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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第31章 ティップラウラ~ノストラウラ
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第277話『思案』

 勉強会が始まって、十数分後。


「ほらそこ、手が止まっていますわよ」


 希羅々の鋭い声が飛んできて、優が「うっさい」と小さく口を尖らせる。


「真衣華。余所見をしない」

「……うぃー」


 不満たらたらな真衣華の声。


 明らかに集中力が欠けている二人に、腕を組んで彼女達を監視する希羅々は、深く溜息を吐いた。


「全くあなた達は……さっさとやれば、その分早く終わるではありませんか。何をダラダラとやっておりますの?」

「だってさー、やる気出ないって言うか……」

「人に強制させられると、無性にやりたくなくなるっていうか……」

「口答えをしない。ええいこのお馬鹿共、そんなんだから宿題も終わらないし、テストの点も悲惨なのです。やるべき時にしっかりやりさえすれば、成績は――」


 呆れた希羅々がついうっかりそんなことを言い出した瞬間だった。


 流石にカチンときたのだろう。優と真衣華は頬を少し膨らますと、


「ねぇ知ってる優ちゃん。希羅々、こんなこと言っているけど、成績は中の中なんだよ」

「知ってる。小テストの答案とかチラっと見ると、大体平均点ど真ん中だよね」


 二人揃って、調子良く喋っている最中の希羅々を指差し、そんなことを宣いだす。


「そりゃあ私、文系科目は壊滅だけど、理系科目は希羅々より点取ってるしー」

「私も理系科目は壊滅だけど、文系科目はそこそこ出来るし―」

「全科目、中途半端な点しかとれない希羅々よりマシだよねー?」

「尖がっている私らの方が、かっこいいよねー?」

「もっと振り切れー、偏差値五十のお嬢様ー!」

「よっ、平均点令嬢! 頑張れー!」

「ぶっ飛ばしますわよ、あなた達!」


 青筋を立て、二人の前で拳を握りしめてみせる希羅々。


 しかし、二人は怯まない。


「希羅々さー。大企業の社長の娘が、成績そんなんで大丈夫なの? 怒られない?」

「大学だって、それなりのレベルを求められるでしょ。せめて六十五以上はないとねー?」

「やかましい。大学なんてどこを出ようが同じですわ! 社会に出た後で辣腕を振るえばそれで良いのです!」

「あー、開き直ったー! 悪い子だー!」

「いーけないんだー、いけないんだー! ごりょーしんにー言ってやろー!」


 やんややんやと騒ぎ始めた三人。


 すると、




「あ、な、た、達?」




 底冷えするような声が聞こえてきて、三人が顔を強張らせる。


 気が付けば、ミカエルが三人の側で、眉を吊り上げていた。


 スッと、ミカエルが無言で指を差した先には――希羅々達のやりとりを聞いて、腹を抱えて大笑いし、最早宿題どころではないファムの姿。


 さらにその近くには、愛理や志愛、雅達が、呆れた顔をしたり、頭を抱えていたり、苦笑いを浮かべていた。ラティアでさえ、無表情だが視線はちょっと冷たい。


 カンカンになったミカエルに説教された三人は、その後は大人しく勉学に励むのであった。




 ***




 それから三時間後。


 宿題もある程度キリの良いところまで終わり、優も真衣華も精神的に限界に近い様子になってきたため、今日はもう休もうということなった。


 皆で協力して部屋にベッドを運び込み、ベッドメイクを済ませた後のこと。


「ところで、お二人にちょっと相談があるのですが」


 希羅々が、ぐったり横になっている真衣華と優にそう声を掛ける。


 一瞬、「疲れているから後にして」と言いかけた二人だが、希羅々の瞳に真面目な光が見えたことで、体を起こし、話を聞く姿勢をとる。


「ありがとうございます。まずは真衣華、あなたから見て、(わたくし)が二刀流で戦いたいと言ったら、どう思います?」

「……どうしたの、急に?」

「……少し、自分の力に限界を感じただけですわ」


 ボソリとそう言うと、口を結んで頭を掻く希羅々。


 どんどん強くなっていく敵。


 今までは二、三人で戦えば倒せたような敵も、徐々に四人、五人で戦っても勝てないような相手が増えてきた。


「昨日の葛城……あれは、(わたくし)達が九人掛かりで戦っても勝てませんでした。途中でマーガロイスさんがパワーアップしたから勝てましたが、あんな奇跡、そうそう起きませんわ。だから――(わたくし)も強くなりたい。マーガロイスさんや束音さんのように、奇妙な姿に変身出来るようになるのも手ではありますが……」

