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第33章閑話

 九月八日土曜日。午後三時五十五分。新潟市中央区稲荷町にある墓地。


 からりと晴れた空の下、数多ある墓石の一つ……浅見黒葉のお墓の前に、二人の女性がやって来ていた。


 浅見四葉と、その母親の杏だ。


 二人がここに来た目的は、ただ一つ。


 黒葉を殺した仇……人型種狐科レイパーを倒したことを、報告するためだ。


 墓前に紫色のアゲラタムの花が供え、手を合わせる四葉達。


 お参りをする四葉の頭の中は、ただひたすらに、妹の冥福を祈る言葉のみ。溢れんばかりの想いはあれど、それを上手く言葉に出来る語彙力を、四葉は持ち合わせていなかった。


 どれくらいの時が経っただろうか。


「……四葉。あなたには、辛い役目を背負わせてしまったわね」


 杏が、ふとそう呟く。


「マグナ・エンプレスは、老いた私には扱えない……。だから四葉に頑張ってもらわないといけなかったわ。でもそのせいで、あなたの大事な時間を奪ってしまうことになった……」

「私が望んだことよ。お母さんが気にすることじゃないわ」

「あなたに犯罪までさせてしまった……。私は、母親失格よ」


 三日前、この場所で四葉からサルモコカイアの廃液が詰まったスピッツを見せられた時、杏は頭から氷水を掛けられたような気持ちがした。


 杏が直接、四葉にこんなことをしろと命じた訳では無い。あの一件は、ほぼほぼ四葉の独断である。それでも、四葉が何故そんなことをしたのか……その理由を考えれば、自分に非が無いと思う程、杏は無責任な親では無かった。


 しかし、四葉は首を横に振る。


「私が勝手にやったことよ。お母さんが気に病むことじゃないわ。……色々あったけど、少年院に送られるわけじゃなさそうだし」


 警察署からサルモコカイアを盗み、使用した罪は大きい。一方、ずっと逃げ回っていたレイパーを撃破した功績も大きい。


 窃盗が初犯であり、四葉も深く反省している点。レイパーを撃破した後、自首しにいった点。盗んだサルモコカイアも、すでに返却している点。何より、四葉はまだ十六歳であり、未成年である点等を諸々鑑みると、恐らくは家庭裁判所に送致された後、不処分となると思われる。


「お母さんがいつも頑張ってくれていたのは知っている。だから私の手で、ちゃんと黒葉の仇討ちが出来たの。お母さんが、私の母親で良かったって本当に思っているわ。……でも、私のせいで傷つけてしまった人がいる」

「ラティアさんね?」

「ええ。あの娘には、またきちんとお詫びしたい」


 今日の午前中、四葉は雅と杏と一緒に、入院中のラティアに謝りにいった。ラティアは別に怒っていたわけでは無かったが、それでもやはり、謝罪するだけでは四葉の気が済まない。ラティアが退院した後で、きちんとお詫びをしようと思っていた。


「四葉、あなたはこれからどうしたい?」

「……今は、のっぺらぼうの人工レイパーを追うわ。そして久世って奴も捕まえる。人工レイパー絡みの事件は、アサミコーポレーションの社員も関わっているわけだし。信頼回復に努めなきゃね」


 葛城がウラで起こした事件は、既に公になっている。日本国外とは言え、街一つに甚大な被害を与えた悲惨な事件だ。


 アサミコーポレーションの評判も大きく落ちてしまい、それが理由で社員も一割程辞めてしまった。


「……四葉、あなたが気にする必要は無いのよ? 今からでも、高校に編入して――」

「いいの。やらせて」

「でも――」

「お母さん、お願い。……今の会社で、これからも働かせて。のっぺらぼうや久世を捕まえた後も、私、アサミコーポレーションの社員でいさせて欲しい」


 高校に行きたい、という気持ちが無い訳ではない。


 勉強や部活に打ち込み、友達と喋ったり……今なら、そんな生活も楽しめそうだった。


 親友の顔も、脳裏にちらつく。


 だが、


「初めは妹の仇討ちのためだったけど、色々仕事をしていくうちに、やりがいとかも出てきて……お父さんとお母さんが育てたあの会社で、私も出来ることを精一杯やりたいの」


 そう言うと、四葉は改めて、黒葉のお墓を見つめる。


 ギュッと拳を握りしめ、再び口を開くと、


「もう二度と、私達みたいな人間を出さない。黒葉のような目に遭う人を出さない。そのために、頑張りたい」


 力強く、そう告げた。


「……あなたは、私には勿体ない娘ね」

「育ててくれたのは、お母さんよ。ふふ」


 控えめに笑う四葉に、杏も釣られて笑みを浮かべてしまう。


 そんな杏に、四葉も安堵する。


 家族を失い、憎しみに駆られていた母はもういない。昔の母が、やっと戻ってきたのだ。


 自分の復讐が、やっと終わった。


 ずっと背負っていた重い物を降ろした時のような解放感……それに近いものを、四葉は感じていた。


 黒葉に別れを告げ、帰路に着く二人。


 すると、


「あら、珍しい。まだ咲いているのね」


 ふと地面に目を落とした四葉は、微笑を携えそう呟く。


 四葉のクローバーが、柔らかな風に揺れていた。

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