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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第30章 ティップラウラ全域
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第268話『発現』

「ぐっ……さがみん! ミカエルさん!」


 優とミカエルが、人工種のっぺらぼう科レイパーと戦っている場所から、三百メートル程離れたところ。


 そこで、雅、セリスティア、そしてティップラウラのバスター二人が、別の敵と交戦していた。


 偶然、のっぺらぼうの人工レイパーに苦戦している光景が見え、雅は唇を噛み締める。


 助けに行きたいのは山々だが、こちらも、そうも言っていられない状況だ。


 雅の視線の先には、一体の人工レイパー。


 ウサギのような長い耳が生えており、足はカンガルーのようになっている。


 分類は『人工種ウサギ科』レイパーだ。


 木をも圧し折る程の蹴りを放つこの人工レイパーに、雅達は苦戦を強いられていた。


 全員が肩で息をしており、全身ボロボロ。


 そんな中、誰もが必死で、敵に喰らいついていた。


「ぐっ……」


 ブロードソード型のアーツを持ったバスターが、人工レイパーの放った膝蹴りを避けながら、苦しそうな声を漏らす。


 当たるスレスレの一撃だったのだ。一瞬、一撃貰ってしまっていたかとゾッとした。


 バスターは反撃と言わんばかりに、剣で一閃を放つが、それをバックステップで軽々と躱してしまう人工レイパー。


 しかし、その瞬間――人工レイパーの顔面に、チャクラムが飛んでくる。


 もう一人のバスターが投げつけたものだった。彼女のアーツである。


 正確に頭へと目掛けて飛んでくるチャクラムだが、投げるにはタイミングが早い。


 命中する寸前で、人工レイパーの腕が、チャクラムを弾き飛ばしてしまう。


 だが、それで良い。


 チャクラム使いのバスターの狙いは、この攻撃を当てることではなかった。


 人工レイパーの背後から迫る、二つの影。


 白いムスカリ型のヘアピンを着けた、桃色の髪の少女と、赤髪ミディアムウルフヘアーの女性……雅とセリスティアだ。


 ブレードモードにした剣銃両用アーツ『百花繚乱』と、爪型アーツ『アングリウス』を掲げ、雨音に紛れて敵の死角から襲い掛かったのである。


 同時にではない。時間差で。片方が防がれても、もう片方の攻撃が当たるように。


 しかし――


「っ?」

「にゃろっ?」


 爪で串刺しに行ったセリスティアと、横に一閃しようとした雅だが、人工レイパーは敵ながら見事な足捌き、体捌きで、二人の攻撃の軌跡の合間を、スルリと抜けてしまう。


 そして、


「――っ!」


 セリスティアの腹部に、人工レイパーの回し蹴りが決まってしまう。


 直前で『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動させていたものの、全身の骨がきしみ、そのまま吹っ飛ばされてしまう。


