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第293話『嘲笑』

「作戦通りにいくわよ!」

「はい!」


 人型種狐科レイパーを見つけた瞬間、敵の方へと走り出していた四葉と雅。


 四葉は装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』を装着し、雅はライフルモードにした剣銃両用アーツ『百花繚乱』を片手に握っている。既に戦闘の準備は整っていた。


 もし病院にレイパーが出現した場合、ラティアや他の入院患者、医師や看護師達の元からなるべく遠ざけようと作戦を立てていた二人。


 四葉は、わざとレイパーにも聞こえるような声量で雅に話しかけ、雅も敢えて声を張り上げる。


 必然、二人の存在に気が付くレイパー。


 敵も、よもやこんな時間に奇襲を仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。声がした方を向いた時にはもう、四葉の左手の平と、百花繚乱の銃口が向けられていた。


 同時に放たれる、衝撃波と桃色のエネルギー弾。


 慌てて錫杖の柄を地面に叩きつけて魔法陣を創り上げ、そこから緑色のエネルギーシールドを呼び出し、二つの攻撃を防ぐ。


 それにより爆煙が巻き上がると同時に、二人に背を向けて逃げ出すレイパー。


 不測の事態に、一時撤退するつもりだ。


 だが、四葉も雅もそれは想定済み。


 病院の前で戦闘騒ぎになることは、人型種狐科レイパーも避けるだろうと思った。わざと大きな声を出し、派手な爆音まで立てれば、敵を病院から遠ざけることが出来ると踏んだのだ。


 そして――レイパーの逃走ルートも、おおよそ検討が付いている。


 四葉は雅を抱え、空高く飛翔。


 向かう先は、北。さっき二人が会話をしていた、やすらぎ堤だ。


 優一の資料にあった、監視カメラの位置情報を考えれば、レイパーが逃げるとすればそちらに向かうのが合理的だと考えた二人。


 やすらぎ堤まで来たところで、


「いた! あそこよ!」


 四葉が、河川敷を走るレイパーの背中を見つける。


 レイパーは河川敷沿いを北東へと進み、柳都(りゅうと)大橋の方へと逃走していた。


「奴め、やっぱりこっちに来ていたわね! 橋の手前で叩くわよ!」


 このまま河川敷に沿って進んでも、行きつくのは新潟港。信濃川を泳いで渡るのでもなければ、そこから先に道は無い。


 故にレイパーは必ず、橋を渡って新潟島に向かうか、南東に進んで万代町で身を隠そうとするはずだ。どっちに行っても建物が多く、二人を撒くことも容易だろう。


 姿を見失ってしまえば、逃走ルートはある程度予想出来たとて追跡は困難だ。そうなる前に足止めせねばならない。


「四葉ちゃん! もうちょっと近づいてください! 私が何とか動きを止めます!」


 四葉に抱えられた雅が、百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにしながら叫ぶと、四葉は言われた通りに高度を下げる。


