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第288話『狐面』

 翁のお面を被った、人型種狐科レイパー。


 その存在を認識した瞬間、四葉は地面を蹴っていた。


 同時に、銀色のヘルメットとプロテクター……装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』が装着される。


 鈍く光を放つ、紫色のアゲラタムの紋様。


 アーツを身に着けた四葉は、雅が四葉の行動を制止する声すら置き去りにし、怒号を上げてレイパーへと突っ込む。


 大きく振り上げる拳。その拳の内側からは、血が滲んでいた。


 四葉の目に映るのは、仇の顔面のみ。


 だから気が付くのが遅れた。レイパーが、錫杖を動かしたことに。


 シャン、と音を立て、錫杖の底を地面に叩きつけるレイパー。その刹那、保育室の床を埋め尽くす程大きな魔法陣が出現する。


「っ?」

「なんですかっ?」


 呆気に取られる四葉と雅。事態を把握するより早く、魔法陣から何かが飛び出る。


 緑色のエネルギーで出来たウィップだ。その形状は、蔦と見紛う程に精巧なものだった。


 何本もの太いエネルギーウィップが、床を唸らせて出現し、二人の四股や胴体、首に巻き付いていく。


 あっという間に身動きが取れなくなる四葉達。


 アーツにより身体能力が大幅に上がった四葉でさえ、いくら力を込めてもビクともしない。


 二人がもがいていると、蔦の形状をしたエネルギーウィップの一部が光を放つ。


「ぐっ……!」

「四葉ちゃんっ!」


 本能的に危険を悟った雅は防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動するも、四葉は完全に無防備。


 苦悶の表情を浮かべる四葉。


 光を放った蔦は四葉の左腕……プロテクターに覆われていない、肌が露出した部分に巻き付いており、まるで火傷をした時のような痛みが走っていた。


 じわじわと肌が赤く染まっていく。


 雅の右足に巻き付いているエネルギーウィップも同じような光を放っている。雅の体を覆う白い光が守っていなければ、彼女の足も、同じような状態になっていたに違いない。


 四葉の腕の様相は、ここの死体の損傷と相違無いものだった。


 それを見ていた雅は悟る。


 ここの人達を殺したのは、間違いなくこのレイパーであると。


(ど、どうすれば――そうだ!)


 一瞬パニックになっていた雅だが、すぐに自身のスキル『共感(シンパシー)』でファムのスキル『リベレーション』を発動。


 これは自分や他の人に掛けられた拘束の解除方法が分かるスキルだ。


 そして――


「四葉ちゃん! 錫杖のリング!」

「ちぃ……!」


 四葉が痛む左腕に力を込め、手の平にエネルギーを収束させて衝撃波を放ち、指示されたところに命中させる。


 錫杖は頑丈で、衝撃波程度では傷すらつかないが、リングが大きく揺らされると、エネルギーウィップや魔法陣があっという間に霧散。


 拘束から解放された二人は、敵に次の行動を取られるより早く動き出す。


 雅の右手の薬指に嵌った指輪が輝き、手にはメカメカしい見た目をした剣が出現。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。


 四葉は蹴り、雅は斬撃で、同時にレイパーに攻撃を仕掛けるが、敵は錫杖を操り、二人の攻撃を軽くいなしてしまう。


 それでも果敢に攻めていく四葉と雅。


 そんな中、雅の額に汗が浮かぶ。


 四葉の左腕は、殆ど動いていなかったのだ。先程のエネルギーウィップが、如何に強力なものだったのか、嫌でも分かってしまった。


 そんなことに気を取られてしまったからか。


「っ?」


 鋭い痛みが腹部に走り、雅は肺の空気を一気に吐き出してしまう。


 錫杖の突きがヒットしていた。


 命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)の防御はまだ続いているが、それでもこのダメージだ。見た目は細身のレイパーだが、パワーは相当なものである。


