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季節イベント『酒溺』

「そう言えばミカエルさん、お酒はありませんけど、もしかして飲みたかったですか?」


 八月三日金曜日……相模原優の誕生日会の時のこと。


 優がふと、そんなことを尋ねる。


 日本では、お酒は二十歳になってから。故に特に深く考えずにソフトドリンクばかりテーブルに並べたが、ミカエルは大人だ。それに、レーゼ達異世界組の面々の大半は就職済みである。お酒を飲んでよい年齢も違うと思われた。


 事実、国によっても違うが、異世界では概ね十五歳以上ならお酒が飲めることになっている。


「お酒ねぇ。まぁ付き合い程度には嗜むけど、流石に子供達の前では飲まないわ」

「ほぅ、感心じゃな」


 横から入って来たのは、ポンパドールの幼女、シャロン・ガルディアルだ。


「酒などいらん。自制できん者が多すぎるでの。悪酔いされたら面倒じゃ」

「シャ、シャロンさん……昔、お酒絡みで何かありました?」


 シャロンの言葉にふつふつとした鬱憤のような色を感じ取り、優もミカエルも苦笑いを浮かべていた。


 シャロンは優の言葉にふんっ、と鼻を鳴らすと、口を開く。


「まぁちょっとだけ。なんか色々思い出してきたのぉ。……二人とも、少し付き合え。これは儂が百歳になる前の話なんじゃが――」




 ***




 忘年会。


 年の瀬に、その年の慰労を目的として行われる宴会のこと。


 異世界にもそういった文化はあり、そしてそれは竜の世界でも同じであった。


 竜の世界では、お酒は五歳から飲んでも良いことになっている。人間に比べ、肝臓や脳はアルコールに強く出来ているからだ。


 最も、酔っぱらうのは人と変わらない。


 故に、色々と面倒ごとも起きるというもの。


「…………」


 ドラゴナ島の、とある洞窟の奥。


 そこに大勢集まる、竜。全員が人間の姿だ。


 当時八十七歳のシャロンは、洞窟内に響く爆音のようなドンチャン騒ぎに白目をむいていた。


「ねぇー! シャロンちゅわぁん! うぇーい!」

「あうあうあうあああ」

(な、何故儂がこんな目に……)


 見知らぬ竜人にグワングワンと体を揺らされ、シャロンは遠い意識でそんなことを考える。


 ひょんなことから忘年会への参加が決まり、断ることも出来ずに渋々参加したシャロンからすれば、ここは地獄も良いところ。


「ちょいちょいシャロンちゃーん! お酒飲まないのー? ほらほら乾杯しよーよー!」

「あ、姉上……ちと飲み過ぎじゃ」

「へーきへーき! まだ一杯目でぇーす!」

「そんな訳なかろうに!」


 脇からグラスを片手に絡んできたのは、何かと色々お世話になっている年上の竜。見るからにベロンベロンに酔っていた。シャロンは『姉上』と呼ぶ程に慕っているが、そんな彼女もお酒が入ればこのザマだ。


 竜の宴会には、つまみなんて物は無い。酒さえあれば良いのだ。この洞窟内にも、アホ程大量の酒瓶やひょうたんがある。これを、一夜で全部飲み切ろうというのだから、竜達がこんなになるのは至極当然と言えた。


 最も、この場で酔っぱらっていないのは、シャロンくらいなものだろう。


 宴会騒ぎは数あれど、年末年始の飲み会は特に羽目を外す竜が多い。


 洞窟の脇には、既に酔いつぶれた竜が屍の如く眠りこけており、まだまだ元気なものはひたすらに酒を飲み、大きな声で騒いでいる。これが竜の忘年会のいつもの光景だ。


「はーい! そんじゃわたしぃ! シャロンちゃんと一緒に一発芸やりまーす!」

「や、ちょ待って姉上――」


 そんな話は聞いていないと上げたシャロンの抗議の声は、周りの歓声にあっという間にかき消される。


 ヤバい、すぐに逃げねば――シャロンが身の危険を悟った直後、姉上に足を掴まれたシャロン。


 そのままグルグルと振り回される。


「ちょちょちょちょちょぉ!」

「うぇーい! 竜・人・大・砲ぉぉぉお!」

「わぁぁぁとんでくぅぅぅうっ?」


 放物線を描いて飛んでいくシャロン。全力で放られた彼女が向かう先は、洞窟の外。


 しかしこの時、シャロンはどこかホッとしていた。


 このまま逃げてしまえば、あの酔っ払い達は自分のことなど綺麗さっぱり忘れてくれるはずだ。そう思ったのだ。


 何とか空中で体勢を整え、上手く地面に着地するシャロン。


(よし、さっさと――)


