女達は帰宅する雅達の後を付けてきたということである。
いじめを妨害されて腹が立ったからと言って、わざわざ家まで着けてくるだろうか? 四葉はともかくとして、雅はなるべく、相手に怪我をさせないように無力化させたつもりだ。不満を持たれることはあっても、仕返しされる程のヘイトを買ったとも思えない。
しかも今はお昼。学校はまだ終わっていない。わざわざ学校を抜け出してきたということだ。
挙句、先の投石ときた。運よく誰も怪我はしなかったものの、最悪の場合、石やガラス片の当たり所が悪ければ、中にいた人が死んでしまったかもしれない所業だ。
仕返しにしては度が過ぎている。
その上、
(あの二人……何ですぐに逃げなかったんでしょう?)
雅が家から出るまでに、それなりのタイムラグがあった。にも拘らず、家から出た雅は、二人の後姿を目撃出来ている。
完全に警察沙汰になる行動をしておきながら、彼女達がすぐに逃げなかったことに、雅は大いに疑問を覚えていた。
さらに、
(近所の人、誰も出てこない……?)
窓が割れた大きな音だ。普通なら、何が起こったのか心配して見に来るだろう。雅のご近所付き合いは良好なのだ。
(……いえ、今は二人を追うのが先決です!)
得も言われぬ気持ち悪さを覚える雅が、角を曲がれば、先のいじめっ子の姿が鮮明に見える。
二人の背中に、徐々に雅は近づいていくのだった。
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