第30章幕間
「ぅぐ……はぁ、はぁ……」
レーゼ達が、ラージ級人工種ドラゴン科レイパーを倒し終わってから数分後。
岩壁に手を這わせ、瓦礫に隠れるようにして走る男がいた。
生き物で言うなら、蛇のような顔をした中年の男。
葛城裕司だ。
人工レイパーの性能を他の人間よりも引き出している葛城は、倒されて人間になった後も、意識を保っていた。
だがレーゼ達は葛城を拘束しないままお面を探しにいったため、葛城はその隙に逃げようと動いたという訳である。
息を切らしながら、頻りに後ろを振り返りながらも、レーゼ達から離れていく葛城。
だが、
「どこへ行くつもり?」
葛城の行く手を塞ぐように、空から降り立ったのは……全身銀色のプロテクターに覆われ、バイザーを被った少女、装甲服アーツ『マグアン・エンプレス』を纏った、浅見四葉である。
「よ、四葉嬢……っ?」
突然のことに、体を硬直させる葛城。
すぐに逃げようと後退るが、彼が背を向けるより先に、四葉の手が葛城の首を捕らえた。
「ぐぉっ……」
「ふん……!」
葛城への苛立ちから、四葉の手に力が籠る。
しかし、殺す訳にはいかない。
己に課せられた役目を思い出し、それでもこの男の顔を見ていると頭に血が上り……ある種仕方なく、葛城を岩壁に叩きつける。
くぐもった声と共に、床に崩れ落ちる葛城。
呻きながらも、四葉を見上げると……せめてもの抵抗なのか、殴りかかる。
しかし、人工レイパーの力を失った葛城では、四葉に勝てるはずも無い。
飛んでくる拳を手の平で軽く受け止めると、四葉は葛城を張り倒す。
倒れた葛城は、少しの間そのままピクリとも動かなかったが、やがてむくりと起き上がると、観念したように口を開いた。
「ふ、ははは……私もこのザマ……もう、終わりですねぇ……。しかし何故、あなたがここに……奴らと一緒に行ったのでは……?」
「私の役目は、あなたを捕らえることよ。縛り上げて、日本の警察に突き出すまでが仕事。勿論、お面も気になるけどね。……それにしても」
「……何ですか?」
葛城の質問に、四葉は沈黙する。
何となく葛城に抱いた、違和感。
殴りかかって来た割には、どうにも怒りを覚えているように感じない。
捕まったことに関しても、それを悲しいと思っているのは間違いないのだろうが、それにしては表情が薄い。
(……感情が分かり辛いわね。こいつ、こんなだったかしら?)
一瞬そんなことを考えた四葉は、小さく溜息を吐く。
盛大にやられたことで、葛城も疲れているのだろう。そう思った。
「……いえ、何でもないわ。行くわよ。性懲りも無く暴れ出したら、分かっているわね?」
「……好きにしなさい」
観念したことで力が抜けたのか、眠るようにスゥーっと意識を手放した葛城。そんな彼を抱えると、四葉はその場を飛び去るのだった。
***
そして、お面を探すレーゼ達はというと、
「あっ! ありました! レーゼさん! 皆! こっちです! ――っ?」
泣いたお婆さん……姥のお面と、二本の角を生やした白い夜叉……般若のお面。
葛城に憑りついていた二枚のお面を見つけた雅だが、同時に、険しい顔になる。
見つけたのは、お面だけでは無かった。
雅の声で駆け付けたレーゼ、シャロン、優、ミカエルの四人も、顔を強張らせる。
無理も無い。
全身黒いタイツを着た、頭部が歪なのっぺらぼうが、二枚のお面を拾い上げていたのだから。
人工種のっぺらぼう科レイパー……このティップラウラの戦いで、唯一撃破されていなかった人工レイパーである。
刹那、「あっ」と声を上げる一行。
二枚のお面を、人工レイパーは被ってしまったのだ。
それを止める暇は、雅達には無かった。
雅達が様々な疑問を浮かべる中、ミカエルだけはその理由を悟り、悔しそうに顔を歪めて口を開く。
「そうか……あなた、最初から、そのお面が目的で――」
「ほう、察しが良いな」
ミカエルの言葉を遮るように、空から降ってくる男の声。
雅達全員が見上げ、目を見開く。
スーツ姿の、五十代くらいの男性。
久世浩一郎が、そこにいた。
「あんたっ……何をしに来たっ?」
優がそう叫びながらも、白いスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』の銃口を久世へと向け、白いエネルギー弾を放つ――が、その攻撃は彼の体を通り過ぎてしまう。
