第278話『敬礼』
次の日。八月二十九日水曜日、午前九時五十三分。
カラッと晴れた空の下、雅達はノストラウラの南にある馬車停で、オートザギアの港行きの馬車を待っていた。
今日の午後には、日本からボランティアが来てくれるということもあり、雅達は今日、帰還することにしたのだ。昨日の内に船も手配してある。
「あぁー……やっと終わるぅー……」
「ファム、まだ終わってないよ」
大きく伸びをして、気の抜けた声を出したファムを見て、ノルンがやれやれと溜息を吐く。
ノルンの言う『終わっていない』というのは、『帰るまでが遠足です』的な意味合いでは無い。
文字通り、まだやることがあるのだ。葛城達を新潟県警に引き渡す、という役目が。
今日の朝になって、葛城はようやく目を覚ました……が、ダメージが大きいのか、まともな意思疎通が出来る状態では無かった。
本当はさっさと情報を吐かせたかったが、こんな状態では仕方が無い。葛城自身も久世に利用されていたこと、そしてその久世がティップラウラから姿を消していることを考慮して、新潟県警に引き渡し、日を置いて取調べするということにした。
四葉は叩きのめしてでも情報を吐かせるべきだと主張したが、雅やレーゼ達が何とか説得し、最終的には渋々ではあるが、納得してもらえた。
なお、エントラウラのバスター署で拘束されていた、人工種キンシコウ科レイパーに変身する男は、既に一足先に新潟県警に引き渡されている。
そしてもう一つ、日本の警察に渡すものがあった。
サルモコカイアだ。
レイパーを誘き寄せる廃液や、人工レイパーをパワーアップさせる効果を持つこの植物を、雅達の世界の技術で調べてみようということになった。何かしらの形で、有効活用出来る方法を探すことにしたのである。
葛城の部下が入手したサルモコカイアや、回収した廃液。これらは全てミカエルが所持しており、新潟に戻った後、科捜研に渡す手筈となっている。
「可能性は低くても、クズシロさん達の口封じで人工レイパーがやって来るかもしれないんだから。一応、何時でも戦えるよう、心の準備だけはしておかないと」
「うぃー」
「それに、馬車や船の中で、宿題もしないと。まだまだ一杯残っているんだからね」
「……えぇー」
明らかに嫌そうな顔になるファムだが、ノルンが有無を言わさぬような、底知れぬ迫力を帯びた視線を向けられると、素直に「うぃ、頑張りまーす……」と呟いた。
一応、ウェストナリア学園の長期休暇は九月の中頃までだが、早く終わるに越したことは無い。
すると――地面を鳴らしながら、ユニコーンの馬車がやって来た。
客車には、一般の馬車では見られない、独特なマークが書かれている。
バスター署が管理する馬車だった。
雅達が乗る予定の馬車の後ろを着いてくるのだ。
ユニコーンが、ファム達の前で停車すると、客車の戸が開き、中から出てきたのは――バスター署の署長。
中で座るのは、葛城達だ。
「すまない、遅くなった」
「護送、お疲れ様です。では、ここから先は我々が」
レーゼがお手本のような綺麗な敬礼をしつつ、そう言うと、バスター署長は感心したような目をしつつ口を開いた。
「ところで、まだ馬車が来るまで時間があるだろう?」
「え? ええ。後十数分程であれば――」
レーゼがそこまで言って……彼女と、そして雅達は目を丸くする。
十人以上ものバスターが、こちらにやって来るのが見えたのだ。
ポカンとするレーゼ達に、バスター署長は「すまないな」と苦笑いを浮かべた。
「帰ってしまう前に、きちんとお礼を言いたいと言うものでね。相手をしてやって欲しい」
***
「こんにちは」
「その節は助かった」
「……あ! あの時の!」
話しかけてくる二人の女性。片方は赤髪ボブカットの女性で、もう片方は青髪ツーブロックロブの女性だ。