「あー、そういうこと」


 納得したようにそう呟き、軽く唸りだす真衣華。


 雅やレーゼのようなパワーアップは、何が理由でああなったのか、未だ不明のままだ。何かが切っ掛けで希羅々も変身出来るようになるかもしれないが、それを求めるのは現実的では無い。


 故に希羅々は、別の方法で強くなろうとしていた。


 地道なトレーニングは重要だが、成果が出るまで時間を要するのが難点。


 手っ取り早く強くなろうとするなら、別の方法――例えば、戦い方を変えるようなことが必要だった。


「んー、それで二刀流? いやー、止めておいた方が良いんじゃない?」


 レイピアを二本持った希羅々の姿を想像して、真衣華は少し渋い顔になる。


 二刀流の難しさは真衣華も良く分かっており、そもそもレイピアを二本持って戦うこと自体が成り立つかも想像が出来なかった。


 そして何より、


「大体、二刀流で戦うって言っても、もう一本のアーツはどうするの? 希羅々、私や雅ちゃんみたいに『鏡映し』が使えないじゃん」


 希羅々のアーツ『シュヴァリカ・フルーレ』は、量産可能なアーツでは無い。使われている素材やコア等は特殊なものを使っており、全く同じものをもう一本作ることは実質不可能である。


「もしかしてシュヴァリカ・フルーレの他に、別のアーツも併用するつもり? いやいや、現実的に厳しいって。二つ以上のアーツの併用って、特殊な訓練を何年も積んでも、千人に一人出来るようになるかどうかってところでしょ? そりゃあ、雅ちゃんのアーツと合体させる時は別だけどさぁ」

「ええい落ち着きなさい真衣華。まぁ(わたくし)の言い方も悪かったですが」


 言葉が止まらなくなった真衣華に、希羅々はやや強引に割り込む。


「何も、本格的に二刀流を極めようだなんて言いませんわ。そこで相模原さん、あなたに少し伺いたいのですが」

「え? 今度は私?」


 今まで蚊帳の外にいた優が、突然話を振られて目を丸くする。


 そんな優に、希羅々は「二人に相談がある、と言ったでしょうに」と言って眉を寄せつつも、再び口を開く。


「あなた、左利きですわよね? 剣でも刀でも何でも良いですが、授業か何かで、その類の武器を扱った経験はおありで?」

「護身用のしょぼいアーツなら、小学生くらいの時に使っていたけど?」

「なら良かったですわ。――教えて頂けませんこと?」

「……何を?」

「左利き用のアーツの戦い方に決まっているでしょうに」


 何を言っているんだ、というような目をした希羅々。優も、あんたこそ何を言っているんだ、という目を向けた。


 そんな優の視線に少しイラっと来て、反射的に文句を言いそうになった希羅々だが、頼んでいるのは自分だからか、出そうになった言葉を、今回は何とか押し留める。


「そして真衣華、(わたくし)に二挺流の戦い方の、基本的な部分を教えて欲しいのです」

「ちょ、待ってよ希羅々。何をするつもりなの?」


 希羅々の考えが読めない真衣華と優が、頭に大きな『?』を浮かべる。


 そんな二人に、希羅々は自分のやろうとしていることを伝えるために、口を開く。




「シュヴァリカ・フルーレ一本で、二刀流をしようと思いますの」




 その言葉を聞いた真衣華と優が、頭の悪い者を見るような目をした直後。


 希羅々の拳骨が、二人の頭に落ちるのだった。

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