 さらに人工レイパーは、雅へと膝蹴りを放つ。


 だが、雅は百花繚乱の刃で蹴りを受け、敢えて大きく吹っ飛ばされる。


 そのまま、体を捻って建物の壁に足から着地し、反動を利用して再び敵へと一気に飛び掛かる。


 仲間のスキルを一日一回だけ使える自身のスキル『共感(シンパシー)』で、志愛のスキル『脚腕変換』を使い、足に圧し掛かった衝撃を腕力へと変換。


 パワーアップした斬撃を繰り出した……が。


「くっ……!」


 寸前のところで、人工レイパーは体を反らし、雅の渾身の一撃を回避してしまう。


 それでも雅は諦めない。


 敵の反撃の蹴りが来るより早く、今度は愛理のスキル『空切之舞』を発動。


 雅が使う『空切之舞』は、自分の攻撃が躱された時、瞬発力を一気に上げる効果がある。


 これで、一瞬の内に敵の背後に回り込み、背中へと斬撃を放つ――が、これも人工レイパーは体を反らし、回避。


 しかし、雅は攻撃の手を休めない。


 百花繚乱を振り回し、斬撃を次々に繰り出していく。


 だがその動きは、敵に攻撃を当てるよりも、敵に反撃させないことに重きを置いた動き。


 雅の真の狙いは――人工レイパーの足だ。


 中々反撃が出来ないことにイライラしたのか、無理矢理にでも攻撃しようと、一瞬片足が浮いた隙を、雅は逃さない。


 バックステップで一気に距離を取ると同時に、ミカエルの妹、カベルナが授かったスキル『アンビュラトリック・ファンタズム』を発動する。


 雅の右側に穴が出現し、そこにアーツの刃を突っ込めば、人工レイパーの足元にも出現していた穴から、百花繚乱が飛び出てきた。


 そのまま軸足を払い、敵の体勢を崩す雅。


「今だっ!」


 この決定的なチャンスを逃すまいと、雅は一気に穴から百花繚乱を抜き、大きく後ろに引いてから、思いっきり前へと突き出す。


 刹那、空に出現する巨大な百花繚乱。


 今度は希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』を発動したのである。


「いっけぇぇぇえっ!」


 巨大な百花繚乱の切っ先が、体勢の崩れた人工レイパーへと、雨を貫いて勢いよく向かっていく。


 セリスティアも、ブロードソード使いのバスターも、チャクラム使いのバスターも、そして雅でさえも、誰もが『確実に決まった』と確信する程の、完璧なタイミングの一撃。




 だったのだが。




「っ?」


 人工種ウサギ科レイパーは、不完全な体勢ながらも、迫る巨大な刃の側面へと、蹴りを放つ。


 轟音と共に――弾き飛ばされる、巨大百花繚乱。


 その光景を、信じることが出来なかった雅は、何を言うことも出来ず、ポカンと口を開いてしまう。


 雅の『グラシューク・エクラ』にのみ存在する、使用後は五秒間動けないデメリット。


 このせいで棒立ちになっていた雅は、弾き飛ばされた百花繚乱が向かってくるのを、ただ見ていることしか出来なかった。


 切っ先が雅の近くに直撃し、その後、セリスティアの「避けろっ!」という声が聞こえてくる。


「きゃぁっ!」


 轟音と共に地面が抉られ、その衝撃で吹っ飛ばされる雅。


 やっと動けるようになったと思った次の瞬間には、雅の背中は瓦礫へと直撃し、そのままその中へと埋まってしまった。


「ミヤビッ!」

「危ないっ!」


 そんな雅に気を取られたセリスティアだが、チャクラム使いのバスターの声で、自分のすぐ側に人工レイパーが迫っていたことに気が付く。


 三人は瓦礫の中の雅を助けることも出来ず、人工レイパーと交戦せざるを得なかった。




 ***




「ぅ……」


 瓦礫の中の雅は……一瞬だけ気を失っていたが、すぐに目を覚ます。


 瓦礫の外から聞こえてくる、戦闘音。セリスティア達が奮戦しているのは、すぐに分かった。


「いたっ……」


 早く自分も戦線に復帰しなければ……そう思っているのに、動こうとすると、体が悲鳴を上げてしまう。


(駄目なのに……このままじゃ、セリスティアさんや、バスターの人達……それにさがみん達まで……)


 ここで負けるわけにはいかない。


 だが、体が動かない。


 それに、敵に勝てるビジョンも浮かばない。


 戦わなければならないのは、人工種ウサギ科レイパーだけではないのだ。優達を襲う人工種のっぺらぼう科レイパーや、側で暴れているラージ級人工種ドラゴン科レイパーも倒さねばならない。


