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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第34章 新潟市江南区
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季節イベント『双六』

「ま、真衣華……そろそろ……!」

「えー? まだ五分も経ってないよー?」

「あなたねぇ……! うぐぐ……」


 二二十八年一月、正月明けの、とある休日の昼下がり。


 希羅々の部屋に、奇妙な光景が広がっていた。


 四つん這いになる希羅々と、その上に座る真衣華。


 希羅々は苦悶の表情を浮かべ、声も苦しそうだ。だがその理由は、真衣華が重いからというより、この状況が余りにも屈辱だからという方が大きい。


 対する真衣華は、緊張で表情は硬いが、しかし湧き上がる興奮を抑えきれないという様子。


 真衣華の目の前には、ULフォンのウィンドウが広がっている。


 随分と奇妙な状況だが、こうなった理由は、少し前に遡る――。




 ***




「退屈ですわ」


 桔梗院希羅々は自室で、ティーカップの中の茶色の液体――烏龍茶だ――を見つめながら、ボソリとそう呟いた。


 彼女の側には、エアリーボブの髪の少女……橘真衣華が座っている。希羅々に招かれ朝から遊びに来ていたが、今は人の家の部屋だというのにアーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を出し、メンテナンスに勤しんでいる始末。


 そんな彼女は希羅々の言葉にムクリと顔を上げ、「えー? そう?」と言う。


「退屈ですわよ、ええ。お正月は色々とイベントがありましたが、それも過ぎれば何も無し。外で遊ぼうにも大雪ではやる気もでませんわ。やって来た真衣華もこの調子。何か面白いことはありませんの?」

「うわー、他力本願。……あー、じゃあ、こんなのどう?」


 真衣華は呆れた顔をしながらも、ULフォンを操作して空中にウィンドウを出現させ、あれこれ弄ってから、希羅々も見られるようにする。


 出てきたのは、


「これは……双六、ですの?」

「そっそー。ほら、プログラミングの授業で色々習ったじゃん? 折角だし、ゲームでも作ってみようと思ってさ。まだ大してテストプレイしていないけど、動くっちゃ動くよ」

「ふぅん。……あら、罰ゲームがあるんですのね」


 一見普通の双六のようだが、結構な数のマス目に『腹筋十回』や『早口言葉を三回唱える』等の項目が見受けられた。


 まぁ、中学生が双六で遊ぶのだから、こういった罰ゲームじみたものがあって然るべきだろう。


 しかし、


「成程。内容は分かりましたが……罰ゲームの内容が物足りませんわね」

「え?」

「書き換えられるのでしょう? ほら真衣華、どうせならもっと過激にしますわよ」

「や、まぁ書き換えられるけどぉ……」


 言い淀む真衣華。内心は慌てふためいていた。


 何故なら、この双六にはちょっとした細工がしてあるのだから。


 実は確率を偏らせており、真衣華以外のプレイヤーは、罰ゲームのマスに滅茶苦茶止まりやすくなっているのである。


 理由はただ一つ。適当な理由を付けて希羅々と一緒にこれで遊ぶことで、ちょっとからかってやろう……そんな悪戯心からだった。


 だから先程希羅々が「退屈だ」と言った時、その『適当な理由』が今このタイミングだと思い、心の中で小躍りしていたのだが……。


「これはああで、こっちはこうで……」


 ちょっと楽しくなってきたのか、笑みを浮かべながら罰ゲームを考える希羅々に、流石に確立を元に戻そうかと、真衣華はそう思った。ゲーム開始後にバレたら、多分殺される予感がした。


 だが、


「腹筋十回? しょぼすぎますわ。千回くらいにしないと。あ、スクワットも追加しましょう。適当に二百回で良いかしら? ……ん? 真衣華、何か言いたげですわね」

「ううん。なんでもない」


 ハードな筋トレ系の罰ゲームが追加されたことで、真衣華は黙っておくことを選んだ。公平な確率にして万が一にでも自分がそれをやる羽目になったら大変である。


(まぁ、どうせやるのは希羅々だし……本人が望んで書き換えたことだし、良いよね! うん、そういうことにしよう)


 バレなきゃいいし、バレても言いくるめることが出来ればそれで良いのだ。


 その後も希羅々があれこれ真衣華に指示し、罰ゲームの内容を書き換えること十分。


「ま、こんなものでしょう。真衣華、早速始めましょうか」

「うん。先攻は希羅々に譲るねー」

「あら、気前が良いですわね。じゃあお言葉に甘えますわ」


 和やかに会話をしながら、ゲームがスタートする。


 希羅々がウィンドウに出ている『サイコロを振る』と書かれたボタンにタッチすると、サイコロが出現した。


 しかし、


「えっと、出た目は……十五ですか。……十五っ? これ双六ですわよねっ? 人生ゲームじゃありませんのよ! いや人生ゲームでも多すぎますわ!」

「あー、うん。ちんたらやっていても飽きるじゃん? サクッと終わらせたいし」

「バランスを考えなさい、バランスを! ……全く、仕方ありません。えー、一、二……おっと、いきなり罰ゲームじゃありませんの。幸先悪いですわね」


 駒を進め、止まったマスを見て渋い顔になる希羅々。


 そして書いてある内容を見て――。




 ***




 今に至る、というわけだ。


 希羅々が止まったマスは『十分間、対戦相手の椅子になること』と書かれていた。当然、希羅々自身が過激に書き換えた罰ゲームである。故に、椅子にされている本人も文句も言えない。


