第296話『服巡』
デート開始から一時間半。
新潟市江南区にある、大型ショッピングモールにて。
友達と一緒に遊んだことなんて、殆ど無い四葉。
勿論、デートの経験なんて無い。
喋れず、文字の読み書きも出来ないラティアがどこに行きたいのかは分からない。色々なお店が入っているここを選んだのは、そのためだ。亀田の辺りはラティアも来たことが無いと雅から聞いていたので、ここなら新鮮味もあるだろう。
……と、思ったのだが。
(ここで大丈夫だったのかしら……?)
ラティアと一緒に通路を歩きながら、心の中で四葉は首を傾げる。
あちこち色々なお店を見て回っているが、ウィンドウショッピングばかりで中に入る様子は無い。
一度、アクセサリショップで足を止めたのだが、それもほんの僅か。
(よく考えれば、ショッピングはお金がかかる。今日の費用は全部私持ちだし、もしかして気を遣われて……)
今からでも他の場所へと行くべきか、と困っていたが、そこでふと、ラティアが足を止める。
クイクイと手を引っ張られ、ラティアが指差したのは……レディース専門のアパレルショップ。
しかし、どう見てもラティアが着られるようなサイズの服は置いていなさそうだ。
どうやらラティアは、四葉に合いそうな服を探して、今まで色々回っていたらしい。
「い、いやラティア。私は別に……」
やんわり拒否しようとした四葉だが、ラティアに引っ張られ、服屋に入っていく。
いくつか服を手に取ると、四葉の体にあてがい、少し悩んでからまた別の服を手に取る。
無表情ながらも、その様子は中々に楽しそうだ。
「ラティア、雅達とはこういうことはするの?」
四葉の質問に、ラティアはフルフルと首を横に振る。
そして自分の体に服を当てる。
それで、ラティアの言いたいことは何となく分かった。
「成程……こういうお店に来ても、皆あなたの服ばかり見るのね」
その言葉に、ラティアがコクンと頷く。
皆、ラティアが可愛いから着せ替え人形にするのだが、ラティアが服を選ぶ側に回ることは無かった。
一度、その選ぶ側に自分もなってみたかったのである。
四葉はスタイルが良いから、どの服をあてがっても似合う。ラティアとしても、選び甲斐があった。
その後も、色々とお店を回りつつ、四葉に似合いそうな服を選んでいくラティア。
いくつかは実際に試着させられた。
(こ、これで良いのかしら? ……ま、まぁラティアが楽しいならそれでも良い……か?)
普段の自分なら絶対に着ないであろうフリルの付いた服やスカートを持たされ、試着室へと押し込まれながら、四葉はそんなことを思うのだった。
***
「ラティア、私の服ばかり見ているけど、本当に良いの?」
午後二時十八分。
お昼ご飯を食べた後も、服屋巡りは終わらない。
あちこちのお店に入っては、ラティアは四葉の服を選んでいた。ラティアのセンスは中々良くて、四葉はついいくつかの服は買ってしまったのだが、冷静に考えてみると、これでは誰のためのお出かけなのか分からない。
ラティアがしたいなら……と思ったのだが、それでもずっとそんな調子では、本当に彼女が自分のやりたいことをやれているのかと不安になったのだ。
ラティアは四葉の言葉にキョトンとするも、すぐに頷く。
そんな反応をされては、それ以上何も言えない。
チラっと、四葉は手に持った紙袋を見る。
(自分の服ばかり選んでもらうのも……と思って、一応ラティア用に買ったものもあるけど、何時渡そうかしら? サプライズ的に買ったものだから、タイミングが重要よね)
と、あれこれと悩んでいると、ふと四葉はラティアがお店では無いところに目を向けていることに気が付く。
ラティアの視線の先には……二人の少女の姿。
片方は中学生くらいで、もう片方は小学生くらいの歳頃だ。
雰囲気から察するに、姉妹だろう。二人とも談笑し、手を繋いで歩いている辺り、すこぶる仲が良さそうだ。
そんな彼女達を少しの間見つめた後、ラティアは四葉の方へと顔を向ける。
目が合った四葉は、黙り込む。
ラティアの目が「黒葉のことを教えて欲しい」と言っているのが、分かってしまったからだ。
悩む四葉。ツーっと、冷たい汗が頬を伝う。
黒葉のことは、前に謝罪に伺った際に、ちょっとだけ話をしていた。雰囲気が似ていること等は、ラティアも知っていることだ。
だが、今ラティアが聞きたいのは、そんな浅い話では無いだろう。
自分と黒葉がどのような姉妹だったのか……彼女が望むのは、そう言う『昔話』なのだと思った。
黒葉のことをラティアに話すのは、罪悪感や気恥ずかしさ等が入り混じり、中々に勇気がいることだ。
だが――
「……ここじゃ難だし、静かな場所に行きましょ。バイパスの向こうに小さいけど公園があったから、そこで。アイスでも食べて、ね」
四葉は選ぶ。
ラティアにきちんと、話をすることを。
フードコートにはアイスも売っているが、四葉は敢えて、一階の食料品売り場へと向かう。
黒葉が好きだった、カップアイスを買うために。
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