第297話『黒葉』
「私ね、友達が少ないの」
午後二時三十九分。
ショッピングモールから少し歩いたところにある美の里公園にて。
ラティアと一緒にベンチに腰掛け、二人揃ってカップアイスの蓋を開けたところで、四葉がそう言った。
「昔から、人と交流するのが苦手で……あなた達と知り合う前は、二、三人……いえ、今でも付き合いがあるのは一人だけね。それだけしか友達がいないのよ」
四葉はアイスにスプーンを突き刺し、ひと欠けら口に放り込む。
九月限定の、マロン味だ。
口の中を突き刺すような冷たさが覆い、その後すぐに、栗の香ばしさをまろやかにした甘い風味に包まれた。
「母もちょっと刺がある性格だから、あまり仲の良い人がいなくて……そんな私達に囲まれて育ったからかしら? 妹……黒葉も、学校で友達がいなかったの」
性格がキツかったという訳では無い。ただ表情が薄く、口数が少ない子だった。大人しい子……と言えば聞こえはいいだろう。
しかし黒葉は体が弱く、学校を休みがちだった。
そうなると、どうしても友達グループというものに入れない。いじめられているという訳ではないが、孤立していた。
「友達がいないから、学校が終わると真っ直ぐ家に帰って来て……それは私も同じ。だからだと思うけど、私と黒葉って、よく一緒に遊んでいたの」
もうひと欠けらアイスを口に入れ、昔を懐かしむように空を仰ぐ四葉。
「自分で言うのも難だけど、仲の良い姉妹だったと思う。黒葉は私や母なんかよりも穏やかな子で、思いやりのある子だったから、喧嘩とかも殆どなかった」
厳しめの両親から生まれたとは思えない、そんな優しい子だったと四葉は思う。
何か嫌なことがあり、つい周囲にキツく当たってしまうことは誰にでもあるだろう。四葉も例外ではなく、その当たる対象が黒葉だったということも、残念ながらあった。
そんなことをされても黒葉は怒るどころか、四葉の話を聞こうとしてくれるような、そんな子だったのだ。
ウラ行きの船でのラティアのように、飲み物やアイスを持って……。
「黒葉はインドア派だから、一緒にWaytubeを見たりゲームしたり、本を読んだり……そんな風に過ごしていたわ。それで偶に、今日みたいに一緒に出掛けたり……そう言えば黒葉と遊びに出る時は、今日みたいなショッピングモールじゃなくて、映画館とかカフェとか、そういったところだったけどね」
そこまで言ってから、ふと四葉は思う。
誰かと一緒に服屋を回るなんて、今日が初めての経験だった。黒葉と遊ぶ時は、選択肢に出えなかったチョイスだ。
そして、四葉はラティアが食べているアイスを見つめる。ラティアが食べているのは、四葉と同じマロン味のものだ。
「ラティアは、私と一緒の味を選んだのよね。……黒葉は、バニラが好きなの」
考えてみれば、当たり前のこと。
「見た目は勿論違うけど……雰囲気とか、ちょっと体が弱そうなところとか、思いやりのあるところとか……ラティアは、黒葉に似ているところがいっぱいあるわね」
でも、と四葉は続ける。
「アイスの味の好みとか、何して一緒に遊ぶかとか……同じくらい、黒葉とは違うところがある。やっぱりあなたはラティアであって、黒葉じゃない」
どうして今まで気が付かなかったのだろうかと、四葉は思う。
こうして一緒に過ごしてみて、改めて分かったのだ。心底、自分が愚かだと痛感した。
「ごめんなさい……勝手に妹と重ねて、避けてしまって。ラティアをラティアだと思ってあげられなくて。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
そこまで呟いた、その時。
「……ラティア?」
スッと、ラティアは四葉にくっつく。
言葉が話せないラティアには、これしか伝える手段が無かった。
もう謝る必要は無いのだと。
四葉の気持ちも、妹と重ねる想いも、何もかも……全部、受け止めてあげるのだということを。
伝わる温もりに、四葉は思わず、唇を噛む。
この時四葉は、やっと赦されたような、そんな気がした。
***
「良かった……二人とも、仲良さそうですね」
「おい、あんま身を乗り出すな。見つかんだろうが」
物陰から四葉とラティアを見つめる、二人の人影。
雅とセリスティアだ。
変装した二人は、今日一日、離れたところから二人の様子を伺っていたのである。
仇は討ったとは言え、四葉の中で『黒葉とラティアが似ている』という事実は未だに残っているだろう。その上ラティアは喋れないから、何かトラブルにならないかと心配していたのだが……杞憂だったようで、雅はホッと胸を撫で下ろす。
雅に注意しつつも、安堵したというのはセリスティアも同じ。
セリスティアも、四葉がラティアを避けているということには、何となく気が付いていた。事情を聞いた時も驚きはなく、「やっぱりか」と納得したくらいだ。
「ま、これでおめーも満足だろ。そんじゃ、帰んぞ。邪魔しちゃ悪い」
「えー? どうせなら、最後まで見ていきません? この後どこに行くんだろ?」
「おいおい……」
と、その時だ。雅のULフォンに、着信が入る。
「あ、レーゼさんからです。――もしもし?」
『ミヤビ、仕事よ! ちょっと向かって欲しいところがあるの! 人工レイパーに変身する薬を売っていた奴のアジトが見つかったわ!』
「ええっ?」
レーゼの言葉に雅が驚きの声を上げたことで、セリスティアも事態を把握したらしい。
そして、レーゼの説明が始まった。
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