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第291話『犠牲』

「三年前に関屋で起きた大きな事件、知っているかしら?」

「関屋で起きた事件? ――あぁ、そう言えばニュースになっていましたね。確か子供が大勢殺された……」


 2218年九月八日火曜日。


 新潟市中央区の北西……丁度、関屋分水路沿いにある住宅街での話だ。


 十人以上もの女児が殺された、レイパー事件が起こった。


 同じ中央区でも、雅が住んでいる紫竹山とは真逆に位置する地域での事件だ。だがニュースで大きく取り上げられたこともあり、雅もそんな事件が起こったことは知っていた。


「でもあの事件、大きな話題になったんですけど、子供がたくさん殺されたってことくらいしか知らないんですよね。ニュースでも詳しくは触れられなかったように記憶しています」

「そりゃそうよ。報道なんて出来るはずないわ。……あんな死体、公表はおろか、口で説明なんてしようものならコンプラ違反よ。妹は……黒葉は、その事件の被害者なの。私達、あの頃はあの辺りに住んでいたから」

「…………」

「私の家、母子家庭なの。父を病気で亡くしているから。母と私、黒葉の三人で暮らしていたわ。平日は家には誰もいないの。母は会社、私と黒葉は学校があるし。それで、最初に家に帰るのは決まって黒葉だった」


 黒葉は、当時小学三年生。四葉は中学生で、母親の杏はアサミコーポレーションの社長だ。黒葉が最初に帰宅するのは当たり前の話であり……少しの間だけ、家に一人でいるのも必然だった。


 だが……それが悲劇を生み出してしまった。


「……特別、遅く帰ったわけじゃなかった」


 四葉の声が震え、拳に力が籠る。


「あの日、帰ったら、庭が変だった。地面の様子がいつもとちょっと違っていて……まるで、エネルギーでも吸い取られたかのような、そんな土になっていたの。嫌な予感がして、家に入ってみたら、家の中が荒らされていて、そしたらリビングから大きな音がした。慌てて行ってみたら、レイパーが逃げ去るところで……床には黒葉が倒れていたわ」


 黒葉の死体は、酷いものだった。


 腕や太ももは抉られ、不気味な笑顔に歪められた顔面。


 そう、それはまさに――


「あの保育園の子供達と、同じ……」

「ええ。リビングに入った時、逃げるレイパーを見たって言ったでしょう。そいつ、狐を人形にしたみたいなレイパーで、錫杖を持っていて……お面を被っていた。お爺さんの顔のお面。そうよ、あいつよ。今日、あなたも戦った、あのレイパーよ。あいつが黒葉を殺したの」


 園児の死体は、黒葉の死体と同じ様相だった。それで四葉は確信したのだ。ここの子供達を殺したのは、あのレイパーだと。


「顔は……あれは本当に酷かった。黒葉が、あの娘がどんな顔で死んだのか、私はそれさえ分からない有様で……急いで救急車を呼んだけど、何もかも手遅れ。死んだ黒葉を見て、母は発狂したわ。当り前よね。奴は隠れるのが上手くて、警察は見つけることが出来ず、結局逃げおおせて……。そして、そこから私達の復讐が始まった」


 そう言うと、四葉は自分の腰に視線を向けた。腰に巻かれたベルト……そこに、装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』が収納されている。


 そう、表向きは色々と言っているが、マグナ・エンプレスは、人型種狐科レイパーを倒すために開発されたアーツなのだ。復讐に燃えた杏が創り上げたこのアーツは、並の人間では使いこなすことが出来ない程に高性能なもの。出来上がったこれは、年齢的に杏が使うことは不可能な代物になってしまった。