 どうすれば良いのか、雅には分からない。


 気が付けば、雅の目から、涙が零れていた。


 何とかしなければならないのに、どうしようもない。無力な自分が悔しくてたまらない。


 その時、外から、重々しい音と共に、セリスティア達の悲鳴が聞こえてきた。


「なんで……なんで出ないんですか……!」


 自然と、雅の口から、そんな言葉が漏れた。


 もう、これしかない。


 これに頼るしか、手はない。


「ここで……ここで出なかったら……ここで出なければ、何のための……何のための力ですか……っ!」


 その言葉は、誰に向けたものか。


 それすら分からぬまま、それでも雅は言わずにはいられなかった。


 雅は望む。


 あの天空塔の最上階で、魔神種レイパーと戦った時に出た、あの力を。


 奇跡でも、ご都合主義でも、何でもいい。


「今だけ……今だけでいいんです……出てきてください……っ!」


 ほんの少し……一秒、いや一瞬でいい。


「戦える力が……皆を助けられる力が……欲しい……っ! ――そこにあるんでしょう! 出てきてください……っ!」


 自分の中に眠っているはずの『何か』……それに向かって、雅は叫ぶ。


 その時だ。




 雅の中で、何かが変わった。




 歯車が僅かに噛み合ったような、そんな手応え。


 だが、明確に何かが引っ掛かった、そんな感触。


 その時、雅は気が付く。


 雅の中のその『何か』も、雅と同じことを願っていたことに。


 何故発現しないのかと、どうして表に出られないのかと、苦しんでいることに。


 その『何か』も、皆を助けたいと思っていることに。


 ならば――


「出ろ……!」


 出るはずだ。


「出ろ……っ!」


 何故、出ない。


「出ろっ!」


 自分達が、こんなに望んでいるのだ。




「出ろぉぉぉぉぉおっ!」




 あらん限りの力を振り絞り、雅とその『何か』は叫ぶ。


 その瞬間――





 雅を埋めていた瓦礫が、爆ぜるように吹っ飛んだ。





「何だっ?」


 戦っていたセリスティア達や、人工レイパーでさえ、突然のことに動きを止め、そちらを向く。


 そこにいたのは……雅だ。


 だが、身に纏っていた衣は、少し違う。


 学生服……ではあるのだが、その表面に、桃色の燕尾服が浮かび上がっていた。


「あ、ありゃあ、あん時の……?」


 それに見覚えがあったセリスティアは、思わずそう呟く。


 完全ではない。


 だが、確かにそれは……







 以前、雅が天空塔で、魔神種レイパーと戦っていた時になった、あの姿だった。







 雅自身も驚いたようで、自分の姿を見つめ、口を開く。


「な、なれた……? 少し違うけど、あの時の姿だ……」


 不完全だ。


 雅は悟る。この姿では、あの時のように、音符を使って自分の攻撃の威力を上げる戦い方は出来ない、と。


 だが、なれた。


 雅がずっと求めていた姿が、僅かではあるが、自分の元にあった。


 体の痛みも、ほとんど消えている。


 力が湧いてくる。


 これなら――


「いける!」


 そう確信し、雅は百花繚乱を構えた。


 刹那、呆気に取られていた人工レイパーが、地面を蹴って、雅へと向かう。


 人工レイパーは悟ったのだ。今の雅は、早急に倒さねばヤバい、と。


 何かをされる前に殺すべく、鋭い蹴りを、雅へと放つ。


 だが……


「ッ?」


 迎え撃つように放たれた雅の斬撃に、蹴りを弾き飛ばされ、よろめいてしまう。


 雅達が、防ぐのでやっとの一撃だったはず。それが、相殺されてしまった。


 それ程までに、雅のパワーが上がっていたのだ。


 雅は素早く百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにすると、敵の足元へと桃色のエネルギー弾を放つ。


 人工レイパーはそれを跳躍して躱し、雅の背後に着地すると、振り返り様に蹴りを放つが、雅も振り返りつつ百花繚乱を再びブレードモードにし、バックステップをしながら、それを刃で受け流した。


 その瞬間。


「はぁっ!」


 鋭い声と共に人工レイパーの顔面へと飛んでくる、チャクラム型のアーツ。


 バスターの一人が投げつけたのだ。


 人工レイパーは咄嗟に、上体を反らしてそれを避けるが、


「こっちみろゴラァッ!」


 さかさずセリスティアの怒声が響いたと思ったら、敵の死角となる位置から、爪を突き出し突っ込んできた。


 自身のスキル『跳躍強化』を発動し、地面を『水平に跳ぶ』ことで、まるで高速移動するかの速度で繰り出されるタックル。


 そのスピードで来られては、蹴りで反撃するために体勢を整える暇は無い。


 せめて直撃はすまいと、ギリギリのところで体を捻り、セリスティアの攻撃を躱す人工レイパー。


 だが、その時だ。


「うぉぉぉおっ!」


 ブロードソード使いのバスターがアーツを捨て、背後から飛び掛かり、人工レイパーを羽交い絞めにしてきた。


 人間の力で、人工レイパーを押さえつけるのはほぼ不可能。


 バスターが必死でしがみついても、人工レイパーが体を捩って暴れれば、あっという間に振りほどかれてしまう。


 だが振り払われた、その瞬間。


「軸足狙ってぇぇぇえっ!」


 チャクラム使いのバスターが、人工レイパーの足を指差し、声を嗄らす。


「ッ?」


 バスターは意地と根性で、人工レイパーの足を払う。


 雅が先程、剣で払ったその足だ。


 人工レイパーはその時、多少ではあるが、足に怪我をしていた。普通に戦う分には影響のない程度の、僅かな傷だ。


 しかし……今は事情が違う。


 しがみついてきたバスターを振りほどくことに集中し、足元が疎かになっていたこと。


 そして、地面が雨で濡れ、滑りやすくなっていたこと。


 そんな中、少しではあるが怪我をした足に衝撃が加われば――必然、足を滑らせ、体勢を崩してしまう。


 その隙を、セリスティアは見逃さない。


「おらぁあっ!」

「ッ!」


 再び『跳躍強化』を利用したタックルを、今度はきっちり敵に命中させる。


 アングリウスの爪による強烈な一撃がヒットし、人工レイパーが吹っ飛ばされたその先に――百花繚乱を構えた雅はいた。


 吹っ飛ばされた人工レイパーに、雅の攻撃を躱す術はない。


「はぁぁぁあっ!」


 無防備なその頭部に、雅の渾身の……パワーアップした一撃が叩き込まれる。


 剣に圧し掛かる、重く、しかし確かな手応え。


 悲鳴と共に、緑色の血が敵の体から噴き上がり、そして――




 人工種ウサギ科レイパーは、爆発四散するのだった。

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