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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第31章 ティップラウラ~ノストラウラ
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季節イベント『切掛』

 これは、セリスティア・ファルトがまだ学生だった頃の話。


 学園の、進路指導室に呼ばれたセリスティア。


 目の前には担任の女教師。テーブルの上には、一枚の紙が置かれている。


 二人の間に流れる空気は、冷たい。


 女教師の視線には威圧感が多分に含まれており、対してセリスティアは椅子の背もたれに体重を預け、気丈に女教師を睨みつけている。


 が、しかし……セリスティアの背中には嫌な汗が滲み出ていた。瞳も不安そうに揺れている。まるで、己の不利をよく理解しているかのように。


 しばらく流れていた沈黙だが、不意に女教師が口を開いたことで、それは破られる。




「あなた……この成績、どうするつもり?」




 発せられた言葉が鋭くセリスティアの心を貫くが、彼女は動じないように努める。


 そして、テーブルの上に置かれた紙……成績表に視線を落とし、そこに書かれている数字を見て、すぐに目を逸らした。


 燦々たる数字だ。見ていると気が滅入ってしまいそうになってしまう。目を背けるのが吉。


 しかし、目の前の教師――セリスティアの担任の先生だ――はそれを許さない。


「ファルト……このままじゃ、碌な仕事に就けないわよ?」

「んなことは分かってっけどよ……」


 ぶっきらぼうに呟くセリスティアの言葉は、あまりにも弱々しい。普段から先生に対してもタメ口なのだが、あまりにも覇気が感じられないものだった。


 そんなセリスティアに、先生は深く溜息を吐く。


「全くあなたときたら……鍛錬の授業は真面目に取り組んでいるみたいだけど、学問がこのザマじゃ、雇ってくれるところなんてないわ。何も百点満点を目指せなんて言わないの。せめて及第点くらいは――」

「あー、もう分かったっての! んなこと分かってるっつったろ? でも俺ぁ頭使うことはどうも向いて――」

「向いてないんじゃなくて、やらないだけでしょ! この間の長期休暇の課題、未だ提出していないのはファルトだけよ」


 思わず「うぐっ」と怯むセリスティア。長期休暇が終わってから一か月が経過しているが、先生の言う通り、彼女はまだ課題を全て提出していなかったのだ。


 あまりにも痛い一言。しかしセリスティアは顔を青くしながらも、「いやいや」と言って抵抗を試みる。


「ありゃあちゃんと説教喰らったじゃねーか。それでチャラ――」

「チャラなわけないでしょう! 付きっ切りで見てあげるから、今日の放課後は残って課題をやりなさい!」

「待ってくれ先公! そりゃ勘弁してくれ! 来週体育祭があんの知ってんだろ? 俺、今日はリレーの練習してーんだよ!」


 セリスティアが『後生だ』というような目で懇願する。


 異世界の学校にも体育的行事はあり、リレーや玉入れ等、雅達の世界で行う運動会と似たようなことを行うのが一般的だ。体を動かすことが好きなセリスティアは、リレー以外にも様々な競技で花形を務めることになっていた。


 が、先生はセリスティアのことをギロリと睨む。


 学生の本分は、あくまでも勉強だ。それをほっぽらかすセリスティアを見逃すわけにはいかない。


 結局、先生の許しは出ず、この日セリスティアは泣く泣く課題をさせられることになったのだった。




 ***




 そして、体育祭当日。


 校庭では、学生達の精が出る声が轟いていた。


 そんな中――


「ぐっ……はぁっ!」


 学校の校門の近くでは、何やら物騒な声や物音が鳴り響く。


 セリスティアの担任の先生が、レイパーと戦う音だ。


 目の前にいるのは、全長百七十センチ程の、人型のレイパー。全身黒い毛皮に覆われ、鋭い牙を生やしている。この辺りで偶に出現する、ブラックタイガーを人型にしたような外見だ。