一瞬、誰だか分からなかったが、すぐに思い出すファム。
彼女達は、ティップラルア北西の街で、最初に葛城と戦っていたバスターだ。
途中で、逃げ遅れた人達の避難誘導をするために戦線離脱して、それからはファムとは会わなかったのである。
事件が収束した後、復旧活動に勤しみつつもファムのことを探してのだが、出現したレイパーの対処に追われ、結局会えず仕舞いになっていたのである。
「助けてもらったのに、自己紹介も何もしていなかったから……せめて帰ってしまう前に、一度挨拶をしておきたかったんだ。私はメイリ・カドゥーラ。よろしく」
「マディ・エイビスです。君達があの手強い敵を引き受けてくれたお蔭で、無事に皆、避難させることが出来ました。ありがとう」
「そっか、それなら良かった。私も頑張った甲斐があったかな。あ、私はファム・パトリオーラ」
「ノルン・アプリカッツァです。直接会ったのは初めてですけど……」
「風魔法を操る娘かな? 遠くからチラっとだが見た。私も魔法を使うから少し分かるんだが、君の魔法は実によく練られていたと思ったよ」
赤髪ボブカットのメイリが、そう言って微笑むと、ノルンも照れ笑いを浮かべる。
その近くでは、葛城との戦いの際、一緒に戦ってくれた槍使いのバスターが、志愛とライナに話しかけていた。
彼女はネムリア・コートマニー。
こちらは昨日の内に、志愛とライナには挨拶を済ませていた。偶然、復旧作業の現場が同じだったのだ。
他にも、セリスティアと雅に声を掛けるルーナとパフェや、他のバスター達と会話をする優やシャロン達を見回し……バスター署長のシャーリー・アルトレッサは、改めてレーゼや伊織に頭を下げてから、口を開く。
「君達は、これからどうするつもりだ?」
「この事件の主犯がまだ捕まっていません。それを追いかけます」
これは、昨日の晩に全員で話をして決めたこと。
葛城は捕まえたが、のっぺらぼうの人工レイパーや、久世は未だ逃走中だ。
現状は、彼らを捕まえることを最優先としたのである。
シャーリーは「そうか……何卒、頼む」と言って頷くと、手を差し出してきた。
「色々あったが……あなた方が助けてくれたことを、我々は……ティップラウラの住民は、けして忘れない。街が無事に復旧出来たら、是非遊びに来てくれ。歓迎しよう」
「ええ、その際は是非!」
「復旧活動、頑張って欲しいっす!」
レーゼと伊織が、シャーリーの手をがっしりと握りしめた。
そして、馬車がやって来る。雅達が乗る予定の馬車だ。
雅達全員が乗り込み、いざ出発する時になると、
「敬礼っ!」
シャーリーの声が轟くと共に、バスター達が、レーゼに負けず劣らずの見事な敬礼をして見せる。
そして、
「あっ! あれ!」
雅達は気が付く。来ていたのは、バスター達だけでは無かったのだと。
遠くには、ティップラウラの住民達が、こちらに手を振っている姿が見えた。
「なんか、不思議ね。こんなにたくさんの人に感謝されて……私、最後に美味しいところを持っていっただけなんだけど……」
それを見たレーゼが、そんなことをボソリと呟く。
隣でそれを聞いていた雅が、小さく頷いた。
「私も、ただ無我夢中で戦っていただけですよ。皆だって同じです。その時、その場所で、出来る精一杯をやりきった。それで、結果的に街を……あの人達を助けられた。……ねぇ、レーゼさん」
「何かしら?」
「帰りましょう、胸を張って」
そう言うと、敬礼をするバスター達や、遠くにいる住民達に手を振り出す雅。
レーゼは一瞬ポカンとしたが……すぐに「そうね」と微笑みを浮かべて呟き、雅と同じように、皆に手を振るのだった。
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