 だから四葉は、ひたすら自分を鍛えた。学校が終わった後……いや、中学二年生の夏頃からは、リモートで授業を受け、授業以外の時間は訓練漬けの日々。


 母の指導も過熱を極めたが、それでも四葉は弱音も吐かずに必死に喰らいついた。


 全ては、母の代わりにマグナ・エンプレスを使いこなすために。


「少し前に、魔法陣から大量のレイパーが出現したって事件があったでしょう? 海のど真ん中にタワーみたいなものも出現した、あの事件」

「私達が、魔王みたいなレイパーと決着を着けた、あれですね」

「あの事件の最中にマグナ・エンプレスが完成して、そこからは本格的にお面を被ったレイパーのことを探し始めたわ。警察が中々見つけられない奴が簡単に見つかるなんて思わなかったけど、妙な偶然か、いくつか目撃されたって情報が入ってきて……そこから先は、あなたも知っていると思うわ。般若のお面を被ったレイパーと戦ったり、火男のお面を被ったピエロのレイパーや、ウラでの一件……」


 そして――


「ウラから戻って来て何日かして、母が血相を変えて私に教えてくれたの。笑顔の死体が見つかったって。また奴が出たんだって、すぐに分かった。今こそ復讐の時だって、そう思ったわ」

「そっか……だからサルモコカイアを警察署から盗んだんですね。あいつを誘き寄せるために……」


 雅の言葉に、四葉はコクンと頷く。


「あの……四葉ちゃんがラティアちゃんを避けていたのって、もしかして……」

「……ええ、そうよ。あの娘を見ると、黒葉のことを思い出してしまうの。あの二人、何だか似ていて……見た目がどうとかじゃなくて、雰囲気が。ほら、ラティアってあまり感情を顔に出さない娘じゃない。黒葉もそうなのよ。口数が少なくて、表情もあまり変わらないの。黒葉もちょっと体が弱い子で、病弱そうなところもそっくり」

「そっか……」


 やっと腑に落ちた、というように、雅は呟く。


 ラティアから遠ざかろうとしていた割に、いなくなった時に真っ先に気が付いたこと。必死に探し、見つけた時には誰よりも先に抱きしめにいったこと。


 ラティアを黒葉と重ねていたのなら、納得がいった。


「……あの娘には申し訳ないことをしたってことは分かっている。勝手に黒葉と重ね合わせて、ラティアだって迷惑だったに違いないわ。だけど、どうしても胸がザワついて、苦しくなって……。何度も黒葉とラティアは違うんだって自分に言い聞かせたけど、どうにもならなくて、あんな態度を……いえ、何を言っても言い訳よね。何より……」

「…………」

「何より……何より……ラティアを巻き込むつもりなんて……怪我をさせるつもりなんて無かった。保育園で子供達の死体を見た時、近くにラティアがいたことも、もしかしたら彼女が襲われるかもしれないことも、全部頭から吹っ飛んで、衝動的にサルモコカイアを使ってしまったの。まさか、様子を見に来るなんて、欠片も、全く、何も想像しなかった……」


 言いながら、溢れそうになる涙を堪えることが苦しくなってきた四葉。


 あれだけは、本当に想定外のことだったのだ。


 挙句、ラティアを守ることすら出来ない己の無力さが、ただひたすらに悔しくてたまらなかった。


 だが、


「四葉ちゃん……それは違います」

「えっ?」

「これは私の勘ですけど、ラティアちゃんはあの時、私達のことを助けようとしてくれていたんだと思います」

「……えっ?」

「音がした時のこと、覚えていますか? あの時、ラティアちゃんの足元には、大きな木材が落ちていました。外に……『横に』並べられていたやつです」

「横に……」


 壁に立てかけてあったものではなく、地面に置かれていた木材だ。崩れて大惨事になることを防ぐためか、積まれてもいなかった。


「躓いたりしたのかなって思ったけど、よく考えたらそんな様子じゃ無かった。わざとでも無ければ、大きな音は鳴らなかったはずなんです。例えば、木材を持ち上げてから落としたりでもしなければ」

「じゃ、じゃあ……」

「ええ。きっとレイパーの気を引くために、わざとやったんでしょう。代わりに自分が襲われるかもなんて、考えなかったのかもしれません」

「…………ラティア」

「ラティアちゃん、私達より全然小さいし、アーツも持っていませんけど、誰かを守ろうとして動くことがあって……多分、今回もそれだと思うんです」

「…………」


 雅の言葉に、俯き言葉を失う四葉。


「わた……私、は……」


 ついに涙が零れ、四葉は手で顔を覆い、それを受け止める。


「私は……愚かだった……」


 感情的で、短絡的な己の行動に、罪悪感で心がズタズタになりそうな痛みを覚えながら、四葉は言葉を漏らす。


「ラティアに……あの娘に、なんて詫びれば……」

「四葉ちゃん、一緒に謝りましょう」


 そんな彼女の肩を抱き寄せ、雅はそう提案する。


「レイパーを呼び寄せてしまったことも、ラティアちゃんを守れなかったことも……ラティアちゃんと黒葉ちゃんを重ねたことも、全部。私も一緒に謝ります。私だってラティアちゃんを守れなかった」