「うわぁ、これ背徳感ヤッバ。脳から変な汁出てるって絶対。……あ、希羅々。カップに残っている烏龍茶飲んでいいー?」

「それに口を付けたらぶっ飛ばしますわよ!」

「ごめんごめん冗談冗談。それにしても、引き締まった体って椅子にするには不向きだね。お尻がちょっと痛くなって来たかも」

「はっはっは……覚えておきなさいよ、真衣華ぁ……!」

「ごめん、流石に調子に乗った。……あ、そろそろ十分経つね」


 そう言ってからきっかり五秒後。タイマーが鳴ったことで、やっと真衣華は希羅々の背中から降りた。


 次は真衣華の手番。


 サイコロを振り、マス目を進んでいく真衣華。罰ゲームのマスに止まったら、ちょっと煽ってやろうと意気込んでいた希羅々だが、


「ラッキー。何も書かれていないマスだねー」

「ちっ。運が良いですわね。まぁ良いですわ。(わたくし)の番で……ちょ、また罰ゲームですのっ?」

「わお、校歌独唱! あ、希羅々の家ってマラカスとタンバリンあったよね! ちょっと借りてくる!」

「おやめなさい! たかだが校歌でタンバリンは逆に浮きますわ!」


 悲鳴のような希羅々の声が、部屋に響くのだった。




 それから一時間後。


「ぜぇ、はぁ……ぜぇ、はぁ……」

「希羅々お疲れー」

「お、お疲れ、じゃ……ありませんわぁ……!」


 地面に突っ伏し、息を切らす希羅々。


「な、なんで(わたくし)ばかり……どうなっていますの……?」


 希羅々の言葉通り、サイコロを振る度に彼女ばかり罰ゲームのマスに止まっていた。


 腕立て伏せや一発芸、空気椅子等々……罰ゲームの大半を筋トレ系にしたこともあり、疲労困憊である。希羅々の首筋から汗がポタポタと垂れていた。


 一方の真衣華は、別の汗を浮かべている。


(いやー、これどうしよう? 正直に話す訳にはいかないし……。でも希羅々の性格上、多分私が罰ゲームを受けるまで止めないよね……?)


 苦悶の表情を浮かべながら、尚もウィンドウに向かって指を伸ばす希羅々。


 流石にそろそろ止めた方がいいのだが、どう言えば本人を説得出来るだろうかと、真衣華が頭を悩ませていた、その時。


 希羅々が、怪訝な顔で「ん?」と声を上げた。


「ちょ、ちょっと真衣華……(わたくし)、凄いことに気が付きましたわ」

「え? 何に?」

「この双六のプログラムコード、外部からでも見れるんですのね」

「……うっそ、え? それほんと?」

「教師がプログラムの添削が出来るよう、外からでも簡単に見ることが出来る仕様らしいですわ。……それで、何故か(わたくし)の番の時だけ、罰ゲームのマスに止まる確率が三十倍になるようになっているんですけど……これは一体どういうことで?」

「あ、やっべバレた」


 思わず零れた真衣華の言葉。それはまさに自白であった。


 ゆらりと、まるでゾンビのように立ち上がる希羅々に、真衣華はサーっと青褪める。


「ふふふふふ……」

「あ、あはははは……。あぁ! そうだ! 私、急用思い出しちゃった! 帰るねー! お邪魔しま――」


 言いながら希羅々に背を向けた瞬間、ガシッと掴まれる真衣華の肩。


「まーいーかー……?」


 ゆっくりと振り向くと、そこにはおっかない笑みを浮かべた希羅々の姿が。


 ゴゴゴゴゴ……そんな音が聞こえてきたのは、果たして幻聴か。


 その瞬間、真衣華は悟る。


 あ、終わった……と。


 そして、


「ほら、腕と足が震えておりますわよ! まだ三分も経っていませんわ!」

「わーん! ごめんって希羅々―!」


 最初の時とは逆に、真衣華が椅子にさせられていた。


「ふん! これが終わったら、校歌独唱に一発芸! 空気椅子、そして腕立て腹筋スクワットですわよ!」

「無理無理無理無理! 絶対死ぬって絶対死ぬぅ! 反省するから許してぇ!」


 そんな真衣華の言葉は、当然ながら完全に無視されるのであった。

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