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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第4章 イーストナリア
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第30話『召喚』

 落ちていたのは、長方形の鏡だった。裏面には、先程二人が見た幾何学模様が描かれており、主に冠婚葬祭や儀式等に用いられるのではないかと思われる。


 ただ、この鏡は壊れていた。二人が見つけたのは板状の鏡であるが、側面に金具のような物があり、折りたためるようになっていたのでは無いかと考えられるのだが、その片割れが無いのだ。部屋の隅々まで探したものの、結局見つからなかった。


 そしてその鏡は今、雅が持っている。何となく気になり、別に大きな物でも無いため、持って帰ることにしたのだ。本当はミカエルが白骨死体を収納したように、亜空間に仕舞えれば良いのだが、生憎容量に空きは無い。そう言う訳で、雅の制服の内ポケットに入っているのだ。


 二人は壁画のあった部屋を出て、一旦ミカエルが怪しいと踏んだ場所の一つに向かっていた。


 その途中、不意に雅が口を開く。


「す、凄いですね、ミカエルさんは」

「え? 何が?」


 恐れ入ったという表情の雅に、ミカエルはキョトンとする。


「いえ、あの短時間で、よくあの複雑な模様を覚えられたなぁって。私、正直自分が既にどこにいるのかさっぱりです」


 ミカエルの迷いの無い足取りを見れば、模様が完璧に頭に入っていることは明らかだ。あの部屋で模様を見ていたのは、五分も無かったはずである。


「コツがあるの。今度ミヤビさんにも教えてあげる」


 雅の言葉に、ミカエルはちょっと得意気な顔をしてそう言った。


 そんな会話をしていると、十字路が見えてくる。


「そこを右に曲がってちょっと進めば、目的地よ」


 その時だ。


 雅の脳裏に、突然白黒の映像が浮かぶ。


 この感覚には覚えがある。ノルンのスキル『未来視』が、雅の『共感(シンパシー)』により発動したのだ。ハーピー種やリザードマン種レイパーを倒した二日後から使えるようになった。


 雅版『未来視』は、何か危険があると、脳裏に映像を浮かばせて教えてくれる。ノルンと異なるのは、映像がカラーではなく白黒である点と、雅の意思とは関係なく発動してしまう点だ。危険も大小様々で、ちょっとした怪我をする場合でも発動してしまったり、そもそも毎回危険を予知してくれるわけでは無いのが大きな欠点と言える。


 そして、その映像が教えてくれたのは……。



 ミカエルが十字路に足を踏み入れた瞬間、左の通路から、あの魔王種レイパーが猛スピードで彼女に突進し、彼女の体を腕で貫き殺してしまう、そんな未来だ。



 ミカエルが十字路に入るまで、あと三歩。


 映像にぞっとした雅は慌ててミカエルの腕を掴み、思いっきり自分の方へと引き寄せる。


「え、ちょっ――っ?」


 ミカエルが驚いたような声をあげるのと、『未来視』の映像の通りに魔王種レイパーが腕を突き出しながら左の通路から出現したのは同時。


 不意打ちを外されたレイパーは、赤い瞳で伸ばした腕をジッと見つめた後、表情の無い顔を、青い顔をした二人に向ける。


 次の瞬間、レイパーはニヤリと笑うように顔を歪ませた。


「ミカエルさん! 逃げますよ!」


 雅はミカエルの手を取って、元来た道に走り出す。


 刹那、レイパーが手の平を、背中を向けた雅達に向ける。


 殺気を感じたミカエルは振り向き、杖型アーツ『限界無き夢』をレイパーに向ける。


 レイパーの放った黒い衝撃波が、出現した炎の壁にぶつかり、相殺される。


 レイパーはケタケタと笑い声を上げると、二発、三発と黒い衝撃波を次々に放ち、ミカエルはそれを全て炎の壁を出して防ぐ。


「――二つ先の分かれ道を右に行くと、広めの部屋があるわ! そこからいくつか通路が伸びているはず! そこで撒きましょう!」

「分かりました! ……っ!」


 雅が走りながら後ろを振り向き、声を詰まらせる。衝撃波を止めたレイパーが、笑いながらこちらに走ってきていた。


 ミカエルもそれに気がついて、足止めのために炎の壁を作るが、レイパーはそれを悠々と通り抜ける。


 雅が剣銃両用アーツ『百花繚乱』を出し、ライフルモードにすると、走りながら後ろを振り返り、レイパーの足元目掛けてエネルギー弾を放つ。


 ミカエルもまた、走りながら火球を作り出し、レイパーへと放つ。


 その妨害が功を奏したのか、レイパーが必死に逃げる二人の様子をもっと見ていたいからなのか――恐らく後者だろう。相変わらずのニヤけた顔であり、攻撃が効いている様には見えない――レイパーとの距離は開くことこそ無かったが、縮まることも無い。


 雅は逃走と妨害をしながら、隙を見てミカエルの様子も伺う。体力的に劣るミカエルをどうカバーすべきか考えないと、と思っていたのだが――ミカエルの必死な顔を見て、その考えを捨てた。彼女の目はまだ死んでいなかったからだ。


