第268話『発現』
「ぐっ……さがみん! ミカエルさん!」
優とミカエルが、人工種のっぺらぼう科レイパーと戦っている場所から、三百メートル程離れたところ。
そこで、雅、セリスティア、そしてティップラウラのバスター二人が、別の敵と交戦していた。
偶然、のっぺらぼうの人工レイパーに苦戦している光景が見え、雅は唇を噛み締める。
助けに行きたいのは山々だが、こちらも、そうも言っていられない状況だ。
雅の視線の先には、一体の人工レイパー。
ウサギのような長い耳が生えており、足はカンガルーのようになっている。
分類は『人工種ウサギ科』レイパーだ。
木をも圧し折る程の蹴りを放つこの人工レイパーに、雅達は苦戦を強いられていた。
全員が肩で息をしており、全身ボロボロ。
そんな中、誰もが必死で、敵に喰らいついていた。
「ぐっ……」
ブロードソード型のアーツを持ったバスターが、人工レイパーの放った膝蹴りを避けながら、苦しそうな声を漏らす。
当たるスレスレの一撃だったのだ。一瞬、一撃貰ってしまっていたかとゾッとした。
バスターは反撃と言わんばかりに、剣で一閃を放つが、それをバックステップで軽々と躱してしまう人工レイパー。
しかし、その瞬間――人工レイパーの顔面に、チャクラムが飛んでくる。
もう一人のバスターが投げつけたものだった。彼女のアーツである。
正確に頭へと目掛けて飛んでくるチャクラムだが、投げるにはタイミングが早い。
命中する寸前で、人工レイパーの腕が、チャクラムを弾き飛ばしてしまう。
だが、それで良い。
チャクラム使いのバスターの狙いは、この攻撃を当てることではなかった。
人工レイパーの背後から迫る、二つの影。
白いムスカリ型のヘアピンを着けた、桃色の髪の少女と、赤髪ミディアムウルフヘアーの女性……雅とセリスティアだ。
ブレードモードにした剣銃両用アーツ『百花繚乱』と、爪型アーツ『アングリウス』を掲げ、雨音に紛れて敵の死角から襲い掛かったのである。
同時にではない。時間差で。片方が防がれても、もう片方の攻撃が当たるように。
しかし――
「っ?」
「にゃろっ?」
爪で串刺しに行ったセリスティアと、横に一閃しようとした雅だが、人工レイパーは敵ながら見事な足捌き、体捌きで、二人の攻撃の軌跡の合間を、スルリと抜けてしまう。
そして、
「――っ!」
セリスティアの腹部に、人工レイパーの回し蹴りが決まってしまう。
直前で『命の護り手』を発動させていたものの、全身の骨がきしみ、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
さらに人工レイパーは、雅へと膝蹴りを放つ。
だが、雅は百花繚乱の刃で蹴りを受け、敢えて大きく吹っ飛ばされる。
そのまま、体を捻って建物の壁に足から着地し、反動を利用して再び敵へと一気に飛び掛かる。
仲間のスキルを一日一回だけ使える自身のスキル『共感』で、志愛のスキル『脚腕変換』を使い、足に圧し掛かった衝撃を腕力へと変換。
パワーアップした斬撃を繰り出した……が。
「くっ……!」
寸前のところで、人工レイパーは体を反らし、雅の渾身の一撃を回避してしまう。
それでも雅は諦めない。
敵の反撃の蹴りが来るより早く、今度は愛理のスキル『空切之舞』を発動。
雅が使う『空切之舞』は、自分の攻撃が躱された時、瞬発力を一気に上げる効果がある。
これで、一瞬の内に敵の背後に回り込み、背中へと斬撃を放つ――が、これも人工レイパーは体を反らし、回避。
しかし、雅は攻撃の手を休めない。
百花繚乱を振り回し、斬撃を次々に繰り出していく。
だがその動きは、敵に攻撃を当てるよりも、敵に反撃させないことに重きを置いた動き。
雅の真の狙いは――人工レイパーの足だ。
中々反撃が出来ないことにイライラしたのか、無理矢理にでも攻撃しようと、一瞬片足が浮いた隙を、雅は逃さない。
バックステップで一気に距離を取ると同時に、ミカエルの妹、カベルナが授かったスキル『アンビュラトリック・ファンタズム』を発動する。
雅の右側に穴が出現し、そこにアーツの刃を突っ込めば、人工レイパーの足元にも出現していた穴から、百花繚乱が飛び出てきた。
そのまま軸足を払い、敵の体勢を崩す雅。
「今だっ!」
この決定的なチャンスを逃すまいと、雅は一気に穴から百花繚乱を抜き、大きく後ろに引いてから、思いっきり前へと突き出す。
