第275話『謝意』
午後五時五十二分。
ティップラウラを出る、雅とレーゼ。
そしてその隣には、おかっぱの目つきの悪い女性、冴場伊織の姿もある。
街が復旧作業中のため、宿はノストラウラでとってあり、三人はそこへと向かっていた。
「そっか。じゃあ日本から、ボランティアの人がたくさん来てくれるんですね」
「そうっす。うちの署長がNPO法人の代表に話をして、そんで決まったみてーっすよ。明日の午後には到着するみてーっす」
「対応が早くて助かるわ。私達も、流石に帰らないといけないし……」
葛城やのっぺらぼうの人工レイパー、他にも強力な人工レイパーと毎日のように戦い、ティップラウラの復旧の手伝いまでしている。皆、あまり自覚は無いのだが、精神的にも体力的にも限界に近い程疲弊しているはずだ。
これ以上無理はさせられないと、レーゼも伊織も思っていた。
それに、優や愛理達はそろそろ学校が始まる頃だ。そういう意味でも、日本に帰還しなければならない。
レーゼや伊織にしても、捕えた葛城達を新潟県警に引き渡さなければいけない以上、戻る必要もある。
ボランティアが来てくれるという話は、ありがたいものだった。
因みに葛城は未だ目を覚まさないものの、部下の男達は意識を取り戻し、今日伊織達に取調べされた。
分かったことと言えば、人工レイパーになる薬は葛城から購入したこと。そして、人工種コビトカバ科レイパーに変身した男は、葛城の裏切りを久世に教えたことくらいか。久世の潜伏先や、のっぺらぼうの人工レイパーの正体までは不明のままだ。
その後もあれこれ会話しながら歩き、宿に着く三人。
中に入ると、
「あ、四葉ちゃん」
背中まで届く黒髪を、ハーフアップアレンジさせた少女、四葉の姿があった。
四葉は雅を見ると、「やっと戻って来た」とボソリと呟く。
どうやら雅のことを待っていた様子。
すると、
「束音。あなた、異世界のお金、持っているわよね?」
まるでカツアゲする不良のような目つきで、そんなことを宣うのであった。
十数分後。
ここは、宿の近くにある食堂。
四人掛けのテーブルに座る四葉と、三人の少女の姿があった。
どこか興奮気味のファムに、緊張した面持ちのノルン。
そして、もう一人はエアリーボブの髪型の、なよっとした少女……橘真衣華だ。
ファム達は、四葉に、夕飯に連れてきてもらっていた。
エントラウラで、葛城の部下の一人……人工種キンシコウ科レイパーと戦った時のこと。四葉はファムとノルンに、敵の攻撃から助けてもらったことがあった。
その際に、ファムに『後でご飯をおごる』と約束したのだ。
ファムはただ単に、その場の勢いで適当にそう頼んだだけだったのだが……四葉はちゃんと覚えており、守ろうとしたわけである。
ファムだけにおごっては、その時に一緒に戦ったノルンと真衣華に悪い気がしたため、二人もついでに誘ったのだ。
「ねぇ、本当に良いの? ここ、結構な値段するよ?」
「大丈夫よ。社会人の財力を舐めんじゃないわ」
言いつつも、四葉は少し目を逸らす。
確かにお金はあるが、それは日本円。会社から宿代や食事代として、ウラで使えるお金はいくらか貰ってはいるものの、人にご馳走出来る程ではない。
そして外貨両替の仕組みは、まだきちんと整ってはいないため、自分のお金をテューロ――異世界のお金の単位だ――に変えることも出来なかった。
故に四葉は、雅を頼った。円もテューロもどちらもある程度持ち合わせがある雅に、お金を両替してもらったのである。
宿に来た雅に声をかけたのは、そのためだった。
(……いや、大丈夫。この三人なら、そうそう高くはつかないはず)
助けてもらった礼にご馳走する以上、安いお店に連れていくわけにもいかない。
若干高めの食堂を選んだのは、わざとだ。
真衣華はあまり食べるタイプに見えず、ファムとノルンも食べ盛りの年齢とは言え、体型を見れば大食いとも思えない。