「そこを右っ!」

「はいっ!」


 ミカエルの指示通りに角を曲がると、すぐに部屋が見える。壁画のあった部屋より、一回り大きな部屋だ。


 するとレイパーは奇声を上げながら急加速し、二人にどんどん近づいてきた。


 雅はぎりっと歯を鳴らす。やはりわざと手加減して、自分達が必死になる姿を楽しんでいたのだと知った。


 部屋に入ると、すぐにミカエルが天井へと杖を向ける。赤い宝石が一際大きな光を放ち、今まで放っていた火球とは比べ物にならない位大きな火球が、ミカエルの頭上の遥か上に作り出された。


「ミヤビさんっ! ちょっと熱いけど我慢して!」


 その巨大火球が、地面に向かってゆっくりと落ち、地面に衝突すると火球が弾け飛び、大量の煙と共に炎が部屋を埋め尽くす。


 派手な見た目をしているが、これは攻撃魔法では無い。目くらましのための魔法である。


「ミヤビさんっ! こっち!」

「は、はいっ!」


 熱気と煙に顔を顰めている雅の手をとって、ミカエルは走り出す。


 この部屋は上から見ると正十二角形になっており、四つの出入り口がある。今二人が入ってきた出入り口を時計の十二時の方向とすれば、三時と六時、八時の方向にそれぞれ一つずつだ。ミカエルはその八時の方向にある出入り口へと向かっていた。


 しかし――


「――っ?」

「そ、そんな……っ?」


 突如激しい風が巻き起こり、煙と炎を全てかき消してしまう。


 あまりにも強烈な突風に走れなくなって目を瞑り立ち止まる二人。瞼を開けて見れば目の前に魔王種レイパーが立ちはだかっていた。先回りをされていたのだ。


 不敵に笑うレイパーに、思わず後ずさる雅とミカエル。


 別の出入り口に向かおうとしても、レイパーは猛スピードで立ち塞がる。


 最早二人は覚悟を決めるより他無かった。雅もミカエルも、震えそうになる腕に鞭を打ち、毅然とした表情を作ってアーツをレイパーへと向ける。


 すると、レイパーはニタニタと笑いながら、マントの内ポケットから何かを取り出し、二人に見せびらかす。



 白い羽根だ。とても見覚えがある。



 サーっと、二人の顔から血の気が引いた。


 そして、それで出来た隙をレイパーは見逃さない。一瞬で雅に近づくと、腹に拳を打ち込む。


 放物線を描くように舞い上がる雅の体。


 背中を思いっきり地面に打ちつけ、咳き込むと口から血が吐き出される。


 殴られる直前、雅は咄嗟に『衣服強化』のスキルを発動していたのだが……それでもこのダメージだ。


「ミヤビさんっ! ――ぐぅっ!」


 そんな雅に、慌てて駆け寄るミカエル。しかしそんな彼女の首根っこを、レイパーは後ろから掴んで持ち上げる。アーツとエナン帽が地面に落ちた。


 そしてそのまま首をギリギリと締め付けはじめるレイパー。


「ミカエル……さん……! うぁあああぁっ!」


 雅は悲鳴を上げる体に鞭を打ち立ち上がると、叫びながらレイパーへと突っ込んでいく。


 レイパーはミカエルを横に放り投げると、突進してきた雅を蹴り飛ばす。


 今度はアーツを盾にしていたお陰で直撃は免れたが、それでもかなりの衝撃で雅は倒れて地面を転がった。


 その途中、雅の懐から、壁画があった部屋で見つけた鏡が零れ落ちる。


 それを見て、レイパーの笑みがさらに大きくなる。


「――ンッナケヌミノ!」


 レイパーは鏡に近づくと、それを拾い――マントの内ポケットにそれを仕舞う。


 すると突然、部屋全体にドス黒く、禍々しいデザインの魔法陣が出現する。


「な、なにっ?」


 驚きの声を上げるミカエルに、レイパーは顔を向ける。


 途端、ミカエルは小さく悲鳴を上げる。


 レイパーの顔は、もう笑っていなかった。


「カルラコリノネテ、ワルソトレ」


 そう呟くと、魔王種レイパーは雅とミカエルに背を向ける。


 慌ててその跡を追おうとする二人だが、振り向き様に放たれた黒い衝撃波を受け、同時に壁まで吹っ飛ばされる。


 その間に、出現した魔法陣が部屋の中心へと収束していき、そして――


「――っ!」


 地面より、全長十メートルはあろうかという石で出来た巨人が出現する。


 腕に装備されているのは、トゲのついたナックル。


 巨人は小さな黄色い眼を光らせると、雄叫びを上げ、両腕を振り上げ、勢い良く地面に叩きつけた。


 魔王種レイパーは低く笑うと、二人に背を向け、別の出入り口に入って姿消してしまう。


「これは……新しいレイパーっ? 魔法陣ってことは……まさか召喚したっていうのっ?」


 掠れた声で、ミカエルが絶望したように叫ぶ。叫びはしないものの、雅も同じ気持ちだ。


 分類は『ミドル級ゴーレム種』。


 新たに出現した巨大なレイパーは、二人を抹殺せんと、重量を感じさせる足音を鳴らし、近づいてきた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レイパーが人間を襲うのが、単に食べるための補食としてではなく、嬲って楽しんだり、逃がして狩りとして楽しんだり……意地悪く弄ぶのが、すごく腹立たしいです!(♯ ゜Д゜)キィ!
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