第32章幕間
九月四日火曜日、午後六時十五分。
新潟市中央区紫竹山二丁目にある、束音宅。そのリビングにて。
「…………」
「あ、あのぅ……」
「…………」
「……あはは」
テーブルに座るのは、三人の少女。一人は家主の束音雅。
他の二人は、雅の向かいに座っている。一人はレーゼ・マーガロイス。
そして最後の一人は……黒髪サイドテールの少女、雅の親友の相模原優だ。
三人の間に流れる空気は、氷よりも冷え切っている。雅が空気を何とかすべく、強張った顔で愛想笑いを浮かべるが、逆に温度は下がるばかり。
それもそのはず。この空気の原因は雅にあるのだから。当の本人にこんな態度を取られては、空気が良くなるはずもないだろう。
雅の家には現在、他に七人の女性が居候中であるが、内三人は警察署におり、残りの四人はこの空気に耐えられずにリビングを出ていってしまった。
テーブルの上には、すっかり温くなったお茶。
優はそれを一気にあおり、少し大きな音を立てて湯飲みを置くと、「もう一度聞くけど」と口火を切る。
「……何で学校に来ないわけ?」
発せられたのは、そんな言葉。声色は少し刺があるが、その裏には寂しさのような感情も籠っていた。
それを察せたからこそ、雅は「あー……」と口を濁すことしか出来ない。
優がこのことについて聞くことは、雅も予想していた。昨日、伊織に同じことを聞かれたのだ。親友の彼女が疑問に思わないはずはない。
しかし雅は、それについて明確な回答を準備出来ていなかった。
それもそのはず。優や伊織の質問は、雅自身でさえ、自分に投げかけて、そして答えが出ていないことだったのだから。
自分でも分かっていないことを説明できるわけがない。故に伊織に聞かれた時も、つい建前的な、どこか壁を作っているかのような回答をしてしまった。
とは言え、「自分でもよく分からないんです」なんて言ったところで、優は納得しまい。
優の隣に座るレーゼも、腕を組み、ジッと雅を見つめている。その眼は、『正直に答えるまで逃がさない』と言っているようだ。
何をどうしたところで、この二人を同時に納得させる術がない。だからといって答えないわけにもいかない。雅は大いに困っていた。
答える代わりに、雅は目を閉じる。優もレーゼも何も突っ込まない。雅が本気で回答に困っている様子なのは、二人にもよく分かっていた。
たっぷり一分、雅は沈黙を貫く。口は全く動かないが、頭は高速回転していた。
そして、
「……この時期、大きな訓練があるじゃないですか。あれが理由、ですかね……?」
口から出たのは、そんな言葉。
全くの嘘では無い。雅が復学しない理由の一つは、これだった。
最も、小さな懸念事項というだけだ。これだけが理由なら、少し悩むことこそあれ、復学することを決意出来るだろうという、そのレベルである。
優はピクリと眉を動かし、何か言おうとしたが、それより先にレーゼが首を傾げ、口を開く。
「大きな訓練?」
「……レーゼさん。うちの学校が、レイパーと戦うための技術を学ぶことに注力したところだって話、しましたっけ?」
優の言葉に、レーゼは頷く。
「私もみーちゃんも、今年入学したばかりなので概要くらいしか知らないんですけど……うちの学校、年に一度、サバゲーみたいなことをするんですよ」
「さ、さばげー?」
「ええっと……分かりやすく言うと、大人数で行う模擬戦ってところですね。休日に二つのクラスが校舎を貸し切って、学校を舞台にクラス対抗で戦うんです。勿論本物のアーツじゃなくて、エアガンとか木刀とかを使用するんですけど」
新潟県立大和撫子専門学校付属高校は、道路を挟んで二つの校舎がある。それぞれのクラスが片方の校舎を拠点とし、相手校舎に置かれているフラッグを取りにいくのだ。
色々と細かいルールは他にあるが、やることはこんなところである。
それを聞いたレーゼが「へぇ」と声を漏らす。