 雅の目が、レイパー……の少し先の地面に向けられる。


「はぁぁぁあっ!」


 声を張り、狙いの場所へと切っ先を突き出した直後、空中に出現する巨大な百花繚乱。


 闇夜の空気を斬り裂き、勢いよく地面へと突っ込むそれは、雅がスキル『共感(シンパシー)』で使った希羅々のスキル、『グラシューク・エクラ』。


「ッ!」


 突如向かってくる攻撃の気配に気が付いたレイパーが足を止めた直後、巨大百花繚乱がレイパーの前方の地面を、轟音と共に砕いた。


 巻き上がる土煙。


 刹那、レイパーの背後に着地する雅。そして前方に舞い降りる四葉。


 丁度、レイパーを挟み撃ちにするポジションだ。


「コノラコリノネモ。ヘヌマレラヤトキ!」


 そう叫ぶと同時に、錫杖を構えるレイパー。


 ここなら少しくらい派手に暴れても、人目に付くことは無いと判断したのだろう。先程のように逃げるのではなく、ここで二人を殺すことを選んだ。


 ならば好都合と言うように、戦闘体勢をとる四葉と雅。


 先に動くのはレイパー。


 涼しい音を鳴らして錫杖の柄を地面に叩きつけると同時に、二人の足元に魔法陣が出現し、そこから蔦の形状をした、緑色のエネルギーウィップが現れる。


 このまま四葉達を拘束するつもりなのだろう。保育園の時のように。


 二人は見る。ウィップが出現したところの地面が、みるみる内に色あせていく様を。保育園の入口の地面もこんな様子だった。


 恐らく、大地のエネルギーが吸い取り、このウィップを創り出しているのだろう。


 そんなことを考察出来る程度に、四葉と雅の頭は冷静だった。


 一度見ている攻撃だ。対処方法も分かっているとなれば、慌てることも無い。


 雅が素早く百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、敵の持つ錫杖の先端にあるリングに直撃させる。


 刹那、霧散するエネルギーウィップ。


 それと同時にレイパーへと向かって地面を蹴った四葉。


 一気に敵に接近し、鋭い上段蹴りを放つ。


 だが、


「ちっ!」

「…………」


 重い金属音と共に、彼女の攻撃は、錫杖に阻まれてしまう。


 体重を乗せた蹴りだった。にも拘わらず、レイパーはまるで地面に強く根付いた大木の如く、びくともしない。


 特別な受け方をしている様子は無く、あくまでもレイパーは、四葉のパワーを錫杖で真っ向から受け止めていた。


 細身の体からは、想像も出来ない力だ。


 それでも四葉は怯まない。素早く、次の攻撃に移る。


 素早く敵の背後に回り込み、蹴り。それを錫杖で受け流されれば、顔面への右ストレートを放つ。それも躱されれば、回し蹴り。


 敵に反撃の隙を与えぬよう、次々に攻撃を繰り出していく四葉。


 しかし、レイパーはその全てを、上手く錫杖で捌いていた。


 攻撃を続けながらも、奥歯を噛み締める四葉。徐々に自分の攻撃のタイミングを見計らわれている、そんな気持ち悪さを覚えていた。このままでは、いつ敵に反撃されてもおかしくない。


