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第289話『激昂』

 午後六時三十一分。


 新潟万代病院の廊下で、鈍い音が響く。


 ここにいるのは、三人の少女。内一人の少女――黒髪サイドテールの娘、相模原優だ――が、もう一人の少女、浅見四葉を張り倒したことによるものだった。


 側では、青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスが厳しい顔で、殴られた四葉を見下ろしている。腕を組んでいる辺り、優を諫めるつもりは無い様子。


 異様な光景だが、こんな状況になっている理由は明白だ。


 近くには治療室。そこに雅とラティアもいる。二人ほど怪我が酷くなかった四葉は、少し前に治療を終え、やって来た優とレーゼに事の一部始終を話した。それを聞いて激怒した優に殴られたという訳である。


「……みーちゃんとラティアちゃんに謝れ! このまま二人が治らないなんてことになったら、あんたの脳天ぶち抜いてやるから覚悟しなさい!」

「…………」

「何とか言いなさいよ……このぉ……!」


 拳からは血が滲み、ジンジン痛むが、今の優には知ったことでは無い。


 四葉は切れた唇から流れ出た血を手の甲で拭うだけで何も言わない。それが優をさらに苛立たせる。


 四葉の胸ぐらを掴んで持ち上げる優。拳に力を込めた、その時だ。




「ちょ、さがみん! 何してるんですかっ!」




「っ? みーちゃんっ!」

「ミヤビ! あなた、体は――」


 治療室から出てきた雅に、この場の三人は跳びあがらんばかりに驚かされた。


 あちこち包帯を巻かれているが、レーゼの言葉に「大丈夫です!」と返す雅。優達の知らない間に、もうかなりの時間が経っていた。


「それより皆さん、一旦落ち着きましょう。さがみんも手を降ろして」

「いや、だって――」

「まぁまぁ! ラティアちゃんも私も、命に別状はありません。ラティアちゃんは少し入院しなきゃならないですけど、でも念の為の入院です。さがみんが怒ってくれることは嬉しいですけど、ほら、私達生きていますし! だから冷静に、ね?」

「う……ぐぬぬ……」


 四葉の胸ぐらを掴む手に、思いっきり力を入れて唸る優。


 しかし、怪我をさせられた内の一人にそう言われては、これ以上四葉に当たる訳にもいかない。


 半ば突き飛ばすように四葉を解放すると、「ふんっ!」とそっぽを向く。


 四葉は少しだけ雅を見つめるが、やはり罪悪感に苛まれたのか、「……奴を探してくる」と呟いて去っていく。


 そんな四葉に、レーゼが眉を吊り上げて追いかけようとするが、後ろから雅に肩を掴まれた。


 静かに首を横に振る雅に、レーゼはイライラを発散させるように頭を掻き、口を開く。


「アサミのこと、なんで責めないのよ。彼女のせいで、ミヤビもラティアも怪我をしたのよ?」

「……ってことは、正直に話したってことですよね? 四葉ちゃんが、サルモコカイアの廃液を使ったってこと。あれ、人間には無臭にしか感じませんし、彼女が白状しなきゃ分からないじゃないですか」

「ええ、全部話したわよ。あの廃液、警察署から盗んだってこともね!」

「お、おおう……それはまた、中々に凄いことをしましたね、四葉ちゃん」


 優の口から伝えられた衝撃の事実に、流石に苦笑いを浮かべざるを得ない雅。


 それでも、一度コホンと咳払いしてから、雅は再び口を開く。


「それに関して、良いとは言えませんけど……でも、根本的に悪いのはレイパーですよ」

「いや、そりゃあそうだけど!」

「黙秘しないできちんと話をしたってことは、多分ですけど、四葉ちゃんも『悪いことしちゃった』って思ったんじゃないかな? さがみんに殴られそうになった時も、抵抗するつもりは無さそうでした。さがみんの怒り、ちゃんと受けようって思ったんだと思います」

「いや、ミヤビ。それにしたって……」

「勿論、やったことに対する罰は必要かもしれない。だけど、ちょっとだけ待ってもらってもいいですか? 私、四葉ちゃんと話をしてみます。何であんなことをしたのか、私は知りたい。あのレイパーを見た時の彼女、普通じゃ無かった。絶対、何か理由があるはずなんです」


 話をしたところで、何がどうなるのか……それは雅にも分からない。


 力になれることがあるのか、ないのか。そもそも聞いたところで教えてくれるのか、それさえも分からない。


 それでも雅は、四葉に声を掛けたかった。


 自分から寄っていかねば、分かり合えるものも分かり合えないから。力になれることがあっても、協力出来ないから。


 まずは会話だ。


 話してみなければ、何も始まらない。


「……はぁ。怪我したっていうのに、全く。……まぁ、みーちゃんはそういう娘か」


 呆れと尊敬の入り混じった溜息を吐き、優はそう呟いた。


「ユウ、良いの?」

「こうなったら、何を言ったところで退きはしませんよ、レーゼさん。――でもみーちゃん、例え彼女にどんな理由があったとしても、私は殴ったことは謝らないからね。それとこれとは話が別」

「分かってます。あの、レーゼさん……」

「……幸い、彼女がサルモコカイアの廃液を盗んだことも、それを使ってレイパーを呼び寄せたことも、まだ私達しか知らないわ。他の人達には、上手く言っておく」


 レーゼは難しい顔で目を瞑り、諦めたようにそう言った。


 だが、すぐに「ただし」と続ける。


「私だって、アサミの行動は頭に来ているの。そのせいであなたやラティアが怪我をしたんだし、一歩間違えればもっと大きな被害が出ていた。あなたの友としても、バスターとしても、決して許すつもりはない。あなたがアサミと話をするまでは融通してあげるけど、その後は容赦するつもりはないから、そこだけは理解して」


 先程だって、レーゼも四葉を殴る気だった。優が先に殴ったから押し留まっただけだったのだ。


 雅が途中で来なければ、どうなっていたか。


「……でも、話すって言っても、どうするつもり? あいつ、レイパーを探しに行ったわよ。どこに向かったかなんて分からないでしょ」


 レーゼの言葉に、雅は「多分、大丈夫です」と答えるのだった。

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