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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第32章 新潟県警察本部
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第281話『大犬』

 午後四時五十二分。


「あー、雅ちゃん。ちょっと二人だけで話、いいっすかね?」


 優香からの報告も終わり、部屋を出ようとした雅に、おかっぱでツリ目の女性、冴場伊織が声を掛けてくる。


 雅が「いいですよー」と朗らかに返すが、皆が部屋を出た後も、「あー」と曖昧に声を上げるだけで、中々話し出そうとしない。


 伊織の表情も優れず、どうやら何かを聞こうとしているが、どう聞いて良いか分からない……そんな様子だ。


 一体どうしたのだろうか? そう思っていた雅だが、伊織は意を決したように口を開いた。


「雅ちゃん……今日、学校行かなかったって本当っすか?」

「あー、あははは……」


 今度は、雅が曖昧な声を上げる番だった。この反応では、明確に答えずとも肯定したようなものである。


 事実、雅は今日、始業式に出なかった。


「いや、まぁ、その……」

「いや、別に責めようっていうんじゃねーんすよ。ただ、ちょっと気になったというか……なんか、すまねーっす」


 言葉をミスったと後悔するように、頬を掻く伊織。


 異世界から戻ってきた雅が復学の手続きをしていない、という話は伊織も聞いていた。今年の四月に異世界に転移し、戻ってきたのが六月の下旬頃。時期的にも中途半端だった上、異世界で生活していたなんて話を信じてもらえなかっただろう。復学し辛かったのかもしれないと、伊織は勝手に思っていた。


 しかし、今は事情が違う。世界は融合し、異世界に転移していたという雅の話も信じてもらえる上、休み明けなら復学するにも良い時期だ。ベストなタイミングと言っても良い。


 何より、雅は新潟県立大和撫子専門学校付属高校の所属……つまり女子校の生徒である。女の子と触れ合えるであろう空間を手放すなど、到底考えられないことだった。


 何か事情があるのだろうか、と気になり、勇気をもって聞いてみたのである。


「いや……うちも不良で、学校とかあんま好きじゃなかったっすから、なんか悩みとかあればいつでも聞くっすよ。ただそれを言いたかったっつーか……」

「ありがとうございます、伊織さん。その時は、すぐ相談させてもらいますね」

「……ん」


 雅の言葉に、妙な引っ掛かりを覚える伊織。


 何となく、雅らしくない……今のも、社交辞令的な返しだと思ってしまった。


 一体どうしたのだろうか。そう訝しみながらも、今の伊織にこれ以上何か出来ることは無かった。




 ***




 部屋を出て、玄関ホールへと向かう雅と伊織。


 学校についての話題は避け、とりとめもない話をしながら、二人は廊下を降りていた。


「そうなんですよー。四葉ちゃん、未だに私と連絡先を交換してくれないんです。熱烈なラブコールを送りたいんですけどねー。つれないと思いませんか?」

「いや、それが嫌なんじゃねーっすかね?」

「えー? そんなはずないですよ。流石にそろそろ信頼関係も構築出来たはずですしー。全く照れ屋さんなんだからー」


 四葉本人が聞いていたら、鳥肌を立てそうな声色に、伊織は苦笑を禁じ得ない。


 しかし、これならいつもの雅だと、少し安心する。


「そういや、今日はラティアちゃんはいねーっすよね? どこにいるんすか?」

「志愛ちゃんの家ですね。何でも、志愛ちゃんがラティアちゃんに見せたいアニメがあるみたいで、午後からはずっと彼女の家です。今日の打ち合わせが終わったら迎えに行くことになってます。本当は夏休み中に見せるつもりだったらしいんですけど……」

「あー、そんな余裕、無かったっすからねぇ。ん? でも志愛ちゃん、打ち合わせには出ていたっすよね?」

「多分、近くにいたんじゃないかな? 立体映像越しでしたけど、ラティアちゃんの気配は感じましたし」

「気配っすか? よく分かるっすねぇ……」


 そんな話をしながら、一階の廊下に差し掛かった、その時だ。


「――っ!」


 窓の外。シャクナゲ等の樹木が並ぶその陰に、黄土色の毛並みの犬が身を潜めているのを、伊織は視界の端で捉えた。


 何だろうかと伊織が眼光を鋭くしてそちらを見ると、その犬は走って逃げていく……のだが、


「でけぇ犬……じゃねーっす! あいつ、レイパーっす!」

「えっ?」


 周りの樹木からの目測するに、高さはゆうに一・二メートルを超えていた。


 そして、足の指から伸びる爪……これが、犬にしてはあまりにも鋭く、長かったのだ。


 分類は『犬種レイパー』といったところか。


「雅ちゃん、行くっす!」

「はいっ!」


 廊下の窓を開け、外に飛び出す二人。


 それと同時に二人の右手の薬指に嵌った指輪が輝くと、アーツが出現する。


 雅の手には、メカメカしい見た目をした、全長一・五メートル程の剣。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。


 伊織の右腕には、箱型の金属の塊が装着される。ランチャー型アーツ『バースト・エデン』である。


 犬だけあって、逃げ足は速い。二人が道路に飛び出したときにはもう、敵は遠くを走っていた。


「まずい! 県庁の方に向かっていますよっ?」

「逃がさねーっす!」


 雅が百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、伊織がランチャーを構えると――桃色のエネルギー弾と、二十発もの小型ミサイルが同時に放たれる。


 エネルギー弾がレイパーの足元付近のコンクリートを砕き、バランスを崩した直後……ミサイルが次々に着弾し、爆発していく。


 雅は「よしっ!」と歓声を上げるが……伊織が険しい顔のままなのを見て、不安そうな瞳を揺らす。


「伊織さん……?」

「……しまったっす」


 煙が晴れ、そこにはグチャグチャになった地面だけが残っている様子を見て、伊織は目を閉じて首を横に振る。


 レイパーが倒された時の爆発が無かったのに、そこに敵の姿は無い。


 爆発の煙に身を隠し、逃げたのだと、雅もそこでやっと気が付くのだった。

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