第295話『迎上』
九月十五日土曜日。午前八時五十五分。
束音家に、チャイムの音が鳴り響く。
リビングのソファに座っていたラティアが、その音に反応し、誰よりも先に玄関へとダッシュ。
おめかししたラティア。その顔は無表情だが、足取りや仕草から、どこかワクワクソワソワしているのは明らかだった。
「っと、ラティアちゃん! 走ると危ないですよぉ!」
キッチンで洗い物をしていた家主、束音雅。彼女はさっと手を拭き、エプロンを外してラティアを追いかける。
雅が廊下に出るのと、ラティアが家の扉を開けるのは同時。
そこにいたのは――
「お、おはよう、二人とも。そんなに急がなくても良いのに」
ハーフアップアレンジがなされた、黒髪ロングの少女、浅見四葉である。
ブラウンのチェスターコート姿という、ややフォーマルな格好の彼女。よく見ると薄ら化粧をしている。
かっこいい美人、という感じで、雅もラティアも思わず見惚れてしまう。
「……化粧、やっぱり変かしら? 実は初めてで」
「いえいえ! すっごく素敵です!」
雅の言葉に、コクコクと頷くラティア。
「そっか。なら良かった。本当はすっぴんで来るつもりだったけど、お母さんが『少しくらい顔を整えなさい』って言って、半ば無理矢理……」
そんなことを言いつつも、四葉の顔は少し嬉しそうだ。
お洒落したラティアと四葉。
二人は今日、一緒に出掛けるのだ。
事の始まりは、九月十日の月曜日。
四葉と、四葉の母親の杏が、ラティアの元に謝罪に訪れたことだった。
その二日前に、四葉は妹の仇討ちを成功させたのだが、その事件の際、四葉は自分の無謀な行いが原因で、ラティアに怪我をさせてしまった。
怪我をさせてしまったこと以外にも、謝らなければならないこと――ラティアに黒葉のことを重ね合わせ、避けてしまっていたことだ――がある四葉。
それら諸々について正式にお詫びを 二人揃ってやって来たのである。
その辺りのことについて、ラティアは特に気にしてはいない様子だったが、なあなあで済ませるのはあまりにも申し訳なかった四葉は、せめて何かしらの形で罪滅ぼしをさせて欲しいと頼んだのだ。
とは言え物やお金での償いは、ラティアも望まない。
あれこれと話をしていたところ、ラティアが四葉と一緒に遊びたい様子だったので、デートすることにしたのである。
「やけに静かね。ライナ達は?」
「ライナさんはパトロールってところですかね? レーゼさんとミカエルさん、ノルンちゃんも一緒。のっぺらぼうの手掛かりを探してます。ファムちゃんとシャロンさんはまだ寝ていて、セリスティアさんはランニング中ですね」
「そっか。なら、これ」
そう言って差し出された大小二つの紙袋の中には、お菓子の箱。
それも、そこそこお高いお菓子だ。
「あはは、そんな気を遣わなくていいのに。でも、ありがとうございます」
「手土産の一つも無しに、人の家なんて訪れないわよ。……因みに小さい方は、ライナに渡して。何度か戦闘訓練に付き合ってもらったから、そのお礼なの」
「オッケーです。渡しておきますね。でもライナさん、四葉ちゃんの会社に行くたびに色々貰っていたみたいですけど、良いんですか?」
「それは会社から。こっちは私個人としての御礼よ」
「流石社会人。しっかりしていますねぇ」
そんな雑談をしていると、四葉の袖を、ラティアが控えめにクイっと引っ張る。
四葉をジッと見つめるその目は、「早く行こう」と訴えかけていた。
「おっと。長話が過ぎたわね。――じゃ、行ってくる。帰る前に、雅に連絡いれるから」
「よろしくお願いします。それじゃあ二人とも、今日は楽しんできて下さいね!」
雅の言葉に、ラティアが無表情のまま、やんわりと敬礼する。
四葉がクスリと笑みを零し、ラティアの手を引いて出発した。
二人が少し離れたところで――雅は猛ダッシュで自室へ戻り、速攻で着替えて再び外に出てくる。
キャペリン――ツバの広い帽子だ――にサングラス、そして黒いトレンチコート。
雅がニヤリと笑みを浮かべた、その時だ。
「おい」
「っ?」
呆れた声が後ろから聞こえてきて、跳びあがる雅。
振り向けば、赤髪のミディアムウルフヘアーの女性がジト目を向けて立っていた。
首筋に汗を流す彼女は、セリスティア・ファルト。
セリスティアは雅の格好と、遠くを歩く四葉とラティアを見て、雅が何をしようとしているのかすぐに分かった。
「お前なぁ……」
「いや、だって気になるじゃないですかー。大丈夫! 邪魔はしません! 遠くから眺めるだけです!」
後生だから見逃してくれ、という声色の雅に、セリスティアはやれやれと溜息を吐く。
ここで止めたところで、目を盗んで尾行しに行くのは想像に難くない。
「……ちっと待ってろ。俺も着替える」
「えっ? セリスティアさんも来てくれるんですかっ?」
「おめーみてぇに尾行目的じゃねーぞ。なんかやらかさねーか、お目付け役だ」
勘違いすんなよ、と威圧するが、雅は全く意に介さないのであった。
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