第284話『会稽』
「レ、レーゼさん! 大丈夫ですかっ?」
犬種レイパーに逃げられてからほどなくして。
大音量の吠え攻撃によりクラついた頭も治まってきたライナが、未だ片膝立ちのレーゼへと駆け寄る。
レーゼが纏っていた鎧や小手は、レイパーが逃げた直後に霧散しており、今は元の姿のままだ。
「ご、ごめんなさい……。ちょっとまだ耳とか頭が……」
「少し休んだ方が良いですね……」
そう言うと、ライナはレーゼに肩を貸し、建物の壁際に寄りかからせる。
「ありがとう……。そうだ、セリスティア達に連絡しないと……」
「私がやっておきますよ」
警察署の付近でレイパーの捜索をしていたライナとレーゼだが、他のメンバーもまた、別の場所で捜索にあたっていた。レイパーを発見した時に連絡は入れておいたが、逃げられてしまったことの報告が必要だ。
ライナが全員に連絡をし始めると同時に、遠くから警官が数名姿を現したのが見えた。先程のレイパーの声が、彼らにも聞こえたのだろう。
――数分後。
やって来た警官に状況を説明し、さらにセリスティア達に一通り連絡を入れ終わったライナ。彼女達は今、逃げたレイパーの再捜索をしている。
「……あいつ、なんで逃げたのかしら?」
少し休んだことで体調も良くなり、レーゼはボソリとライナにそう尋ねる。
最後の吠え攻撃で、大きな隙を見せてしまったレーゼ。レイパーにその隙を突かれれば殺されていたかと思うとゾッとした。
だからこそ分からない。何故レイパーが自分達を見逃したのか。
ライナは少し考え込んだが、ゆっくりと首を横に振る。
「多分ですけど、レーゼさんの鎧があまりにも頑丈だったからではないでしょうか? 時間を掛ければ殺せたかもしれませんが、ここは警察署。戦える人も多いですし……」
「援軍が来ることを警戒したってわけね。……よく考えれば、あいつの目的はサルモコカイアの廃液よね。そっちの入手を優先したってこともあるのかも」
「廃液でパワーアップしてから、きちんと殺しにくるつもりかもしれませんね」
と、そんな話をしていた時だ。
「あら、あなた達。いたのね」
そんな声が聞こえてそちらを向けば、そこにいたのは黒髪ハーフアップの少女、浅見四葉がいた。
バイザーや銀色のプロテクターを纏っている。彼女の使う装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』である。
「ヨツバさん! なんでここに?」
「……たまたま通りかかったら、凄い音がしたのよ。何かあったの?」
サルモコカイアの廃液を狙っていると思われるレイパーが出現し、今し方交戦したが逃げられてしまったことを伝えるライナとレーゼ。
最も、警察署内に侵入していた四葉は全て知っていたが。
事情を聞いた四葉は、少し考え込んでから、
「それなら、良い方法があるわよ」
そう言って、二人に作戦を提示するのだった。
***
午後六時十二分。
警察署の隣にある県庁、そこの北東に、『県庁の森』と呼ばれる場所がある。
県庁舎と千歳大橋の間に広がる森であり、広さは一万五千平方メートル程。クロマツやケヤキ等の樹木が多くあり、狸が住んでいるという話もある。
毎年苗を植え、春に顔を覗かせる雪割草が最も有名だろうか。もう少しすれば彼岸花を見ることが出来るだろう。
そんな森の中で、犬種レイパーは身を潜めていた。
レーゼとライナから逃げたレイパーは、警察官達の目を掻い潜り、一度ここへと逃げ込んだのだ。
しかし……人の目も、再び少なくなってきたことで、レイパーは森からゆっくりと出てきた。
サルモコカイアを求め、警察庁へと向かうレイパー。辺りを警戒しつつも、その足を止めない。
また誰かに見つかり、騒ぎになるのを嫌がったレイパーは、街路樹の陰に体を隠しながら、慎重に目的地へと向かっていく。
意外にも、レーゼ達や警察所属の大和撫子の姿を見かけることも無く、建物の南側、廊下のある辺りまでたどり着くレイパー。
窓を割って入ろうとすれば、たちまち誰かがやって来るだろう。故にレイパーは爪で窓を切って穴を作り、外から鍵を開け、最小限の物音で中へと侵入した。
誰にも気が付かれていないことを確認しつつ、臭いを辿って廊下を歩き、階段を見つけると上っていくレイパー。
その時だった。
「ッ!」
ドタドタという重い足音が突如聞こえてきた。
レイパーが何事かと思っている間に、階段の下から、警察所属の大和撫子が現れる。
それも、一人二人では無い。五人、十人……いやさらに増えていく。
侵入者に気が付き、集まって来たという人数では無い。待ち伏せでもしていたかと、レイパーはそう思った。
レイパーの考えは正しい。この大和撫子達は、空き部屋に隠れ、レイパーが来るのを待っていた。
大和撫子達の手には、小型のライフル型アーツ。揃った動きでその銃口を、レイパーへと向ける。
「撃てぇっ!」
大和撫子のリーダーが叫ぶと同時に、嵐のようにエネルギー弾が放たれる。
慌てて逃げ出すレイパー。
エネルギー弾が階段の壁を破壊する音を聞きながら、レイパーは一気に階段を上り、二階の廊下に出る。
――が、その瞬間。
「……ッ?」
レイパーの前に、誰かが立ち塞がった。
それは……黒いウィッグを外し、元の銀髪フォローアイに戻ったライナ・システィア。
「今度は逃がしません!」
自らの影から伸び出てきた紫色の鎌、『ヴァイオラス・デスサイズ』を握ると、軽く振り回してから中段に構え、白い光を身に纏い、ライナはそう叫ぶのだった。
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