「許してなんて、くれないわよ」

「ラティアちゃんは怒るかもしれないけど……でも私、ラティアちゃんはきっと、全部受け止めてくれる気がするんです。あの娘、四葉ちゃんと仲良くしたそうにしていたじゃないですか」


 四葉に避けられても、辛い態度を取られても、ラティアが四葉を避けたり、怖がったりするようなことは無かった。


 それが何よりの根拠だ。


「だから大丈夫。きっと……大丈夫」

「…………ぅぁぁぁ」


 四葉の嗚咽が木霊する。


 宵の静寂や、夜風の寒さ……それら全てが、四葉を責め立てていた。


 雅から伝わる熱だけが、救いだった。




 ***




「……ごめんなさい。もう大丈夫」


 あれからどれくらい経っただろうか。


 声は掠れ、目は赤く腫れているものの、それでも苦しい胸の内は少しだけ楽になったように四葉は思えていた。


「あなたにも迷惑をかけたわね。軽蔑したでしょう? 私の復讐は、何も生まなかった。いたずらにラティアやあなたを傷つけただけだった……」


 鼻をすすりながら、自虐的に吐き捨てる四葉の言葉に、雅は首を横に振る。


 そんな雅に怪訝そうな顔を向ける四葉。


「あなたの復讐に意味が無かっただなんて、私には言えません。この三年間の四葉ちゃんや、四葉ちゃんのお母さんの辛さや苦しさを思えば、そんなこと言えない。言いたくもない。そりゃあ、やり方は良かったとは言えませんけど」


 だけど、と雅は言葉を続ける。


「ラティアちゃんも私も、あのレイパーに怪我をさせられましたけど、まだ生きています。最悪の事態にはなっていない。だから私は赦します。勿論、四葉ちゃんが罰を受ける必要はあるかもしれない。でもそれを与えるのは、少なくとも私の役目じゃない。四葉ちゃんの話を聞いて、私に出来ることは、少しでも四葉ちゃん達に寄り添うことと、それと……一緒に戦うことくらいです」


 雅の視線が、己の右手の薬指に向けられる。


 そこに嵌った、アーツが収納される指輪に。


「私には、四葉ちゃん達の復讐を手伝うことは出来ません。だけど、もしその復讐を遂げて、四葉ちゃんも、四葉ちゃんのお母さんも前に進めるのなら……その手伝いを、私はしたい。前に進むための、手伝いを」

「束音……」

「四葉ちゃんが拒んでも、私はやりますよ。あなたを独りで戦わせたりなんてしません」


 真っ直ぐ四葉を見て、そう言い切る雅。


 その眼は、どこまでも本気だった。


 全くもって強引な女だと、四葉は思う。


 しかし、何故かあまり嫌な気分はしなかった。


「……仕方ないわね。なら、お言葉に甘えさせてもらうわ。その代わり、絶対に奴を倒すわよ」

「ええ、勿論!」

「そうだ……アイス、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。今更聞くのも難ですけど、バニラで良かったですか?」


 本当に今更なことだと、四葉はクスリと笑みを零し、空になったアイスのカップを眺める。


「……黒葉、アイスが好きで、それで私も食べるようになったの。バニラは黒葉が一番好きな味だった。だから私も割と好き」

「割とってことは、一番好きな味は別にあるんですね? 何味が好きなんですか?」

「……笑わないで頂戴。実は私、期間限定の味に弱いのよ」


 その言葉に、「意外とミーハーですね」と笑いを堪えて言葉を返す雅。


 四葉は「笑わないでって言ったでしょ」と、微笑を浮かべて雅を小突くのだった。

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