第303話『忘物』
九月二十四日月曜日。午前九時六分。
束音家にて。
「ねーミヤビ。これ何?」
ウェーブがかった薄紫色の髪の少女のファムは、リビングに入って来ると、テーブルの下に置いてある荷物を指差して尋ねる。
「あ、珍しく早く起きてきましたね。おはようございます、ファムちゃん」
キッチンで洗い物をしつつ答えたのは、桃色のボブカットにムスカリ型のヘアピンを着けた少女。家主の雅だ。
隣では、美しい白髪の少女、ラティアも家事の手伝いをしており、雅と一緒にテーブルのところまでやって来た。
ラティアが着ている服の襟元には、紫のリボン。チェック柄のそのリボンは、先日四葉からプレゼントされたもので、ラティアはそれを、常に身に着けている。
「んー? ……あ、これさがみんの体操着だ。忘れていっちゃったんですね。届けてあげないと」
実は昨日、雅の親友の優は、束音家にお泊りしていた。今朝はちょっと寝坊して慌てており、うっかり置いていってしまったのだろう。
雅はULフォンを起動させ、優にメッセージを送る。
程無くして、優からの返信が届いたのだが、
「げ。体育、二限ですか。今から届けに行って、間に合いますかね?」
「あれ? これもしかして、私がひとっ飛びしないと駄目な感じ?」
面倒だなー、という雰囲気を出し始めるファム。
しかし、雅は「んー」と唸り出す。
「ファムちゃん一人で行かせるのはちょっと……。ほら、のっぺらぼうの人工レイパーに、顔が割れているじゃないですか」
「ん? ……あぁ、そういうこと」
一瞬、雅の言葉の意味が分からず首を傾げたファムだが、理解すると渋い顔になる。
先日、人工レイパーに変身出来るようになる薬を販売していたバイヤーの一人を捕まえた雅達。そいつは、のっぺらぼうの人工レイパーに、薬を売っていたことが分かった。
バイヤー曰く、のっぺらぼうの人工レイパーの変身者は女性。しかも、優達が通う新潟県立大和撫子専門学校付属高校の生徒だと言う。
優達がいるとは言え、彼女達は授業中で身動きが取れないだろう。一方で人工レイパーの方は、そんなことを気にせず行動するかもしれない。敵に万が一襲われた場合、ファム一人で対処できるような相手では無いとなると、彼女一人にお使いを頼むのは躊躇われた。
「……今、家に私達しかいませんよねぇ」
「え? そうなの?」
「ええ。皆、仕事やらなにやらで。……まぁ、仕方ありません。三人で行きましょう」
ファムと一緒に雅が行くことは確定として、しかしラティアを一人お留守番させるわけにもいかない。
雅だけが届けに行く手もあるが、ファムとラティアだけを家に残すというのものも不安がある。
のっぺらぼうの人工レイパーがいる場所にラティアを連れていくことには疑問を覚えるが、この際仕方が無いだろう。
「待っていてください。今、ファムちゃんの朝ごはんを詰めますね。支度が出来たら、すぐに行きましょう」
そう言って、雅はキッチンの棚にしまわれている、弁当箱を探しに行った。
***
午前十時一分。
学校の前までやって来た雅達。
「ふーん。ここがユウ達の学校か。道を挟んで、校舎が二つあるって言っていたけど、本当だったんだね」
「ええ。さがみん達がいるのは、海側にある方の校舎ですね。さて……ここまで来ておいて難ですけど、私って入っていいんでしょうか?」
「忘れ物を届けに来たんだし、大丈夫じゃない?」
「いえ、一応私、休学中じゃないですか。なのに入ってもいいのかなって」
「本当に今更じゃない? ……って、あれ?」
そんな会話をしていると、一人の少女を見つけて声を上げる。
そこにいたのは、雅とラティアもよく知っている人物だ。
ハーフアップアレンジの、黒髪の少女……浅見四葉である。
彼女はまるで張り込みでもするように、物陰からこっそり学校――優達がいる校舎と反対の校舎の方だ――を見つめていた。
「おーい、ヨツバー!」
「っ! ――あ、あなた達、なんでここに?」
後ろから声を掛けられ、跳びあがらんばかりに驚いて振り向く四葉。
背後に迫る気配に全く気が付かなかったようで、彼女らしくない。
「実はさがみんが家に忘れ物をして、三人で届けに来たんですよ。今日は平日ですけど、四葉ちゃんはどうしてここに? あ、もしかして、のっぺらぼうの人工レイパーの正体を探りにきたんですか?」
先日のアジトでの一件は、四葉にも話をしてある。
のっぺらぼうの人工レイパーの正体が女性だということを話したところ、四葉は酷くショックを受けた。
何度も何度も「それは本当に確かなことなのか」と確認をしたことから、余程信じられなかったのだろう。バイヤー自身がそう証言していると聞かされても、今一つ信用しきれていない様子を見せていた。
故に雅は、今ここに四葉がいるのは、そのバイヤーの話の裏付けを取りに来たのだと思ったのである。
しかし、
「え、ええ。まぁ……そんなところよ」
煮え切らない様子の四葉に、雅達は目を丸くする。
四葉は本当に困った様子だ。今の言葉は嘘ではなさそうだが、本当のこととも思えない。もっと重要な『何か』を隠している……雅はそう直感していた。
(なんだろう? 四葉ちゃんのこの感じ……何か既視感があるというか……)
心の中で首を傾げる雅。
後になって思えば、これは前触れだったのだろう。
これから起こる、大きな事件の。
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