刹那、空に出現する巨大な百花繚乱。
今度は希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』を発動したのである。
「いっけぇぇぇえっ!」
巨大な百花繚乱の切っ先が、体勢の崩れた人工レイパーへと、雨を貫いて勢いよく向かっていく。
セリスティアも、ブロードソード使いのバスターも、チャクラム使いのバスターも、そして雅でさえも、誰もが『確実に決まった』と確信する程の、完璧なタイミングの一撃。
だったのだが。
「っ?」
人工種ウサギ科レイパーは、不完全な体勢ながらも、迫る巨大な刃の側面へと、蹴りを放つ。
轟音と共に――弾き飛ばされる、巨大百花繚乱。
その光景を、信じることが出来なかった雅は、何を言うことも出来ず、ポカンと口を開いてしまう。
雅の『グラシューク・エクラ』にのみ存在する、使用後は五秒間動けないデメリット。
このせいで棒立ちになっていた雅は、弾き飛ばされた百花繚乱が向かってくるのを、ただ見ていることしか出来なかった。
切っ先が雅の近くに直撃し、その後、セリスティアの「避けろっ!」という声が聞こえてくる。
「きゃぁっ!」
轟音と共に地面が抉られ、その衝撃で吹っ飛ばされる雅。
やっと動けるようになったと思った次の瞬間には、雅の背中は瓦礫へと直撃し、そのままその中へと埋まってしまった。
「ミヤビッ!」
「危ないっ!」
そんな雅に気を取られたセリスティアだが、チャクラム使いのバスターの声で、自分のすぐ側に人工レイパーが迫っていたことに気が付く。
三人は瓦礫の中の雅を助けることも出来ず、人工レイパーと交戦せざるを得なかった。
***
「ぅ……」
瓦礫の中の雅は……一瞬だけ気を失っていたが、すぐに目を覚ます。
瓦礫の外から聞こえてくる、戦闘音。セリスティア達が奮戦しているのは、すぐに分かった。
「いたっ……」
早く自分も戦線に復帰しなければ……そう思っているのに、動こうとすると、体が悲鳴を上げてしまう。
(駄目なのに……このままじゃ、セリスティアさんや、バスターの人達……それにさがみん達まで……)
ここで負けるわけにはいかない。
だが、体が動かない。
それに、敵に勝てるビジョンも浮かばない。
戦わなければならないのは、人工種ウサギ科レイパーだけではないのだ。優達を襲う人工種のっぺらぼう科レイパーや、側で暴れているラージ級人工種ドラゴン科レイパーも倒さねばならない。
どうすれば良いのか、雅には分からない。
気が付けば、雅の目から、涙が零れていた。
何とかしなければならないのに、どうしようもない。無力な自分が悔しくてたまらない。
その時、外から、重々しい音と共に、セリスティア達の悲鳴が聞こえてきた。
「なんで……なんで出ないんですか……!」
自然と、雅の口から、そんな言葉が漏れた。
もう、これしかない。
これに頼るしか、手はない。
「ここで……ここで出なかったら……ここで出なければ、何のための……何のための力ですか……っ!」
その言葉は、誰に向けたものか。
それすら分からぬまま、それでも雅は言わずにはいられなかった。
雅は望む。
あの天空塔の最上階で、魔神種レイパーと戦った時に出た、あの力を。
奇跡でも、ご都合主義でも、何でもいい。
「今だけ……今だけでいいんです……出てきてください……っ!」
ほんの少し……一秒、いや一瞬でいい。
「戦える力が……皆を助けられる力が……欲しい……っ! ――そこにあるんでしょう! 出てきてください……っ!」
自分の中に眠っているはずの『何か』……それに向かって、雅は叫ぶ。
その時だ。
雅の中で、何かが変わった。
歯車が僅かに噛み合ったような、そんな手応え。
だが、明確に何かが引っ掛かった、そんな感触。
その時、雅は気が付く。
雅の中のその『何か』も、雅と同じことを願っていたことに。
何故発現しないのかと、どうして表に出られないのかと、苦しんでいることに。
その『何か』も、皆を助けたいと思っていることに。
ならば――
「出ろ……!」
出るはずだ。
「出ろ……っ!」
何故、出ない。
「出ろっ!」
自分達が、こんなに望んでいるのだ。
「出ろぉぉぉぉぉおっ!」
あらん限りの力を振り絞り、雅とその『何か』は叫ぶ。
その瞬間――
雅を埋めていた瓦礫が、爆ぜるように吹っ飛んだ。
「何だっ?」
