第273話『痩細』
四葉と別れてから、少し経った後。
瓦礫等のゴミの処分が終わり、雅は街の北――昨日、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーを倒した、あの崖の辺りだ――へと向かった。
目的は……
「レーゼさーん!」
「あら、ミヤビじゃない」
青髪ロングの女性の背中が見え、雅が声を掛けると、明るい声と共に女性が振り返る。
レーゼ・マーガロイス。雅の仲間だ。ここに来たのは、レーゼの様子を確認するためだった。
「どうですか? ……やっぱり、見つかりませんか?」
「ええ。まぁ流石に、何時までもティップラウラにはいないとは思っていたけどね。もうトンズラしたと見て間違いないわ」
ラージ級の巨大な人工レイパーは倒せたとは言え、出現した敵を全て倒した訳では無い。
全身黒いタイツを着たような、顔の無い化け物……人工種のっぺらぼう科レイパーには逃げられてしまった。
二本の角を生やした鬼女である『般若のお面』。そして泣いたお婆さんの『姥のお面』。その二枚のお面を被ったのっぺらぼうの人工レイパーは、パワーアップした雅とレーゼとも互角以上に戦える力を有し、非常に危険な存在だ。
久世から「戻ってこい」と言われた以上、人工種のっぺらぼう科レイパーがまだティップラウラに潜伏しているとは思えないが、レーゼは念の為、パトロールして回っていたのである。
「逃げたとしても、あの人工レイパーはどこに向かったんでしょうか?」
「クゼに『戻ってこい』と言われた以上、あいつの隠れているところでしょう。クゼがウラに来るメリットは無いでしょうし、多分ニホンに戻ったんじゃない?」
「人間の姿になれば、怪しまれずに行動出来ますしねぇ」
倒しきれなかったことは勿論、尾行すら出来なかったことを悔やむように、二人は溜息を吐く。
しかし、落ち込んだのも一瞬。
レーゼは自分の両頬を、気合を入れるようにバチンと叩いて口を開いた。
「さっき、イオリから連絡があったわ。バスター署の近くで、レイパーが出たそうよ。イオリとユウ、それにバスター数名で対処して、すぐに片が付いたみたいだけどね。それに、あちこちでも何体かレイパーが出ているって。バスター達が対処しているから、今のところ被害はゼロって話だけど……」
「ええっ? でも、なんでこのタイミングで? ……街がこんな状況だから、殺人もしやすいって思ったんでしょうか?」
「さっきシャロンに会ったのよ。それで聞いたんだけど、街に若干、サルモコカイアの臭いが残っているそうよ。多分、それに誘き寄せられているわね」
幸い、臭いは風で徐々に消えているとのこと。
後三時間もすれば、完全に臭いもなくなるだろうが、それまでは油断は出来ない。
「ミヤビ。私はもう少し、パトロールを続けるわ。のっぺらぼうの人工レイパーも勿論だけど、他のレイパーも来るかもしれないし。――ところで、街の復旧はどんな感じ?」
「皆、頑張っています。お弁当や資材を届けたり、ゴミの回収をして回ったりしながら様子を見ていたんですけど、この調子なら、また元通りになると思いますよ」
ルーナやパフェ、ファムや四葉達と会った後、愛理やセリスティア達のところにも訪れていた雅。
街の人達の雰囲気も、明るいとは言えないが決して暗すぎるわけでも無く、誰もが今やれることを精一杯やっていたように思えた。
色々やることが多く、そのお蔭で辛い気持ちが紛れているのかもしれない。
「そっか。ミヤビがそう言うなら安心ね。早く街が元に戻って欲しいわ」
「きっと大丈夫!」
そう言って、笑顔でグッとサムズアップをする雅。
そんな彼女に、レーゼはクスリと笑みを零した。
その時だ。
レーゼが何かに気が付いたのか、眉をピクリと動かすと――表情が真剣なものへと変わる。
雅もレーゼの様子が変わったことを悟り、眉を寄せた。
辺りの気配を探ること僅か数秒。
「……ミヤビ」
「ええ。分かっています、レーゼさん」
二人の意識が、横……砕けた岩の山の、その向こう側へと向けられる。
物陰に潜む、何者かの気配。
雰囲気的に、人ならざるもの……レイパーの気配だ。
レーゼが腰に収めた剣……空色の西洋剣型アーツ『希望に描く虹』の柄に手を伸ばし、雅は右手の薬指に嵌った指輪を光らせ、収納されていたアーツを出現させる。
雅の手に握られたのは、全長二メートル程のメカメカしい剣。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。
二人が戦闘態勢に入ったことで、息を潜めていたレイパーも『二人が自分に気が付いたこと』を悟ったのだろう。
逃げることなく、岩陰からスッと飛び出て、二人へと迫って来た。
だが――その姿を見た雅とレーゼが、揃って息を呑む。
全身ガリガリの、やせ細った人型のレイパーだったのだ。その姿は、例えるならば栄養失調で痩せた人間のそれだった。
「なんですか、こいつっ?」
「落ち着きなさい、ミヤビ! 来るわよ!」
異形のレイパーに面食らってしまった雅とは対照的に、レーゼは素早く希望に描く虹を抜き、そう叫ぶのだった。
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