 分類は『人型種ブラックタイガー科』といったところか。


 体育祭が始まって程無くして、そこに集まる女子生徒を狙おうとやって来たこのレイパー。それを偶然彼女が見かけ、戦闘になったのだ。


 先生が使用するアーツは、先端に黒い鉄球が付いた、全長ニメートル程のメイス。


 それを大きく振るい、果敢にレイパーを攻め立てるが……攻撃の軌道が単調だからか、簡単に避けられてしまっていた。


 おまけにメイスを振った後の隙を突かれ、反撃に転じられてしまい、その防御や回避に気を回さねばならず……気が付けば先生は、あっという間に劣勢に追い込まれてしまう。


 先程も敵の強烈な牙の一撃を、メイスの柄で何とか防いだが、このままではやられてしまうのも時間の問題だった。


 普段なら、戦闘音を聞いた他の先生が助太刀に来るのだが、体育祭に気が向いているからか、誰もこの戦闘に気が付かない。


 通話の魔法で助けを呼ぼうにも、そんな余裕は先生には無かった。


 万事休す。


 そう思った、その時。




「うぉらぁぁぁあっ!」




 赤いミディアムウルフヘア―の少女が先生の後ろから飛び出してきたかと思えば、銀色に輝く爪を相手の腹部に打ち込み、レイパーを吹っ飛ばす。


 先生の窮地を救ったのは――


「ファルトっ?」

「先公、無事かっ?」


 爪型アーツ『アングリウス』を腕に装着した、セリスティアだった。


 何故ここに、という疑問がつい喉から出かかったが、レイパーが低く唸るような声を上げたため、何とかそれを飲み込む。




 そして、その十分後。


 先生とセリスティアの攻撃が同時にヒットしたことで、レイパーは断末魔のような声を上げて爆発四散する。


 肩で大きく息をする二人。


 すると、先生がヘナヘナと座り込む。


「先公、大丈夫か?」

「あぁ、ファルト……。ごめんなさいね、情けない姿を見せちゃって……。あなた、どこも怪我していない?」

「ん? あぁ、まぁ……」


 腰が抜けて座り込んでしまったにも拘らず、自分に心配の声を掛けてくれる先生に、セリスティアは、どこかもどかしそうな顔になる。


 何となく、彼女の隣に座るセリスティア。


 すると、


「ファルト……今回は助かったけど、何でここに? いえ、そもそも何で来たの? 危ないでしょう……」


 先生がボソリとそう尋ねてくる。問い詰めるようなものでは無いが、どこか窘めるような口ぶりだ。


 だが、セリスティアは「ん?」とさして気にもしないような風に声を上げて、口を開く。


「いや、姿が見えねーなぁってダチと話をしていてよ、何となく胸騒ぎがしたから探していたら、戦っている先公見つけて……そんでもってピンチっぽけりゃあ、助けんだろ。アーツも持ってんだし、俺ぁレイパーと戦う責任があんだって」

「でも、学生でしょう」

「半端な覚悟でアーツ持ってるわけじゃねーんだっての。第一、体が勝手に動いちまってたんだから、どうしようもねーっつうか……」


 そう言われてしまっては、何も言えなかった。


 先生は、自分の中で燻る気まずい気分を誤魔化すように咳払いすると、ゆっくりと立ち上がって口を開く。


「念の為、医務室に行きましょう。手当してもらわないと」

「いや、別に怪我なんて――」

「駄目に決まっているでしょ! ほら、行くわよ!」

「……ったく、しゃーねぇな。分かった、行く。でも、さっさと終わらせてくれよ? そろそろリレーが始まんだから」

「いや、ファルト……リレーに出る気?」

「ったりめーだろ。アンカー任されてんだ。皆の頑張りを実らせる義務があんだよ」


 何を言っているんだ、という顔になるセリスティアに、先生も目を丸くする。


 一戦終わったばかりだというのに、まだ体を動かす元気があること……そして何より、彼女が自分の義務や責任にここまで真摯な人だということに、驚かされたのだ。


「……体力バカね、あなたって娘は」

「気力とパワーは有り余ってんだよ。……それだけが取り柄みてーなもんだ」

「全く……これで、もうちょっと勉強が出来れば良いんだけどね……」

「だー、もう。前に言ったろ? 俺ぁ頭使うことは苦手なんだっての」


 嫌なことを言うなよ、と言わんばかりに顔を顰めるセリスティアに、先生は苦笑いを浮かべた。


「……ファルト。あなた、バスターになる気はない?」


 唐突にそう言われ、今度はセリスティアの方が目を丸くする。


「正気か? いや……ありゃ無理だって。俺なんかに勤まりゃしねーっての」


 しかし、先生は首を横に振る。


 そしてチラっと、レイパーが爆発四散した方を見ながら口を開いた。


「気力とパワー、それと責任感が無ければ、あんな化け物と戦えないわよ。案外、あなたに向いているんじゃないかしら?」

「そんなもんかねぇ……」

「ま、バスターになるなら、勉強も頑張らないとだけど……。その気があるなら、相談にきなさい。みっちりしごいてあげるわ」

「いや、だからそれがあんだろうに。バスター試験なんて受かる気しねーっての……」


 先日の進路相談の時に見せつけられた成績表の数字を思い出しながら、セリスティアは思いっきり嫌な顔をする。


 この時、セリスティアはバスターになるつもりなんてさらさら無かった。


 その気持ちが変わったのは、この翌年。


 色々あってバスターになると決心し、先生からスパルタのような指導を受けつつみっちり勉強することになるのだが……それはまた別のお話。


 ただ、この時の先生の誘いが、彼女に『バスターになる』という選択肢を与えたことは確かだ。




 因みに、この後のリレーでセリスティアは見事、二位をぶっちぎってゴールテープを切り、先生を驚かせるのであった。

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