「要は、集団でレイパーと戦うための訓練なのね」
「バスターは、そういう訓練はしないんですか?」
「似たような訓練ならあるわ。何人かでチームを組んで、特別強いバスター一人と模擬戦をするのよ。私はちょっと苦手な訓練だったけど。あなた達のその訓練は、私達で言うところの『特別強いバスター一人』が、相手のクラスの子達になるってことね」
「あ、そんな感じです。……それでみーちゃん。それと学校に来ないことが、何の関係があるの?」
「だってそれ、チームワークが重要視されるじゃないですか。今まで休学していた私がポッと入ったら、他の人達はやりにくくないですか?」
「私や愛理達でフォローすれば解決するでしょ?」
雅の言葉に、そう返す優。
だが、雅はすぐに首を横に振る。『フォローする』行為が必要な時点で、何かしらの不和が生まれるのは必然だからだ。
「復学して、その訓練には参加しないという選択肢もありますけど、それはそれで違和感持つ人もいると思うんですよね。なら、今はまだ復学しない方が吉かなって」
言いながら、雅は二人から目を逸らす。
嫌な汗が、雅の背中でにじむ。
「…………」
「…………」
雅をジッと見つめる優とレーゼ。
その目は『全く納得がいかない』と、そう言っていた。
***
部屋に戻り、雅は大きく伸びをしてからベッドに倒れ込む。何だか今日はとても疲れてしまった。
(さがみんもレーゼさんも、やっぱり疑っていました……。まぁそうですよね。はぁ、どうしましょうか……)
布団に顔を埋め、雅は溜息を吐く。
チームワークがうんたらかんたらと言ったが、それが苦しい言い訳なのは、雅もよく分かっていた。あんなものは簡単な話、その訓練の日までに、クラスメイト全員と仲良くなっていれば良い話だ。良好な関係が築けていれば、助け合うことは難しくない。
二人もそれが分かっていたからこそ、納得出来ない目をしていたのだろう。
あの後は強引に話を終わらせてその場を凌いだものの、結局のところ、自分でも分かっていない『自分の考え』を理解しないことには始まらないのだが、それがすんなり出来るのなら苦労は無い。
唸りながら仰向けに転がる雅。天井を見つめたところで、答えは出ない。
すると、ULフォンにメッセージが届いた音が鳴る。
(真衣華ちゃんからだ。何だろう?)
送り主は、橘真衣華。メッセージは雅だけでなく、希羅々や優達全員に一斉に送られていた。
内容を見て、クスリと笑みを零す雅。
四葉の使う『マグナ・エンプレス』について、真衣華が物凄い長文で解説していたのだ。
時は少し前に遡る。丁度、雅達がウラから帰ってくる船の中でのこと。真衣華が突然、四葉にマグナ・エンプレスをよく見せて欲しいとせがんだのだ。何でも、ウラに向かう船の中でババ抜きに興じた際、その敗者である四葉への罰ゲームが実施されていなかったからとのこと。
四葉は少し嫌そうな顔をしたが、しつこく頼んでくる真衣華に折れ、ちょっと見せてやることにしたのである。
(色々と調べていたからなぁ。きっと、私達にも聞いてほしくて仕方なかったんですね。――おや?)
怒涛の長文解説を読み進めていた雅は、ある文章で目が留まる。
それは、マグナ・エンプレスを動かすエネルギーに関するものだった。
アーツの中心部には『コア』と呼ばれるエネルギー体が存在している。女性がアーツを持つと、このコアが変化を起こし、レイパーを傷つける力を武器に付与してくれるのだ。
しかしそれとは別に、アーツを動かすためのエネルギーも必要だ。油圧や電気等、これはアーツによって様々である。
そして、マグナ・エンプレスを動かすエネルギー。それは――
(百花繚乱のエネルギー弾と同じなんですね。ちょっとビックリ)
妙な偶然に、雅は何となく嬉しく思うのだった。
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