戦っていたセリスティア達や、人工レイパーでさえ、突然のことに動きを止め、そちらを向く。
そこにいたのは……雅だ。
だが、身に纏っていた衣は、少し違う。
学生服……ではあるのだが、その表面に、桃色の燕尾服が浮かび上がっていた。
「あ、ありゃあ、あん時の……?」
それに見覚えがあったセリスティアは、思わずそう呟く。
完全ではない。
だが、確かにそれは……
以前、雅が天空塔で、魔神種レイパーと戦っていた時になった、あの姿だった。
雅自身も驚いたようで、自分の姿を見つめ、口を開く。
「な、なれた……? 少し違うけど、あの時の姿だ……」
不完全だ。
雅は悟る。この姿では、あの時のように、音符を使って自分の攻撃の威力を上げる戦い方は出来ない、と。
だが、なれた。
雅がずっと求めていた姿が、僅かではあるが、自分の元にあった。
体の痛みも、ほとんど消えている。
力が湧いてくる。
これなら――
「いける!」
そう確信し、雅は百花繚乱を構えた。
刹那、呆気に取られていた人工レイパーが、地面を蹴って、雅へと向かう。
人工レイパーは悟ったのだ。今の雅は、早急に倒さねばヤバい、と。
何かをされる前に殺すべく、鋭い蹴りを、雅へと放つ。
だが……
「ッ?」
迎え撃つように放たれた雅の斬撃に、蹴りを弾き飛ばされ、よろめいてしまう。
雅達が、防ぐのでやっとの一撃だったはず。それが、相殺されてしまった。
それ程までに、雅のパワーが上がっていたのだ。
雅は素早く百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにすると、敵の足元へと桃色のエネルギー弾を放つ。
人工レイパーはそれを跳躍して躱し、雅の背後に着地すると、振り返り様に蹴りを放つが、雅も振り返りつつ百花繚乱を再びブレードモードにし、バックステップをしながら、それを刃で受け流した。
その瞬間。
「はぁっ!」
鋭い声と共に人工レイパーの顔面へと飛んでくる、チャクラム型のアーツ。
バスターの一人が投げつけたのだ。
人工レイパーは咄嗟に、上体を反らしてそれを避けるが、
「こっちみろゴラァッ!」
さかさずセリスティアの怒声が響いたと思ったら、敵の死角となる位置から、爪を突き出し突っ込んできた。
自身のスキル『跳躍強化』を発動し、地面を『水平に跳ぶ』ことで、まるで高速移動するかの速度で繰り出されるタックル。
そのスピードで来られては、蹴りで反撃するために体勢を整える暇は無い。
せめて直撃はすまいと、ギリギリのところで体を捻り、セリスティアの攻撃を躱す人工レイパー。
だが、その時だ。
「うぉぉぉおっ!」
ブロードソード使いのバスターがアーツを捨て、背後から飛び掛かり、人工レイパーを羽交い絞めにしてきた。
人間の力で、人工レイパーを押さえつけるのはほぼ不可能。
バスターが必死でしがみついても、人工レイパーが体を捩って暴れれば、あっという間に振りほどかれてしまう。
だが振り払われた、その瞬間。
「軸足狙ってぇぇぇえっ!」
チャクラム使いのバスターが、人工レイパーの足を指差し、声を嗄らす。
「ッ?」
バスターは意地と根性で、人工レイパーの足を払う。
雅が先程、剣で払ったその足だ。
人工レイパーはその時、多少ではあるが、足に怪我をしていた。普通に戦う分には影響のない程度の、僅かな傷だ。
しかし……今は事情が違う。
しがみついてきたバスターを振りほどくことに集中し、足元が疎かになっていたこと。
そして、地面が雨で濡れ、滑りやすくなっていたこと。
そんな中、少しではあるが怪我をした足に衝撃が加われば――必然、足を滑らせ、体勢を崩してしまう。
その隙を、セリスティアは見逃さない。
「おらぁあっ!」
「ッ!」
再び『跳躍強化』を利用したタックルを、今度はきっちり敵に命中させる。
アングリウスの爪による強烈な一撃がヒットし、人工レイパーが吹っ飛ばされたその先に――百花繚乱を構えた雅はいた。
吹っ飛ばされた人工レイパーに、雅の攻撃を躱す術はない。
「はぁぁぁあっ!」
無防備なその頭部に、雅の渾身の……パワーアップした一撃が叩き込まれる。
剣に圧し掛かる、重く、しかし確かな手応え。
悲鳴と共に、緑色の血が敵の体から噴き上がり、そして――
人工種ウサギ科レイパーは、爆発四散するのだった。
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