 軽くよろめく雅に、レイパーは錫杖を横から叩きつけて吹っ飛ばす。


「なっ? この……っ!」


 鮮やかな敵の動きに戦慄の表情を浮かべつつも、四葉は力いっぱいに上段蹴りを繰り出す。


 狙いは敵の頭部……だが、高い音と共に、錫杖に阻まれてしまった。


 そのまま流れるように錫杖を動かし、四葉の軸足を払ってよろめかせるレイパー。


 錫杖の底を地面に叩きつけると、再び魔法陣が出現する。


 ヤバい……四葉がそう思った瞬間、何本ものエネルギーウィップが彼女の四股に巻き付いて、四葉の体を持ち上げる。


 そして、


「――っ」


 そのまま四葉の背中を、地面に叩きつけた。


 何度も、何度も。


 鈍い音を響かせて。


 視界がぐらつき、思考もままならない。


 全身に、重苦しい痛みだけが駆け巡る。


「四葉ちゃんっ! ――っ!」


 助けに走り出した雅だが、レイパーは彼女に四葉を投げつける。


 避けきれるはずも無く、二人は激突。ゴロゴロと床を転がってしまう。


「う……」

「こ……の……」


 全身の痛みに立ち上がるどころではなく、体を震わせる四葉と雅。


 二人は気が付かない。


 魔法陣は、まだ消えていないことに。


 レイパーが錫杖を振り上げると、錫杖の輪っかが光り、上空にエネルギーが集中していく。


 エネルギーが球体に収束していき、室内の音が一気に上がる。


 そんな高密度のエネルギー球を、二人に放つつもりなのだろう。


 死ぬ――二人がそう思った、その時だ。


 突如、外から大きな物音がして、レイパーがそっちを向いた。


 音は窓の外からだ。


 四葉も雅もそちらに目を向け……二人は目を大きく見開く。


 そこにいたのは、美しい白髪ロングの少女。


 彼女はまさしく――ラティアだ。


 その足元に転がっているのは、外にあった木材。


「な、なんで……?」


 消え入るような声で、四葉は呟く。


 中々戻ってこない雅達を心配して、様子を見に来たのだろう。


 戦闘音が聞こえてきたので中を覗き、その際に木材に躓いたのかもしれないと、四葉は意識が遠くなる想いでそんなことを考えていた。


「スッ……ヨノヘバタケタラヤトタマジソトレモ。レレリカタゾ……」


 レイパーは笑いを堪えるような声色でそう呟くと、錫杖の先をラティアに向ける。


 あまり表情を変えないラティアだが、この時ばかりは僅かだが顔を強張らせ、後ずさる。


 四葉が悲鳴にも近い声を上げかけ……だがそれよりも早く、球体状のエネルギーがラティアへと放たれる。


「ラ、ラティアぁぁぁあっ!」


 ラティアが攻撃されるその光景が、四葉にはスローモーションのように見えていた。


 刹那……保育室の窓が、高い音を立てて割れる。


「っ!」

「た、束音っ?」


 ラティアのピンチに、雅は既に動きだしていた。ただ我武者羅に外に飛び出て、ラティアの方へと向かっていた。


 エネルギー球がラティアへと命中する前に、彼女を抱えて体の中に隠す。


 少しでもダメージを抑えようと、雅は『共感(シンパシー)』でレーゼの『衣服強化』を発動しようとしたが……それよりも先に、エネルギー球が雅達に直撃。


 途端、巻き起こる大爆発。


 吹っ飛ばされる雅とラティア。


 地面に倒れる二人は、ピクリとも動かない。


 それを見ていた四葉は、真っ青な顔で、唇をワナワナと震わせていた。


 嗚咽にも似た声が、僅かに口から漏れ……そして、


「あぁぁぁぁぁぁあっ!」


 自分で自分の感情も分からぬまま、四葉は声を上げて、ただひたすらにレイパーへと突っ込む。


 全身の力を振り絞り、レイパーへと放つ右ストレート。


 空気を切り裂きながら向かう拳は、レイパーの顔面へと向かっていた。


 恐らく、四葉が今まで放った攻撃の中で、一番力と体重が乗った一撃だろう。


 しかし……レイパーは、飛んでくる四葉の拳を、錫杖を腕の側面に当てて横へと逸らしてしまう。


 そして前のめりになった四葉の顎に膝を打ち込んで浮かせると、錫杖を叩きつけて吹っ飛ばした。


 壁に体を打ち付け、声も無く床に落ちる四葉。


 動かなくなる四葉の体。今の一撃で、完全に気を失ってしまったのだ。


「デンコトラヤトキ。ラコリモオヘコヌヘニンアル」


 そんな彼女に止めを刺すべく、エネルギー球を創り出そうとレイパーは錫杖を掲げた。


 その瞬間、レイパーは気が付く。


 けたたましく鳴り響き、近づいてくるサイレンの音に。


 パトカーだ。実は雅はレイパーに出現した時、ULフォンを起動させてレーゼに連絡を入れていたのだ。それが、今到着したという訳である。


 レイパーは外をちらりと見てから、仕方なさそうに錫杖を降ろした。


「レタネゲアレヘノト」


 そう呟くと、レイパーは四葉達に背を向ける。




 そして一分もしない内に、保育所へと入り込むレーゼや優一、警察所属の大和撫子達。


 だがそこに、もうレイパーの姿は無かった。

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