第282話『罪企』
「ミヤビっ! イオリっ!」
雅と伊織が犬種レイパーと交戦した、そのおよそ十分後。
爆発音を聞きつけた警察が飛んできて、二人が事情を説明していると、スカイブルーの長髪の女性、レーゼ・マーガロイスが血相を変えてやってきた。
雅達より先に玄関ホールにいたレーゼ達異世界組の面々。
爆発音が聞こえ、何事かと思っていたら、二人がレイパーと戦ったという話を聞いたのだ。
署内にいた人達の避難誘導をしており、レーゼはタイミングを見てこっちにやって来たという訳である。
「良かった……無事だったのね! レイパーが出たって聞いたけど、何があったの?」
「いや、目的まではちょっと分かんねーっす……。うちらも、そこの木の陰に潜んでいやがるところを見つけただけっすからね」
伊織が、シャクナゲの方を指差した。
「あんな風に身を隠していたってことは、多分、警察署に入ろうとしたんだと思うんですけど……。でもそいつ、逃がしてしまって」
「最初から完全に逃げるつもりっぽかったっす。こっちに襲い掛かって来ることなく、一目散に逃げだしやがったんすよ。うちのミサイルの爆発に紛れて逃げたから、どこ行ったかまでは見えなかったっす」
そう言うと、伊織は悔しそうに頭を掻く。
「うーん……どこに行ったのかも分からないっていうのは厄介ね」
「面目ねーっす。とっとと見つけて倒して―んすけど、ミサイル、フルバーストしちまったから……」
「あ。そっか……伊織さんのアーツ、今は使えないんですよね」
伊織の使うランチャー型アーツ『バースト・エデン』は、二十発のミサイルを撃ち尽くすと、二十分はアーツ収納用の指輪の中に格納しなければならない。確実に仕留めるつもりで攻撃したのが仇になってしまった。
「でもあいつ、何で警察署に来たんでしょう? 逃げたっていうのも不可解です」
雅が顎に手をやり首を傾げながら、少し話題を逸らす。
警察署には、アーツを持った女性……訓練を受けた大和撫子が大勢いる場所だ。
こう行った場所を好んでやって来る武闘派のレイパーもいるが、そういうレイパーであれば、雅と伊織を見たら襲いかかってくるはずである。
コソコソと隠れ、二人に見つかったと分かるやいなや逃げ出すくらい警戒心が強ければ、最初から警察署には来ない。
雅の言葉に、伊織もレーゼも考え込むが、少ししてから、レーゼが「あっ」と声を上げる。
「もしかして、サルモコカイアかしら? どこにあるかは分からないけど、回収した廃液も含めて、この警察署に保管されているのは間違いないのよね?」
「昨日まで優香さんが色々調べていたっす。間違いねーっすね。でも厳重に保管してあるっすよ? 臭いが外に漏れるなんて……あっ、そうか。あいつ、犬っすね」
サルモコカイアの廃液は、レイパーを誘き寄せてしまう臭いを発するが、人間はそれを感じ取ることが出来ない。
優香は念の為、臭いを嗅ぎ分けられるシャロンに協力してもらい、臭いが外に漏れないように厳重に密封して保管していた。しかし、完璧に臭いを封じ込めることは出来なかったのだろう。嗅覚に優れたレイパーには嗅ぎつけられてしまい、やって来たのだと推測する伊織。
「サルモコカイアの廃液に釣られて、忍び込もうとしたってとこっすね。なら、また来るはずっす」
「あいつ、まだ外にいるはずですよね。レーゼさん、私達はそっちを探しましょう」
「分かった。セリスティア達にも協力をお願いしましょう。そっちは連絡入れておく。イオリは警察署内をお願いできるかしら?」
「オッケーっす! んじゃ、手分けするっすよ!」
三人は頷き合うと、別れるのだった。
***
一方、遡ること十五分前。
警察署を外から眺める、ハーフアップアレンジがなされた黒髪の少女の姿があった。
浅見四葉だ。
建物を見つめるその眼は、鋭い。
警察署に侵入しようとしていたのは、レイパーだけでは無かった。彼女もまた『とある目的』のために、ここに忍び込もうとしていたのだ。
それは、最近発生したレイパー事件の資料を盗み見ること。
具体的には、お面を被ったレイパーの事件について、調べるためだった。
どうやって侵入するか、その計画は当然練ってある。
四葉の手には、小さな手さげかばん。その中に入っているのは、制服だ。これを着て、警察官に成りすまそうというのである。
後は適当な騒ぎでも起こして混乱させ、その隙にこっそり忍び込めば良い。
しかし、
(……意外と人が多いわね)
駐車場に停まっている車や、入口から出入りする人、そして肝心の警察官の人数を勘定し、四葉は小さく舌打ちをする。
この計画を思いついてから、実行までは短期間の内に行わなければならなかった四葉。ある程度の準備はしていたが、当日、現場にどれだけの人がいるかは運だった。
警察署に侵入することは、犯罪。お天道様から『考え直せ』と言われているような気がした。
それでも、やらねばならない。
決意するように、目を閉じる四葉。
その時だ。
離れたところで、何かが爆発した音が、耳に飛び込んできた。
まだ自分は何もしていないのだが……と四葉は眉を顰める。
状況を確認しに行くと――
(あれは……)
大勢の警察官が慌ただしく何かを調べており、雅と伊織、レーゼが話をしていた。
会話の内容も筒抜けだ。
(……いける)
四葉は、ギュッと拳を握りしめる。
警察は頻繁に署に出入りし、今ならば誰が誰だかなんていちいち把握もしないだろう。
上手くいけば、事件の資料だけでなく『もっと有益な物』も手に入るかもしれない。
そう思った四葉は、すぐさま行動に移すのだった。
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