舌打ちをする優。この久世は、ただの立体映像だ。上空には小さなドローンが飛んでおり、そこから投影されているのだと分かる。きっと本人は、安全な場所にいるのだろう。
久世は、今の優の攻撃に、呆れたように肩を竦めると、視線をミカエルへと向ける。
「話を遮ってしまってすまないな。ここから先は、答え合わせの時間だ。そこの魔女、続きを話すといい。答え合わせをしてやろう」
「……クズシロは、本当にただ利用されただけだったのね! 彼をパワーアップさせるつもりなんて、さらさら無かった……全ては、そこののっぺらぼうの人工レイパーをパワーアップさせるための策略だったのよ……!」
「その通り」
そして、久世は語る。
自分を裏切ろうとしている葛城を始末しようとしたこと。
だがその前に、彼に、自分の求める『お面』を誘き寄せるための『餌』になってもらおうと考えたことを。
「サルモコカイアを使えば、奴の元にお面が集まる。お面に憑りつかれた葛城を始末してしまえば、労力を抑えつつ、効率的にお面を手中に出来ると考えたのだ」
「そうか……それで、あのカバみたいな人工レイパーは、私達を始末するよりも、クズシロにサルモコカイアを注入することを優先させていたのね!」
「ウサギみたいな人工レイパーは、バスター達に邪魔されないための露払い役ってわけですか……!」
久世の言葉に、レーゼと雅がギリっと奥歯を鳴らしてから叫ぶ。
「左様。しかし、君達は随分役に立ってくれた」
「なんじゃと……?」
「シャロンさん。私達も利用されたのよ……! ラージ級になった人工レイパーは、彼らの手にも余る存在だったはずよ。だから……」
「儂らに始末させた、そういうことか……! おのれぇ……!」
「本音を言えば、同士討ちにでもなってくれれば良かったのだが……」
言いながら、葛城は視線をレーゼへと向ける。
否、レーゼというよりは、彼女の格好……つまり、纏っている鎧を見た、というべきか。
「パワーアップされるとは予想外だった。ふむ……随分妙な姿だ。一体、何がきっかけで変わったのやら……。まぁ、それは置いておこう。それより、良いのか?」
「――っ?」
葛城がそう尋ねた直後、レーゼへと迫る黒い影。
のっぺらぼうの人工レイパーだ。
だがその風貌は、少し変わっていた。
全体的に体ががっちりとして、鉤爪が生えていたのである。
勢いよく振られる鉤爪を、スキル『衣服強化』で防御力を上げつつ、小手で受け止めるレーゼ。
しかしその顔は、驚愕に染まっていた。
あの強力なラージ級人工種ドラゴン科レイパーの攻撃でさえ、あまり痛みは無かった鉤爪の一撃。
それよりもサイズの小さいこの人工レイパーの攻撃は、それよりも重く、骨に響く程に痛みを感じたのだ。
「レーゼさんっ! このぉっ!」
雅がさかさず、剣銃両用アーツ『百花繚乱』で敵へと斬りかかるも、それを腕で受け止める人工レイパー。
「っ?」
グッと腕に力を入れる雅だが、刃は切り込んでいかない。それどころか、人工レイパーの腕には傷一つ付かなかった。
膠着する、雅と人工レイパー。
不完全とは言え、音符の力を発現させた雅。当然、そのパワーも上がっている。
にも拘らず、こののっぺらぼうの人工レイパーは、そのパワーと互角だ。
人工レイパーは刃を跳ね除けると、後ろに大きく跳び退き、彼女達から距離を取る。
それを見ていた久世は、満足そうに頷くと、
「取り込んだ直後で、このパワー……上々だ。小手調べは充分。戻ってこい」
そう言うと、久世の立体映像がフッと消える。
直後、のっぺらぼうの人工レイパーの顔に、火男のお面が出現。
「私の後ろに!」
レーゼがそう叫んで前へ出るのと同時に、火炎放射を放つ人工レイパー。
レーゼが横一閃を放ち、虹を出現させてその炎を屈折させようとしたが――炎は突如進路を変え、地面へと直撃。
巻き上がる爆煙と土の破片。
それが晴れたが、
「……しまった! 逃げられた!」
人工種のっぺらぼう科レイパーの姿は、もうどこにも無かった。
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