 その時だ。


 レイパーの体の右に、桃色のエネルギー弾が次々に直撃していく。


 まるで嵐のようなそれは、雅の援護射撃だ。その手には百花繚乱が、二本握られていた。


 一本は、真衣華のスキル『鏡映し』でコピーしたアーツである。一本の百花繚乱のエネルギー弾では大したダメージにならないが、手数を増やせば話は別。


 体に何発もエネルギー弾を受ければ、レイパーがよろめくのも必然だ。


 それでも、レイパーは地面に錫杖の柄を叩きつけ、エネルギーシールドを創り出して雅のエネルギー弾の嵐を防ぐ。


 その隙に大きくその場を跳び退くレイパー。


 二人から距離を取ったレイパーは、素早く錫杖の先端を地面に向けると、今までの比では無い程に大きな魔法陣が出現。


 その瞬間、


「何っ?」

「お、大きいっ?」


 全長十メートル、太さニメートル以上もある、巨大な蔦型のエネルギーウィップが地面から生えてきた。


 レイパーが錫杖を振りかざすと、蔦がしなり、二人を薙ぎ払うように迫ってくる。


 低く唸り声を上げるような空気の音に、本能的に危機感を覚える四葉と雅。


 雅は咄嗟に、セリスティアの『跳躍強化』のスキルを発動させ、大きく跳んでそれを回避。


 しかし、


「ぐぅっ?」

「っ? 四葉ちゃんっ!」


 四葉は避け切れず、巨大なウィップの一撃をその身に受けてしまい、大きく吹っ飛ばされてしまう。


「……ぅ……ぁ……」


 まるで、何百キロもの重さのある鉄球が直撃したのではと錯覚する程の痛み。


 四葉は吐血し、指一本動かせない有様。骨が悲鳴を上げているなんてものでは無い。二、三本は間違いなく折れているだろう。生きているのが不思議な状態だ。


 最早、呼吸をするのもやっと。


「くっ……この……!」


 レイパーの背後に着地した雅は、柄を伸ばしてブレードモードにした百花繚乱で、果敢に敵に斬りかかる。


 四葉は、次に攻撃を受ければおしまいだ。少しでも彼女から意識を逸らすべく、我武者羅に斬撃の嵐を繰り出す雅。


 レイパーは巨大な蔦型エネルギーウィップを消すと、錫杖を操り、雅の攻撃を軽々と受け流していく。


 そして、雅が僅かにアーツを大きく振りかぶり過ぎたその瞬間、


「っ?」


 レイパーの錫杖の柄が、雅の腹部にめり込んだ。


 カウンターの要領で放たれた一撃だ。雅は咄嗟に防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動していたが、それでもこの一撃はあまりにも威力があり過ぎた。


 堪える間もなく吹っ飛ばされる、雅の体。


 その先にあるのは、信濃川。


 雅は肺の中の空気を全部吐き出したような苦しさを覚えたと思った刹那、水飛沫と共に、あっという間に川に沈んでしまった。


 水底に沈んだ雅の行方は分からない。


 だが、浮き上がった百花繚乱が、海の方へと流されながら消えていってしまう。


「……ぅぅ」


 それを、四葉は光を失った目で眺めることしか出来ない。


 そんな彼女を中心に、魔法陣が出現。


 ヤバい……そう思っても、動くことの出来ない体ではどうすることも出来ず、生えてきたエネルギーウィップに、あっという間に両腕と両足を拘束されてしまう。


「ぁぁ……!」


 ギチギチと音を立て、地面に押し付けられる四葉の四股。ボロボロの体が悲鳴を上げ、焼けるような痛みが追いかけてくる。


 徐々に抉れていく、四葉の腕と足。あまりにもエグい光景だった。


 錫杖の先端に付いたリングに衝撃を与えれば、四葉を苦しめるウィップを消すことが出来る。が、今の四葉に、錫杖を攻撃する力は残っていない。


 ただされるがまま、体を地面に括りつけられる四葉。


 悲鳴を上げれば、声の振動で体が痛む。しかし、余りの激痛に、声を抑えることなど出来ない。


 錫杖を振り、ウィップと魔法陣を消すと、悠々と四葉に近づいていく人型種狐科レイパー。


 このままエネルギーウィップで殺すことも出来るが、最後は自分の手で始末しようというのだろう。


 そんなレイパーに、四葉の瞳がギラリと光を帯びる。


「……こ……こうやって、殺したの……?」

「……?」

「お前が……今まで殺してきた娘達、あの保育園の子供達……そして私の妹も……こうやって、動けないようにして、恐怖を与え、絶望させて……」


 喋るだけで、全身で激痛が暴れるが、それもお構いなしに四葉はそう聞いた。


 雅は水没し、体はボロボロ。唯一動かせるのは口だけ。


 後は無様に殺されるだけなのは目に見えていても、四葉はその事実を受け入れない。喋らないと心が折れそうで、それに抵抗するために、精一杯の力を振り絞って声を上げていた。


「教えなさい……。私はね、黒葉が……どんな気持ちで殺されたのか、分からない。あの娘の顔を、お前が……お前が、滅茶苦茶にした……せいで……!」


 その質問に、ピタリと足を止め、小さく首を傾げたレイパー。


 お面越しに四葉をジッと見つめ……何かを思い出したように頷きだす。


 標的を選んで殺しを行うレイパーは、総じて手に掛けた獲物の顔等を覚えている。このレイパーも例外ではない。


 だから、四葉の言葉に出てきた『黒葉』という名前にも憶えがあった。よくよく四葉の顔を見て……三年前に自宅に押し入り、殺した女の子と似た面影があることにも気が付いたのだ。