手持ちのお金を超えることはないはず……四葉はそう考えていた。
「んー、そういうことなら、ご馳走になっちゃおうかな? ありがとね」
「ご馳走様です、ヨツバさん」
「サンキュー、ヨツバ。そんじゃ、私はこれとこれと――」
「ちょっとファム! 少しは遠慮しなさい!」
ここぞとばかりにたくさん頼もうとするファムを窘めるノルン。
四葉は顔にこそ出さなかったが、内心はひやひやしながら、その光景を眺めていた。
***
(ギ、ギリッギリね……)
頼んだメニューが全て届き、こっそり伝票を見た四葉が、ホッと息を吐く。
復旧作業を頑張ったことで、お腹が空いていたのだろう。ファムとノルンがそれぞれ一・五人前くらいの量を食べるのだ。
最初からたくさん頼む気マンマンだったファムはともかく、遠慮しようとしていたノルンも空腹には抗えなかったのか、「すみませんっ」と謝りつつも、ファムと同じくらいの量を頼んだのは予想外だった。
真衣華が四葉の財布を気にして、比較的安いものを頼んでくれたから何とか払える、といったところである。
おごると言っておきながら、何とも情けない有様ではないかと、四葉は心の中で頭を抱えた。
「うまっ。このステーキ、めちゃ美味い」
「あ、ファム。一口頂戴」
「ノルンの唐揚げと交換で良ければねー」
ノストラウラとティップラウラの間の森には、ラウラエレファンという動物がいる。マンモスのような見た目で、食肉として、この辺りではよく食べられる肉だ。食感は鶏肉、味はラム肉に近い。やや癖があるものの、ファムとノルンの舌には合ったようである。
「あ、そう言えば」
ファムからハンバーグを貰いながら、ノルンの目が真衣華に向けられる。
「ちょっと聞いたんですけど、マイカさんのお母さんって、カフェを経営されているんですよね? やっぱり毎日のご飯、美味しいんですか?」
「んー……どうだろう? 生まれた時からその味に慣れているからねー。でも、お父さんが作るご飯よりは、やっぱり美味しいよ。いやお父さんのご飯がマズいわけじゃないんだけど」
「おー、羨ましい。私ら、食事は基本自炊なんだよね。ある程度の食材は学校が提供してくれるんだけどさ、そんな新鮮でも無くて」
「お金の問題で、お店とかには出せない食材を格安で入手しているんですよね。なのにそれで自炊しないといけないんですよ。これも学生の自立を促すっていう学校の方針みたいなんですけど……」
「なんか適当に切って焼くか煮る。後は調味料で何とかする。うちらの料理って大体これだから、ぶっちゃけ美味しくないし、飽きるんだよね」
「学生の食事がそれで良いのかしら……」
ファム達の苦労を聞いて、同情したような表情になる四葉。真衣華も苦笑いを浮かべることしか出来ない。
「ヨツバの家は、どうなの? お母さん、確か社長さんなんだよね?」
「ミヤビさんから聞きましたけど、妹さんもいるんですよね? お母さんが忙しい時は、お父さんが作ってくれるんですか? あ、もしかして、ヨツバさんが作ったり?」
「…………」
ノルンの言葉に、四葉のフォークを動かす手が止まる。
咄嗟に雅に吐いた嘘が、こんなところで牙を剥くとは夢にも思わなかった。
自分には、父も……妹も、もういない。父親は病死し、妹はレイパーに殺されたからだ。
「四葉ちゃん、どったの?」
「……いえ、何でもない。うちは大体、出来あいのもので済ませるわね。――そんなことよりパトリオーラ、口の周りにソースが付いているわよ。拭いてあげるから、ジッとしていなさい」
「い、いや……自分で拭くよ。恥ずかしいし……」
「ええい、いいから」
半ば強引に話題を変え、ペーパーナプキンを持って、ファムの口元へと手を伸ばすのだった。
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