第300話『火事』
「な、何ですのっ?」
窓を割って入って来た者に、希羅々が驚きの声を上げ……直後、目を大きく見開く。
全身黒いタイツを身に着けたような、顔の無い人型の化け物。
人工種のっぺらぼう科レイパーだ。
だが、一つだけ違う。
かつては歪だった頭部が、今は限りなく人間の頭に近いフォルムになっていた。
本当に些細な違い。
しかしそんな小さな違いが、どこか異様な不気味さを感じさせた。
そして、のっぺらぼうの顔にお面が出現する――。
「あ、あれは……っ!」
絶望的な声を上げる雅。
現れたのは、笑ったお爺さんの顔――翁のお面。
僅かに罅が入っているものの、あれはつい先日、雅と四葉がやっとのことで倒した人型種狐科レイパーが被っていたお面だ。
さらにのっぺらぼうの手には、ニメートル程のくすんだ黄金色の錫杖が握られる。これも、人型種狐科レイパーが持っていた物と同じだ。
人工種のっぺらぼう科レイパーは、新たな力を得ていた。
体を強張らせる、希羅々達。このタイミングで新手、しかも強力な人工レイパーが登場したのだ。考えがおぼつかなくなってしまうのも無理は無い。
しかし、その三人よりも、もっと動揺していた者がいた。
人工種イカ科レイパーだ。
三人がその事実に気が付き、それに疑問を覚えた瞬間――のっぺらぼうの人工レイパーは、錫杖の底を地面に叩きつける。
先端にあるリングがシャン、という音を立て、地面に大きな魔法陣が出現する。
そこから伸び出てくる、巨大な蔦の形状をしたエネルギーウィップ。
それを振り回し、離れている雅を除き、希羅々達を薙ぎ払いにかかった。
――人工種イカ科レイパーごと。
迫りくる巨大なエネルギーウィップを、全員が何とか回避。
人工種のっぺらぼう科レイパーは魔法陣を消すと……何故か、人工種イカ科レイパーの方へと走り出す。
人工種イカ科レイパーは、腕を伸ばして人工種のっぺらぼう科レイパーを迎え撃つも、のっぺらぼうは錫杖で相手の腕をいなし、一気に距離を縮めていく。
戦い始める、二体の人工レイパー。
それを見た三人が、目を丸くする。
「えっ? な、何でっ?」
「分かりませんが……これはチャンスではありませんのっ? 同士討ちしてくれれば――」
「いや、駄目だ! 下手すりゃ、イカの人工レイパーが殺されちまうぞ!」
険しい顔で叫ぶセリスティア。
戦況は、人工種のっぺらぼう科レイパーの方が明らかに優勢だった。人工種イカ科レイパーが殺されてしまえば、久世への手掛かりを失ってしまう。
何より自分達の役目は、人工レイパーを殺すことでは無い。倒すことだ。人殺しを見逃して良い道理は無いのである。
「くっ……仕方ねえ! イカの方を助けつつ、あっちののっぺらぼうを――」
と、セリスティアが、未だ痺れて動けない雅を担ぎながらそこまで言った、その時。
人工種イカ科レイパーが、口から大量の墨を吐き出した。
辺りを覆い出す黒い煙幕。
雅を抱えたセリスティアは、この隙に、物陰へと雅を運ぶ。
「ミヤビ! ここ隠れてろ!」
「す、すみません……動けるようになったら、すぐ行きますから……!」
顔を顰める雅に、セリスティアはコクンと頷くと、その場を去っていく。
それと同時に、のっぺらぼうの人工レイパーが錫杖を振る。しゃりんと涼しい音を立てると同時に、煙幕をエネルギーウィップが吹き飛ばした。
ジリジリと後退する、人工種イカ科レイパー。
目晦ましして逃げようと思ったが、のっぺらぼうにはそれが通用しないと分かり、打つ手がなかったのである。
そして、人工種のっぺらぼう科レイパーが、錫杖を掲げた刹那。
「――ッ?」
突然フラっとしたかと思えば、片膝を付き、錫杖を落として頭を抱える。
まるで頭痛を抑え、声にならない叫びをあげているような動きに、唖然とする希羅々とセリスティア、そして人工種イカ科レイパー。
物陰から様子を伺っていた雅も困惑する。
だが、次の瞬間。
のっぺらぼうの人工レイパーの顔に、口をすぼめ、ほっかむりを被った男の顔……火男のお面が出現すると、その口から勢いよく、火炎放射を放った。
狙いはセリスティア達……ではない。
辺り一帯に、炎を撒き散らす人工レイパー。
使われなくなった倉庫の中には、木材等の燃えやすいものも多く置かれている。
さすれば必然、
「おいてめぇ馬鹿野郎!」
「なんてことをっ?」
「あ、あわわっ!」
「ッ?」
炎に包まれる倉庫内。
混乱する一行。
その隙に、人工種のっぺらぼう科レイパーはよろめきながらも、どこかへ立ち去っていく。
「ま、待てっ!」
「ほっとけミヤビ! ここから逃げる――って、おいキララ! どこ行くっ?」
「え? って、駄目です希羅々ちゃん! 戻って!」
燃え盛る倉庫。にも拘らず奥の方へと走り出した希羅々に、セリスティアと雅は青褪めた。
「お二人は先に行っていて下さいまし! 必ず戻りますわ! ほら、イカの方が逃げますわよ!」
セリスティアの声に振り向いた希羅々が指差した方を見れば、人工種イカ科レイパーも、外へと向かって一目散に走り出していた。
だが、そっちよりも希羅々の方が大事。
セリスティアは希羅々を追いかけようとしたが――次の瞬間、上から鉄骨が落ちてくる。
轟音を立てて地面に叩き落ちる鉄の塊に足止めされ、希羅々の姿はもう見えない。
「ち、ちくしょう!」
セリスティアは唇を噛んでから、そう叫ぶと、雅を抱え、出口へと走る。
「ま、待ってください! まだ希羅々ちゃんが――」
「うるせぇ! このままだとお前も焼け死ぬぞ!」
「き、希羅々ちゃぁぁぁあんっ!」
担がれた雅の声が、焼かれていく倉庫に空しく響き渡るのだった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