 だが、


「おぉ! 飛んだとんだぁっ!」

「はぁっ?」


 背後から突然声が聞こえて、そちらを見れば姉上の姿。


 飛んでいったシャロンを追ってきたらしいが、それでも驚異のスピードだ。


「ええい来るな姉上! 儂は逃げる!」

「やぁ! もう一回やるぅ!」

「おわぁぁぁあっ!」


 再び竜人大砲されるシャロン。今度は一直線に、洞窟の中へと放り込まれた。




 ――それから一時間後。宴会はまだ終わらない。終わらないどころか、これからが本番といった雰囲気すらある。


 あの後、色んな竜に絡まれ、お酒も飲んでいないのに眩暈がしてきたシャロン。


 そう、シャロンはお酒を飲んでいなかった。五歳から飲めるはずだが、酔いつぶれる醜態を見せるのが怖くて、今まで飲んだことすらなかった。


 他の竜が、それを放っておくはずがない。


「ねぇねぇシャローン! 飲みなよぉ!」

「ちょ、飲まん飲まん! 飲んだら収集付かなくなるじゃろう!」

「ほらほらグイっといっちゃえってぇ!」

「シャローン! 飲めよぉ!」

「いや、儂は――」

「ほいよこれでイッキィ!」

「馬鹿お主、一気なんぞもっての外じゃ――って、なんじゃそりゃぁっ?」


 迫る大きなひょうたんに盛大に顔を強張らせるシャロン。


 だが現実は非情だ。


「おぉらぁぁぁあっ!」

「むぐっ?」

(苦っ? な、なんじゃこれっ? あ奴ら、こんなものをガブ飲みしておったのかっ?)


 竜からすれば、まだ子供のシャロン。お酒の味を楽しめるような舌では無い。


 その苦さと、頭や体全体が火照る感触に、すぐにフラフラしてきた。


「しゃおらぁっ! このまま二次会行こうぜワゥゥゥゥ!」

「空の散歩じゃぁっ!」

「ちょ、お主ら、待て――」


 勢いづいた酔っ払いに、最早どんな抵抗も意味をなさない。


 あっという間に大人数に抱えられ、空へと飛んでいくシャロン。


「や、ちょ……やば、吐きそ――」


 青い顔をしたシャロンの空しい声は、他の竜のバカ騒ぎの声に、あっという間に埋もれてしまうのであった。




 ***




「そんで気が付けば、儂は海の真ん中で大の字になって浮かんでおった。周りには他の竜も同じような感じでの、どいつもこいつも二日酔いでダウンじゃ」


 時は現代。シャロンはそこまで話をすると、当時を思い出したのか辟易とした表情になる。


「そしたらバカでかいクジラが出てきおって、もう大惨事じゃ。儂ら、餌と間違えられて飲み込まれそうになってのぉ……」

「え? 大丈夫だったの?」

「儂とギリ動けた者達で、未だ爆睡しとるアホ共を抱えて必死の逃走じゃ。傍から見ればみっともないことこの上なかったじゃろうな。――よいかお主ら、お酒は適度に楽しくじゃぞ」

「えー、そんな説教臭い……。でもお酒か……」

「あら、ユウちゃん興味あるの?」


 ミカエルの質問に、優は答える代わりに視線を別の方へと向ける。


 その先にいるのは、雅だ。今はライナにセクハラしようとして、レーゼや希羅々に叱られていたところであった。


 そんな親友の姿を見て、苦笑いを浮かべる。


「……みーちゃんがお酒を飲んだ後の対処法、今から考えておかなきゃかも」

「あー……」

「あれはやらかすタイプじゃな……」


 その光景は、ありありと思い浮かべられる。


 優に釣られ、ミカエルとシャロンも苦笑いを浮かべるのであった。

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