第298話『隠家』
人間を人工レイパーに変える薬。
そのバイヤーが見つかったと、レーゼから知らせがあった。
きっかけは、葛城――『アサミコーポレーション』の元専務で、久世の仲間だった男――だ。
少し前まで警察病院にいた彼だが、体調もある程度回復したことで、改めてきちんとした取調べが行われた。
そこで葛城が、自分以外のバイヤーの存在を白状したのだ。そして、そのアジトの場所も。
葛城が偶然知った情報ということで、未だバイヤーはそのアジトを使っている可能性が高い。
そしてアジトはいくつかあり、手が必要。
そこでレーゼが、皆に助けを求めたのである。
皆で手分けをして、バイヤーを捕まえようというのだ。そのバイヤーの中には、あののっぺらぼうの人工レイパーに薬を売った者もいると思われた。
そういう訳で雅とセリスティアは、美の里公園から南東……江南区の鵜ノ子にやって来ていた。
江南区の外れにある倉庫が、敵のアジトとのことだ。
時刻は午後三時二十分。
倉庫まで、歩いて後十分といった辺りにて、
「あ、いた! 希羅々ちゃーん!」
「大声で希羅々ちゃん言うな! ですわ!」
雅とセリスティアが、先に待っていた少女を見つける。
ゆるふわ茶髪ロングの少女、桔梗院希羅々だ。
レーゼからは、希羅々と合流して、一緒に倉庫へと向かうように指示があった。そこで、途中で待ち合わせすることにしたのである。
「わりぃ、待たせたか?」
「いえ、私も今来たところですわ。ところで――」
希羅々は怪訝な顔をして、二人の体に視線を落とす。
「なんですの、その服は? アジトに潜入するから着てきた……という訳ではなさそうですわよね?」
「これですか? 実はですね――」
雅が、今日一日のことを掻い摘んで説明すると……希羅々は呆れたように溜息を吐く。
「無粋ですわよ、全くもう……。しかし意外ですわ。ファルトさんも付き合うなんて」
「いや、俺はミヤビのお目付け役っつーか……妙な事したら力づくで止めるつもりでだな……」
「……それで? どうでしたの?」
「……ん?」
「いえ、ですから……あの二人、上手くやれていまして?」
「ええ。それはもうバッチリでした!」
グッとサムズアップしてみせる雅に、希羅々は「なら良かった」と呟いた。
「なんだ、キララも気になってたんじゃねーか」
「先日の一件は、私の耳にも入っていますし。べ、別にいいではありませんの、気にするくらい」
少し顔を赤らめてそっぽを向く希羅々に、雅とセリスティアもクスリと笑みを浮かべる。
すると、
「あれ? 希羅々ちゃん。それ、何ですか?」
雅が、希羅々が手の平で転がして遊んでいる『それ』を見て、尋ねた。
彼女がこんな風に手悪戯をしているところは、初めて見た。
希羅々は「あぁ、これですの?」と言うと、『それ』を雅とセリスティアに見せる。
「これ、指輪か? お前らがいつも着けているやつと、同じように見えるが……」
「ファルトさん、正解ですわ。私達がアーツ収納に使っている指輪……まさにそれですのよ」
「んん? でも希羅々ちゃん、既に着けてますよね?」
希羅々の右手の薬指……そこには確かに、いつも希羅々が着けている指輪が嵌められていた。そこに、彼女の使うレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』が収納されているはずだ。
雅の質問に、希羅々はふふんと得意気な顔をする。
「ちょっとした秘密兵器……とでも言いましょうか? 私も、そろそろレベルアップが必要ですし」
***
「ここか?」
「ええ、マーガロイスさんの情報によると、ここのはずですが……」
「……バイヤー、いるんですかねぇ?」
倉庫に来た三人は、揃って首を傾げる。
確かに、密かに何かをするには打って付けのように思えるが、それにしては人の気配が無さすぎる気がした。
葛城が捕まったため、念のため引き上げたのだろうか。
「……外れ引いちまったかな? まぁ、しゃーねぇか。取り敢えず調べんぞ」
セリスティアの言葉に、無言で頷く雅と希羅々。
しかし、どこから入れば良いのか……入口は、当然の如く鍵がかかっている。雅と希羅々が頭を悩ませていると――セリスティアの腕に着いた小手が肥大し、銀色の爪が生える。
彼女のアーツ『アングリウス』だ。
そしてセリスティアの目は、鍵のかかった扉へと向けられており……二人の顔が、強張った。
「あ、あの、セリスティアさん?」
「二人とも、ちょっと下がってな」
「お待ちになって? もっと冷静にですね――」
「大丈夫、任せとけって」
一旦落ち着いて、と雅と希羅々が言う前に。
「おぅらっ!」
セリスティアの剛腕が振るわれる。
爪が扉を抉り、重々しい響きと共に吹っ飛ばされた。
あんぐりと口を開き、冷や汗を浮かべる雅と希羅々。
そんな二人に、セリスティアは「よし、行くぞ!」と言って、中に入っていくのだった。
――五分後。
「……ちっ、やっぱもういねぇか」
薄暗い倉庫の中を調べる三人。
しかし奥まで行っても誰も見つからず、セリスティアは憮然とした顔になる。
「まぁまぁセリスティアさん。何も手掛かりが無いわけではありませんし」
雅は辺りを見回して言う。
今三人がいるのは、物置として使われていたと思わしき部屋。
棚が並んで列を作っており、段ボールがいくつも置かれている。
中を見れば、証拠となりそうな物品の数々。慌ててトンズラしたからか、これらを隠す時間は無かったのだろう。
これを調べれば、ここにいたバイヤーに繋がるものも見つかりそうだ。
「それにしても、入口は整理されておりますが、こっちはひどいですわね……」
部屋の奥まで来た希羅々は、苦い顔になる。
棚に収まりきらなかったからか、ダンボールが煩雑に積まれ、山になっていた。
それも地震で崩れたかのような、そんな有様だ。
「ま、しゃーねぇさ。一つ残らず持って帰りたいから、レーゼ達に連絡――って、おいキララ。指輪、ちゃんと着けておけよ。下手すると落っことすぞ」
セリスティアが、希羅々の左手を見て渋い顔をする。
秘密兵器と称していた指輪を嵌めていないのが、セリスティアには不用心に思えたのだ。
「これは失礼。ただ何と言うか、左手に指輪があるというのが、未だ慣れませんのよ……」
「あのなぁ……それだと――」
いつになっても慣れねぇぞ、と言いかけた時だ。
崩れたダンボールの山の中が弾けたと思ったら、中から誰かが飛び出してきた。
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