第31章閑話
八月三十一日金曜日。午前十一時六分。
どんよりとした雲と、カンカンに照っている太陽が混在する空模様。
ここは、新潟市東区の公園だ。
夏休み中だから、子供達が元気に走り回っている風景の中で、ベンチに座る一人の少女の姿があった。
背中まで伸びた、ハーフアップアレンジの髪型の彼女は、浅見四葉。
夏の日差しで思わずクラリときながら、ベンチの背もたれに寄りかかり、子供達の姿をボーっと眺めていた。
横には、空になったカップアイスが三つも置かれている。つい買い過ぎてしまったのだが、暑かったからか、あっという間に平らげてしまった。
四葉はアーツ製造販売メーカー『アサミコーポレーション』の社員。学生は夏休み中でも、社会人は仕事がある日だが、四葉は休みをとっていた。社長、そして母親でもある浅見杏から、今日は休みをとるように言われていたからだ。
休みの日の過ごし方なんてよく分からず、何気無く散歩に出て、この公園でのんびりしていたと言う訳である。
暑さで少しボーっとしていたからだろうか。誰かが四葉に近づいてきたのだが、それに気が付かなかった。
「やっぱり四葉ちゃんだ。こんなところで、どうしたの?」
「…………?」
突然声を掛けられ、そちらを向いて……四葉は目を丸くする。
そこにいたのは、眼の半分くらいまで前髪を伸ばした、ボブカットの少女。
四葉の友人の、鬼灯淡がそこにいた。
だが、
「……淡?」
大事な友人のはずなのに、四葉は一瞬、彼女が誰だか分からず、そう聞いてしまう。
「う、うん……そうだけど……」
「そ、そうよね……ごめんなさい」
(前会った時より、前髪が短いわね。……それだけで、こんなに印象が変わるものなのかしら?)
いつもと雰囲気が違う気がして、四葉は心の中で首を傾げつつも、空になったカップアイスの容器が入った袋を引き寄せ、体の陰に隠す。
「実は、今日は休みをとったの。昨日まで出張で……。異世界の、ウラっていう国よ」
「ふーん……。なんか聞いたことがあるかも。ところで、こんなところでボーッとしていたっていうことは……」
淡の質問に、四葉は苦笑いを浮かべた。
「お察しの通りよ。時間を持て余しているってところかしら」
「私、これから映画を見に行く予定なんだけど……四葉ちゃんも一緒に来る?」
「映画か……昔は偶に行っていたけど、最近はご無沙汰ね……。折角だし、行こうかしら」
そう言って立ち上がった四葉の顔は明るい。
四葉に自覚は無いが……一緒に遊ぶ友達を、彼女はずっと待ち望んでいたのだから。
***
「淡、こういうの好きだったのね」
近くの映画館に訪れ、淡が見たいと言う作品のフライヤーを手に取り、四葉はそう呟く。
最近話題の本格ファンタジーものの映画だ。名前くらいなら、四葉も聞いたことがある。
中学生時代の淡は、偶にSFやミステリーものの小説や漫画を読んでいたため、見にいく映画もそこら辺のジャンルだろうと思っていたのだが、意外なチョイスで驚かされた。
しかし、淡は四葉の言葉に、小さく首を横に振る。
「好きって言うか、面白いって評判になっているから、取り敢えず見てみたいなって」
「そっか。因みに、どんな内容なの?」
「ヒロインが途中で死んでしまうっぽいことくらいしか、分からない」
「淡、それ言っちゃ駄目なやつだと思うわ……」
重大なネタバレをされてしまい、苦笑いを浮かべる四葉。
ポップコーンやドリンクを買って、あれこれ話をしながら劇場に入る二人。
しばらくすると、映画が始まった。
――二時間後。
(……まぁまぁね)
映画も佳境に差し掛かったところで、コーラをグイっと飲み干しながら、四葉はそんなことを思う。
中世ヨーロッパのような世界で、魔法を学ぶ学校を舞台とした話。学校に襲い掛かって来たモンスターとのアクションシーンは、そこそこに興奮させられた。
ただ、話題になっているほど面白いかと言われると微妙だが。
するとヒロインが、主人公に襲い掛かる攻撃を、身を呈して庇ったシーンになる。
主人公の必死の呼びかけも空しく、息を引き取るヒロイン。
しかし、それに四葉が心を動かされることは無い。
こういうのを見ても、泣かせに来ているのが分かってしまい、どうしても冷めた目でしか見られないのだ。
直前に淡からネタバレされていた、というのも心を動かされない理由だ。
すると、
「……すん」
隣から鼻をすする音が聞こえ、驚いて四葉がそちらを見れば……淡が泣いていた。
どうも淡には、こういった描写が刺さったらしいが……こういう風に泣く淡を見たのは初めてで、ポカンと口を開けてしまう四葉。
映画よりもそっちの方が衝撃で、その後の展開は、あまり頭に残らなかった。
***
映画が終わり、劇場を出る四葉と淡。「割と良かった」と呟く淡に、四葉は曖昧に返答することしか出来ない。
すると、
「っ?」
「おっと……大丈夫?」
四葉や淡と同じくらいの年齢の女子とすれ違った際、彼女の肩が、淡の肩に勢いよくぶつかってしまう。
軽くよろめく淡を、咄嗟に支える四葉。
早足で去っていく女子の背中を睨み、口を開いた。
「何、あいつ? ぶつかったのに、謝りもしないなんて」
「……クラスメイト。あんまり仲良くない人。たまに、あんなことしてくるの」
そう呟くと、淡は軽く頬を膨らませた。
「ほんと……子供なんだから」
「淡……?」
何かがおかしい。四葉はそう思った。
彼女に怒っていることがおかしいのでは無い。こんな風に感情を表に出していることに、違和感を覚えた。
淡は、こんな風に感情が表に出る娘だっただろうか?
友の横顔を見ながら、四葉は眉を顰めるのだった。
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