「ラコリ、ロタマタロチモ」


 そう呟き、錫杖を置くと、バイザーごと四葉の頭を持ち上げ、その顔をジッと観察するレイパー。


「ワムテノヘコレゾ。……ラコリカ、リボラボテロレハルゾト」


 しゃがみ込み、手で四葉の頬を掴み……上にあげる。


 出来上がるのは、憎しみの炎を瞳に宿らせた、歪な笑顔。


 それが堪らなく気に入ったのか、レイパーは不愉快な程にハイトーンの嗤い声を上げる。


「ヒャハハハッ! マイソミッホムゾ! レカルナトヤモワエカ、ヅッナモヨレオヘレデントレモ!」


 顎が砕けん程に、奥歯を噛み締める四葉。


 その瞳から、涙が零れ落ちる。


 何を言われているのか、言葉は分からなくても、意味は理解出来てしまった四葉。


 分かるのだ。レイパーが、自分と黒葉、両方を嘲っていることを。


 もう怒りの声を出す力も残っておらず、何も抵抗出来ず……何もかもが、悔しくて悔しくて堪らない。


 その時だ。




「嗤うなぁぁぁぁぁあっ!」




 四葉の気持ちを代弁するような声が轟くと同時に、何者かがレイパーへと襲い掛かる。


 桃色の髪に、ムスカリ型のヘアピン。ずぶ濡れの彼女は……水没したはずの雅だ。


 一体どうやって戻って来たのか。斬りかかってきた雅に、一瞬レイパーは唖然としたものの、すぐに錫杖を取り、斬撃ごと雅を弾き飛ばす。


 しかしその直後――別の方向からも、殺気が迫っていた。


 そちらを向けば、なんとそこにも雅が。


 二人の雅。一人は『共感(シンパシー)』で使ったライナのスキル『影絵』で創り出した分身だ。


 川に落ちた時、雅は咄嗟に分身を創り、助けてもらっていた。『鏡映し』でコピーした百花繚乱を失ってしまったのは痛手だったが、それでも何とか陸に上がることが出来たのである。


 本体と分身、別々の方向から絶え間なく繰り出される斬撃を、レイパーは錫杖で何とか捌く。


 攻撃は中々当たらない。それどころか、二人の雅の攻撃に慣れて来たのか、レイパーの動きにも徐々に余裕が現れ始めていた。


 それでも、雅は諦めない。


 再び自分がやられれば、戦闘不能の四葉が間違いなく殺されてしまうから、というのもある。


 しかし、それ以上に、だ。


「嗤うな……! 嗤うなっ!」


 雅の怒りの咆哮が木霊する。


 四葉の気持ちは、四葉にしか分からない。だがそれでも、このレイパーが嗤ったことが、どれだけ彼女を苦しめたのかは想像に難くない。


「家族を殺されて……それがどれだけ辛いことか、お前に分かるもんか……! 四葉ちゃんが三年間、どれだけ苦しんだか……!」


 レイパーに攻撃しながら、雅は言葉を振り絞る。


「もう二度と、お前にあの子は嗤わせない!」


 腹の底から、喉が痛むほどにそう叫び、分身と共に果敢に斬りかかっていく雅。


 倒れている四葉は、そんな彼女のことを、濡れた眼で見つめていた。


 痛む体に鞭を打ち、土を握りしめる四葉。


 四葉は自問する。自分は何故、動かないのかと。


 ここで動かない自分は、一体何なのかと。


 例え体が朽ちようと、四葉は戦いたかった。


 今戦わねば、失ってしまう。自分のために怒ってくれた雅を。


 そしてきっと、自分達がここで死ねば、このレイパーはラティアも殺すだろう。


(……そうよ、あの娘に謝らなきゃならないのよ。身勝手に黒葉と重ねて、避けて、傷つけてしまったことを)


 ブルリと体を震わせる、四葉。


 四葉は考える。


 ここで動けない自分を見たら、黒葉はどう思うだろうかと。


 仇を討てなかったことなんかより、よっぽど叱られそうだ。


 そう思ったところで、自力で体は動かせない。


 ならば、だ。


「マグナ・エンプレス……何をやっているの……動かしなさい、私の体を……! 私なんて、どうなったって構わない……! あなたも分かるでしょう……っ! ここであいつを倒せなければ、ラティアが殺されて……私は何のために頑張って……あなたは何のために創られたっていうのよ!」


 激痛を堪えながらも、四葉は自分のアーツに縋る。


 その時だ。




 胸のプレートに描かれた、アゲラタムの紋様が、光を放った。

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